弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

仙台地裁平成25年2月判決,栗原市立栗原中央病院の医師が動脈から採血した後神経損傷が生じた事案(報道)

河北新報「注意義務違反を認定 栗原中央病院で採血、神経損傷し後遺症」(2013年02月19日)は,次のとおり報じました.

 「宮城県栗原市が運営する栗原中央病院で右脚の動脈から採血された際、神経が損傷し後遺症になったとして、宮城県大崎市の30代男性が栗原市に約400万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は18日までに、採血した医師の注意義務違反を認め、市に約370万円の支払いを命じた。

 医師の注意義務違反や神経損傷による後遺症の有無が争点。
 関口剛弘裁判長は「男性は採血時に電気ショックを受けたような激痛を感じ、右脚に痛みやしびれが残った。医師は採血で神経を損傷したと推認できる」と判断。
 「医師は動脈を正確に触って確認せず、注射針を皮膚に垂直に刺し入れなかったとみるのが相当で、注意義務に違反した。違反により、男性は右脚のしびれや長距離の歩行困難という後遺症を負った」と認めた。

 栗原市医療局の担当者は「主張が認められず、残念。今後の対応は弁護士と相談して検討する」と話している。
 判決によると、男性は2010年5月、呼吸困難で栗原中央病院に搬送され、血液の酸素濃度を測定するため右脚の動脈から採血された。」


採血事故では,採血の態様について双方の言い分が食い違うことも少なくないのですが,一般に合理的な説明がつくほうが裁判所に信用されるでしょう.

報道された事案については,採血時に電気ショックを受けたような激痛を感じたことと,右脚のしびれや長距離の歩行困難という後遺症と関連性があると考えるのが合理的でしょう。また,採血時に電気ショックを受けたような激痛を感じたのは,医師が動脈を正確に触って確認せず注射針を皮膚に垂直に刺し入れなかったとすれば合理的に説明ができるでしょう。

【追記】
河北新報「採血後遺症賠償訴訟 栗原市が控訴 仙台地裁の判決不服」(2013年3月1日)は,次のとおり報じました.

 「宮城県栗原市が運営する栗原中央病院で採血された際、神経が損傷し後遺症を負ったとして、大崎市の30代男性が栗原市に約400万円の損害賠償を求めた訴訟で、栗原市は28日までに、病院側の注意義務違反を認め市に約370万円の支払いを命じた仙台地裁の判決を不服とし、仙台高裁に控訴した。
 市医療管理課は控訴の理由について「こちらの主張が認められなかったため」と話した。
 判決によると、男性は2010年5月、呼吸困難で栗原中央病院に搬送され、血液の酸素濃度を測定するため右脚の動脈から採血された。」


判決は,「被告は,原告に対し,374万8328円及びこれに対する平成22年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」と命じました.

判決によると,「事案の概要等」は以下のとおりです.


「本件は,原告が,胸痛による呼吸困難のため,被告の管理,運営に係るa病院(以下「被告病院」という。)に救急搬送された後,右鼠蹊部からの大腿動脈穿刺による採血処置(以下「本件採血」という。)を受けたところ,本件採血を担当したb医師(以下「被告担当医」という。)が,採血時において丹念に触診して大腿神経を損傷しないように大腿動脈を穿刺すべき注意義務があるのにこれに違反した旨主張し,同注意義務違反(過失)によって神経損傷に伴う後遺障害(右大腿のしびれ,長距離の歩行困難)が残存したとして,不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償として405万7780円及びこれに対する本件採血日である平成22年5月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する事案である。」

「裁判所の判断」は,以下のとおりです.

1 争点1(手技上の注意義務違反の有無)について

本件と関連する医学的知見

「後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の医学的知見が認められる。

ア 大腿動脈については,内側に大腿静脈が,外側に大腿神経がそれぞれ走行しており(鼠蹊部の内側から順に大腿静脈,大腿動脈,大腿神経の順に並んでいる。),その採血に当たっては,動脈(の拍動)を2本の指(人差し指と中指)で触知し,脈に触れている両指の間に,注射針を皮膚に対して垂直に刺入することとされている(甲B1,4,乙B1,6)。なお,静脈穿刺に関するものではあるが,採血時の注意点として,穿刺後に血管を探るような動きをしないこと,失敗したらその都度,抜針すること,強い痛みや放散痛,異常感覚を訴えたら直ちに中止すること,針はできるだけゆっくり進めることなどを心得ておくことが肝要であるとの指摘がされている(甲B18,乙B2)。

