弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

患者側勝訴率の低下

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J-CASTニュース「医療訴訟は「冬の時代」 患者側の勝率はガタ落ち」(2011年12月18日)は,次のとおり報じています.

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「「医療過誤原告の会」 (宮脇正和会長) の20周年シンポジウムが2011年12月3日、東京で開かれた。この会は文字通り、本人や家族が医療事故に遭遇し、訴訟を起こしたか、訴訟を起こそうと決意している人たちの会だ。

 長野市の故・近藤郁男さんは79年、次男が虫垂炎手術を受け、植物状態になった。病院を訴えた時の名古屋市の加藤良夫弁護士に勧められ、近藤さんを中心に91年10月に会が発足した。シンポジウムでは著名な演者がこの20年を語った。

日本では事故の報告も不十分
  鈴木利広弁護士は日本の医療訴訟の歴史を概観した。明治36年 (1903年) に東大産婦人科助教授がガーゼを取り忘れで訴えられたのが最初で、これまでを5期に分類した。70年代後半から「医療理解期」、90年代の「患者の権利台頭期」を経て、08年の福島県立大野病院事件をきっかけに「冬の時代」だという。一時期の患者側の勝率4割から今は1割台に低迷している。

  大阪府八尾市の病院理事長で鑑定グループ医療事故調査会代表の森功医師によると、約1000例の鑑定で医療過誤率は7割。「ほとんどが初歩的なミス、医療はまだまだ運・不運の要素が強い」と指摘した。また、大阪で医師会を挙げて医療過誤対策を実現させるとの計画を披露した。

  99年の都立広尾病院事件で妻を亡くした永井裕之さんは、医療には「報告文化」「正直文化」「安全文化」が不可欠とし、日本は事故を報告する「報告文化」すら不十分だと嘆いた。

  同会の設立から20年、医療過誤への認識は高まったが、医療の実態は大きく変わっていないように見える。患者や遺族が求めているのは、賠償金ではなく、より安全な医療だとの気持ちがひしひしと感じられた。
(医療ジャーナリスト・田辺功)」


この5期の分類は,鈴木利広先生の完全なオリジナルではないのですが,社会の風潮と勝訴率に連動関係があるという話として,鈴木先生はよく話されています.

民法709条は,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています.
生命,健康被害は,権利又は法律上保護される利益の侵害にあたりますので,医療訴訟は,通常,民法709条以下の不法行為法に基づく損害賠償請求訴訟として争われます.(民法415条以下の債務不履行を根拠とする場合もあります.)
そこで,原告(患者側)は,「過失」,「損害」,「過失と損害との間の相当因果関係」(=「よって」)を主張立証することが必要となります.

「過失」,「損害」,「過失と損害との間の相当因果関係」は法的な概念で,法的な判断によって認定されます.
法的な判断は,証拠によって認定された事実をもとに,「医療者が有する医学・医療についての知見」と「一般人の医学・医療に対する合理的な期待」の両者をみながら,法が規範として求めるものを具体的に判断することになります.
その意味では,裁判官の判断は,時代の風潮に左右される部分もあるのでしょう.

とはいっても,昨今の患者側勝訴率の低下は異常で,裁判官の法的判断が一方に偏ったものになっているように思います.

今は,「冬の時代」というより「暗黒の時代」と言ったほうが適切かもしれません.
そのような患者側に厳しい判決が続くと,医療に求める規範が低くなり,安全な医療が達成されなくなりそうです.

例えば,黎明期の最初の医療事件は,ガーゼを忘れた事案でしたが,裁判所は「過失」を否定しました.その後の裁判例で,ガーゼを忘れるのは「過失」と判断されるようになって今日まできているのですが,もし今後,裁判所がガーゼを忘れるのは「過失」にあたらないという法的判断を下すと,医療者がガーゼを忘れないための取り組みを行う必要がなくなり,ガーゼはいっそう忘れられることになるでしょう.

同様に,もし裁判所が手技上のミスを「避けられない合併症」と判断すると,医療者が手技上のミスをしないための取り組みを行う必要がなくなり,手技上のミスがふえることになるでしょう.

原発事故の原因の一つは司法が原発行政に甘かったからだ,と言われていますが,同様に,医療事故の原因は2010年代の裁判所が医療に甘かったからだ,と後に言われることのないように,適正な勝訴率まで回復することを期待したいと思います.

また,このような波及的な効果をひとまずおいて,交通事故被害などと比較しても,医療事故被害については,権利又は法律上保護される利益を侵害された者が損害賠償を受けられない場合が増えていることになりますが,法は,元来,そこまで厳しく医療における「過失」,「過失と損害との間の相当因果関係」を求めているのか,甚だ疑問に思います.

谷直樹
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by medical-law | 2011-12-18 20:57 | 医療事故・医療裁判