弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

イレッサ,論点は何か

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被告国は,1月28日に「イレッサ和解勧告に関する考え方」を発表しました.薬害イレッサ弁護団は,1月31日に,「国『イレッサ和解勧告に関する考え方』の問題点」を発表しました,
この双方の主張から,薬害イレッサの論点を整理したいと思います.

◆ 論点1 副作用か,薬害か

● 被告国の主張

「イレッサ自体は、現在も必要な医薬品として承認され、使用されております。したがって今回の事案は、いわゆる『薬害』の問題というよりも、副作用の問題、とりわけ、副作用情報の患者への伝え方の問題であると考えます。」

● 原告の主張

「過去の薬害も、医薬品の危険性情報が正しく伝えられなかったことから発生しているのであり、この点ではイレッサと過去の薬害事件と何ら変わりはない。イレッサの副作用被害は正に『薬害』である。」

● 検討

被告国は,「イレッサ」という物質自体に害があったことでただちに生じたのではなく,副作用(副作用=害作用ですね)の伝え方が問題である,だから薬害ではない,と言うわけです.
たしかに,「イレッサ」という物質の害作用情報が患者に伝えられなかったことが問題なのですが,だから薬害ではない,ということにはなりません.「イレッサ」という物質に害作用があったからこそ,被害が生じたのですから,「薬害」です.

◆ 論点2 治験外使用が限定的になるか

● 被告国の主張

「今回の所見の趣旨を推し進めれば、こうした治験外使用の症例から得られるデータをより厳格な審査の対象とすべきということになり、治験外使用がより限定的となることが想定されます。」

● 原告の主張(その1)

「所見は、現行制度上で実際に国が把握していた副作用情報を判断資料としているだけであり、治験外の臨床研究に今以上の厳密さを求めているわけではない。したがって、所見を受け入れたとしても、治験外使用が限定的となることはない」

● 検討

裁判所の所見を素直に読むと,原告が理解したとおり,治験外の臨床研究で分かった情報(致死的な間質性肺炎)を伝えるべきだ,と言っているだけで,治験外の臨床研究を制限せよ,とは言っていません.
裁判所の所見は,より厳格な審査の対象とすべきとは言っていません.
仮により厳格な審査の対象としても,今より治験外使用の対象が限定されることにはなりません.
国は,「趣旨を推し進めれば」と言いますが,裁判所がそこまで求めている筈はないのです.風が吹けば桶屋が儲かる,と言う方が,国の理屈より,まだ理解できます.

● 原告の主張(その2)

「治験外使用の縮小を理由に(そもそも縮小しないことは前記のとおりだが)、承認後の添付文書の記載の充実を求める所見を否定するのは、本末転倒の議論である。」
「未承認薬への患者アクセスを重要と考えているなら、欧米で導入されているコンパッショネート・ユース(未承認薬の人道的使用)制度などの公的制度の整備を急ぐのが筋である。」


● 検討

そもそも,治験外使用の対象が限定されるから添付文書の記載が充実しなくてよいということにはならない,というのが原告の主張です.本来,コンパッショネート・ユース(未承認薬の人道的使用)制度で対応すべきである,と言うわけです.
結局,①裁判所の所見の趣旨を推し進めても,治験外使用の対象が限定されることもないし,②添付文書の記載が充実しなくてよいということにはなりません.

◆ 論点3 添付文書の記載が適切だったか

● 被告国の主張

「がん患者、特に末期のがん患者にとって間質性肺炎が場合によっては致死性のものであることは、医師にとって周知の事実です。副作用情報の4番目に記載してあったとしても同じことです。したがって、少なくとも違法性のレベルにおいて、添付文書中の副作用に関する記載について国に責任があったとは言えないと考えます。」

● 原告の主張

「2002年7月5日の承認から10月15日の緊急安全性情報発令までのわずか3か月あまりの間に162例もの死亡例が発生した事実は、これが医師の説明不足といったレベルの問題ではないことを如実に示している。医師のインフォームド・コンセントは、医師に対する情報提供が十分に行われて初めて機能する。イレッサの場合、インフォームド・コンセントの前提となる医師への情報提供が不十分であったことは明らかである。薬害イレッサ事件において、添付文書の改訂などによる指示警告の充実にともなって被害が激減している事実も、承認当初の情報提供の不足を示しているといえる。」

「イレッサの場合、承認前から『副作用の少ない画期的新薬』であるとの事実上の宣伝がなされ、現場の医師や患者に『夢の新薬』であるとの期待が広がっていた。所見は、そのような現場の実情を前提に、イレッサの間質性肺炎の危険性を現場に十分に伝えるためにはどのような措置をとるべきであったか、を判断している。」


● 検討

被告国は,初版の添付文書の4番目に「間質性肺炎」と記載があるのだから致死的な間質性肺炎の害作用があることはわかったはずで,そのような書き方をした国には責任がないと言うわけです.一言で言うと,医師への責任転嫁です.
国には,薬事法上の義務があり,添付文書で医師に伝わるように情報を提供しなければなりません.実際に,初版の添付文書と改訂後の添付文書を見比べると,その差は歴然としています.

◆ 論点4 抗がん剤の開発が遅れ,がん患者全体の利益を損なうのか

● 被告国の主張


● 原告の主張

「所見を受け入れたとしても、(中略)抗がん剤の開発が遅滞することもない。」
「所見は、がん患者の知る権利の保障に資するものであり、所見を受け入れることこそ、がん患者全体の利益に合致することは明らかである。」


● 検討

被告国は,マスコミに,抗がん剤の開発が遅れる,がん患者全体の利益も考えなければならない,などと和解拒絶を正当化するキャンペーンを張りました.宣伝工作として,がん患者全体の利益という錦の御旗を掲げたわけですが,イレッサ裁判で,被告国と被告アストラゼネカの責任が認められても,抗がん剤の開発が遅れることにはなりません.製薬企業が萎縮する,医療が崩壊する,と大上段に構え,問題点をすり替えるのは,一種の情報操作ではないでしょうか.

被告国の「イレッサ訴訟和解勧告に関する考え方」には,流石にそのような主張は書かれていません.抗がん剤の開発が遅れ,がん患者全体の利益を損なうのか.という論点はないのです.

被告国の「イレッサ訴訟和解勧告に関する考え方」には,「今回の事案に学び、今取り組むべき最も必要なことは、医療・医薬品行政全体の向上です。とりわけ、がん治療のための新薬について、安全性を確保しつつできる限り早期の導入につなげていくことが大切であると考えます。」と書いています.これは,誰も異論がないところでしょう.

1月29日の西日本新聞社説「イレッサ訴訟 悲劇のもとに何があるか」が指摘していましたが,「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための 医薬品行政のあり方検討委員会」が,平成22年4月28日に発表した「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(最終提言)」 から,医療・医薬品行政全体の向上を考えることになるでしょう.

この委員会は,その名のとおり,薬害肝炎事件を検証し,再発防止のための医薬品行政の在り方の検討した委員会です.その検討の結実が「最終提言」ですので,「最終提言」の到達点から医療・医薬品行政全体の向上を図る必要があるでしょう.

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谷直樹
by medical-law | 2011-02-04 02:58 | 医療事故・医療裁判