弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

『イレッサの和解勧告案に対する国立がん研究センターの見解』についての疑問

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◆ 国立がん研究センターの見解とそれへの疑問

今日1月24日,国立がん研究センターのホームページに「イレッサの和解勧告案に対する国立がん研究センターの見解」が掲載されました.

この「見解」には,「報道によると、裁判所の判断は、世界に先駆けて販売承認を行ったわが国の安全対策が不十分でイレッサによる副作用の被害が拡大したと思わせます。この裁判所の判断は、自然科学を人間に施行しているすべての医療人にとっては、大きな衝撃を与えるもので、全ての患者さんにとっても不利益になるものと思わざるを得ません。」と記載されています.

国立がん研究センター理事長嘉山孝正氏は,裁判所の所見を読まれていないようです.

裁判所の所見は,報道によると,次のとおりです.
裁判所は,個人輸入などによる副作用情報も、国が慎重に検討していれば、間質性肺炎で死にいたる危険性も『読み取ることができなかったとはいえない』と指摘し,医師向けの薬の説明文(添付文書)で、注意喚起に不備があったとした,と判断したのことです。
イレッサ承認時の添付文書の『重大な副作用』欄では、間質性肺炎は重度の下痢、肝機能障害などに続いて、最後の4番目に記されていたことから,裁判所は,『重要でないと読まれる可能性があった』とし,『致死的になりうることを記載するよう行政指導するべきだった』と指摘し,国の責任に言及しています.
まさしく,安全対策が不充分で被害が発生したものと言えるでしょう.

「見解」は,「医療における不可避の副作用を認めなくなれば、全ての医療は困難になり、この様な治療薬で効果がある患者さんも医療の恩恵を受けられなくなり、医療崩壊になると危惧します。」と述べます.

しかし,その後急性肺障害・間質性肺炎の緊急安全性情報を出した後は,死亡者が急激に減少していることからすれば,「医療における不可避の副作用」ではなかったことは明らかでしょう.

「見解」は,さらに,次のとおり述べます.
「発売開始前の治験において、イレッサは高い効果を示しましたが、投与を受けた患者さんの中に、急性肺障害・間質性肺炎をおこした方がいたことから、当時の厚生労働省内の国立医薬品食品衛生研究所・医薬品医療機器審査センターは治験結果を科学的に審査し、イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎を重大な副作用として添付文書に記載し注意を呼びかけるよう指導しています。しかし市販後、日本全国の施設で新しい治療を待ち望む患者さんに広く使用されるようになり、ときに重篤かつ致死的な急性肺障害を引き起こすことが明らかになってきました。厚生労働省は、販売承認後もイレッサの副作用情報を集め、販売開始3か月目に急性肺障害・間質性肺炎の緊急安全性情報を出すなど、医療現場から見てもイレッサの安全性の確保に十分注意してきたと考えます。」

しかし,裁判所の所見が指摘するとおり,国は個人輸入などによる副作用情報も把握していたのですから,それを慎重に評価(Assessment)すれば,予見できた副作用です.裁判所は,添付文書の記載の仕方に問題があったことを指摘しています.国は,イレッサの安全性の確保に十分注意してきたとはいえないでしょう.

◆ 同様の見解とそれへの疑問

同日,日本肺癌学会は,「肺がん治療薬イレッサの訴訟に係る和解勧告に対する見解」をを発表しました.また,同日,特定非営利活動法人日本臨床腫瘍学会は,「肺がん治療薬イレッサの訴訟にかかる和解勧告に対する見解」を発表しました.

ほぼ,同旨の見解で,「医療の不確実性」.「後知恵」,「ドラッグラグが問題であるわが国の薬事行政のさらなる萎縮、製薬会社の開発意欲の阻喪、ひいては世界標準治療がわが国においてのみ受けられないという大きな負の遺産を後世に残す」という批判です.

前述のとおり,裁判所の所見に対するこれらの批判は,的外れです.
このような「見解」の内容,そして「見解」発表の動きについては,疑問を禁じ得ません.
この一連の動きからイレッサ薬害の構造がよくわかります.

谷直樹
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by medical-law | 2011-01-24 18:47