弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

裁判例から医師の説明義務を考える(1)

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一昨日の,「患者の権利オンブズマン東京」の『2010年秋期公開研修講座』は,患者家族,患者団体,市民団体,医療機関,厚労省,議員秘書,弁護士,マスコミ,一般の方などが受講され,大変盛況でした.ありがとうございます.

その講座で,私がお話した「裁判例から医師の説明義務を考える」の一部を記します.

■ 類型(多分類説)

医師の説明義務には,①療養指導のための指示説明義務,②検査,入院説得のための説明義務(説得義務),③自己決定,選択のための説明義務,④身体的侵襲に伴う行為に対する同意を求めるための説明義務,⑤報告義務としての説明義務,⑥転医勧告,転医提示のための説明義務,転医受け入れのための説明義務などがあります.(転医には,治療上必要な転医と自己決定のための転医があります.)
また,⑦治療法が確立していない場合の説明義務,⑧一般的ではない治療法選択にあたっての説明義務などは,特別な考慮が必要とされます.
2分類説,3分類説も有力ですが,多分類説の方が細かく検討できますので,これに従って述べます.

■ 療養指導としての説明義務

まず,医師には,診療の一環としての「療養指導としての説明義務」があります.
そこで,医師の管理下にないところで患者の自己管理が必要とされる場合,医師は,患者の積極的な自己管理の重要性,それを怠ったときの危険などについて説明する義務があるとされています.

糖尿病や高血圧症などの慢性病の治療を考えるとわかりやすいと思いますが,患者自身がその気にならなければ治療は奏功しません.より良い医療は患者参加の医療です.患者参加の医療では,医師の説明はなくてはならないものとされています.「療養指導のための説明義務」は,より良い医療(参加医療)の根幹をなすものと言えるでしょう.

■ 転落後の脳損傷

たとえば,階段から転落し救急診療を受けた患者が,帰宅後急変した事案で,患者ら一般通常人が,脳損傷につき,機序や症状に関する十分な医学的知識を有していないことを勘案すると,少なくとも患者に対して説明を行って経過観察の必要性を覚知させるべき診療契約上の義務があったとして,医師の説明義務違反が認められています(神戸地裁明石支部平成2年10月8日判決).

■ 新生児核黄疸事件

新生児核黄疸事件で,最高裁判所は,黄疸が増強することがありうること及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患にいたる危険があることを説明し黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたとし,医師の説明義務違反が認められています(最高裁平成7年5月30日判決).

■ 薬剤の副作用説明義務(「何かあればいらっしゃい」では不十分)

多くの副作用を起こす可能性のある薬剤についてその副作用をもれなく説明するのは困難であるとしても,重大な結果を招来する副作用について説明し情報を提供することは重大な結果の回避のために必要であり,服薬上の留意点について具体的に説明する義務があり,「何かあればいらっしゃい」では不十分であるとして,医師の説明義務違反が認められています(高松高等裁判所平成8年2月27日判決).


■ 精管切断後の残留精子による妊娠

精管切断の約3週間後の性交渉の結果,残留精子によって妊娠した事案があります.手術から4週間以内は残留精子により妊娠する可能性がありますが,医師の説明は,1週間の避妊で足りるというものでした.判決は,その医師の説明が不十分であったとして,説明義務違反を認めました(山口地裁平成8年10月31日判決)


■ 小児の頭部外傷

小児の頭蓋骨骨折を見逃して帰宅させた事案で,「事故後に意識が清明であっても,その後硬膜下血腫の発生に至る脳出血の進行が発生することがあること,その典型的な症状は,意識清明後の嘔吐,激しい頭痛,ぼんやりしてその応答がはっきりしなくなる,異常に眠たがる(傾眠),睡眠時にいつもより激しい鼾,流涎がある,呼んでも目覚めない等であることを具体的に説明して当該患者ないしその看護者に,右症状が現れる本件事故少なくとも約6時間以上は慎重な経過観察と,右症状の疑いが生じたことが発見されたときには直ちに医者の診察を受ける必要があること等の教示,指導するべき義務が患者を帰宅させる場合には存するものと判断される。」として,医師の説明義務違反が認められています(東京高裁平成10年4月28日判決).

■ 包帯の巻き方

シリコンボール挿入術後における包帯の巻き方は重要で,医師は,包帯の巻き方が不適切である場合の危険性を告げた上で,適切な包帯の巻き方を患者が十分に理解し,かつ,患者がそのような巻き方を実行できるようになるまで指導,説明する義務があり,症状の悪化する状況を目の当たりにしながら,包帯等を手術部位からずれないように緩く巻くこと以上の特段の指導,説明をしていたとは認められないとして,医師の説明義務違反が認められています(東京地裁平成13年7月5日判決).

■ ミダゾラム投薬後の運転

内視鏡検査の前投薬にミダゾラム(ドルミカム)を投薬した後,眠くなるので運転しにようにという注意を行わなかった事案で,説明義務違反が認められています。(神戸地裁平成14年6月21日判決)

■ ドナーへの説明

同種末梢血幹細胞移植のドナーが1年余り後に急性骨髄性白血病に罹患して死亡した事案で,担当医師の説明内容は,ドナーの安全性確保というフォローアップ制度の趣旨,目的を適切に伝えたものであるとはいえず,ガイドラインを踏まえた説明をしたとは認められないとして,医師の説明義務違反が認められています(大阪地裁平成19年9月19日判決).

■ 脳室周囲白質軟化症(PVL)

児が脳室周囲白質軟化症(PVL)であることを医師が親に説明しなかった事案で,児に在宅で適切な観察・看護を施すためには,児を退院させるまでに,医師は親に説明を尽くし,児が脳室周囲白質軟化症(PVL)であり,脳性麻痺による運動障害を発症する可能性があるという事実を親に認識させる必要があったとして,医師の説明義務違反が認められています(大阪地裁平成19年10月31日判決).


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by medical-law | 2010-10-08 07:52 | 説明義務