イ 血液ガス測定のための動脈穿刺では,適する動脈として橈骨動脈,上腕動脈,大腿動脈が挙げられているところ,このうち大腿動脈については,血管が太いため穿刺が容易とされている一方,感染の危険性が高い上,肥満の人に対する実施が困難と指摘されている(甲B3,乙B1)。

ウ 注射による血管穿刺に伴う神経損傷の原因としては,注射針による機械的神経損傷のほか,血管造影後に生じた仮性動脈瘤や血腫による神経障害(圧迫)が挙げられており,このうち,注射針による神経損傷の有無に関する診断に当たっては,注射の際の電撃痛の有無,穿刺直後からの麻痺症状の有無等を問診することとされている(甲B10)。

エ 医学文献上,一般に,動脈採血に関する合併症としては,上腕動脈からの採血については,末梢神経損傷が挙げられている一方,大腿動脈からの採血については,神経損傷は挙げられておらず,仮性動脈瘤や出血が指摘されているにとどまる(甲B2,3)。

オ 注射に伴う神経損傷では,通常と異なる強い疼痛と放散痛が特徴的であり,注射後に支配領域のしびれや痛みが生じるほか,支配領域の感覚鈍麻,過敏の訴えや,穿刺部を叩打した際における支配領域への放散痛(徴候)が見られることが少なくないとされている(甲B12)。穿刺に伴う痛みの表現としては,電撃痛(電気ショックを受けたような激痛)が一般に用いられているが,その具体的な訴えの内容は「ひびいた」,「しびれた」などとされ,痛みの性質については「びりびり」,「電気が走るような」などと表現されている。こうした鋭い痛みを起こす刺激に対しては疼痛反応(表情の変化や恐怖感,発汗,血圧上昇等の不随意な生体反応)が発生するが,過去の痛み経験などにより修飾されるものとされている(以上につき,甲B12ないし17,乙B2,弁論の全趣旨)。」


認定事実

「前記前提事実のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告担当医は,原告に対し,注射針を針のほぼ根元まで刺入(以下「第1刺入」という。)したが,血液の流入がなかったため,注射針を皮膚近くまで引き抜き,もう一度垂直に針をほぼ根元まで刺入したところ,血液の流入が見られた(証人b6頁,7頁)。

イ 原告は,穿刺開始時に痛みを感じたほか,上記アのうち,第1刺入の時点で,最も強い痛み(原告の表現によると,「全身に何かミミズが走るようなしびれみたいな感じ」の痛み)を感じたことから,瞬間的に身体が自然に起き上がるとともに,原告のストレッチャーの周りにいれば聞こえる程度の大きさで「痛っ」と訴えた(証人b8頁,原告本人2頁,3頁,18頁ないし20頁,22頁,23頁)。

ウ 原告は,本件採血後,被告担当医に対し,「痛かったが,このくらい痛いものなのか」という趣旨の質問をしたが,被告担当医は,大腿動脈穿刺において通常想定される範囲内の痛みであると判断したため,痛みの予後について特に説明することはしなかった(証人b10頁,11頁,原告本人20頁)。

エ 原告は,本件採血の翌日である平成22年5月31日,被告病院内科及び整形外科において,本件採血時に穿刺部に強い痛みを感じ,歩行も困難な程である旨を訴え,さらに,後医であるe整形外科においても,受診初日である同年6月3日,右鼠蹊部から本件採血をした際に右足先まで痛みがあり,右足が付けない程度である旨を訴えている(前記前提事イ,ウア,甲A3)。」



「事実認定の補足説明」は,以下のとおりです.


「上記イの原告が本件採血の第1刺入時に強い痛みを訴えた点に関し,原告は,痛みを訴えた際の感覚につき,「全身に何かミミズが走るようなしびれみたいな感じ」と供述しており,その表現は特異ではあるが,かえって作為が感じられず,電撃的な強いしびれを自分なりの表現を用いて具体的に供述したものと理解することができる。

原告は,採血に関する一連の経過のうち,最も強い痛みを感じた時点についても,一番奥まで刺入した時点であると明確に述べているのであって,その内容は全体として具体的かつ自然であり,格別不合理な点は見当たらない。

さらに,供述内容等の変遷の有無を見ると,原告は,本件採血時に痛みを感じた状況について,本件採血の翌日には,被告病院内科及び整形外科においてそれぞれ,採血時に強い痛みを感じ,それ以後,右足がしびれている旨説明している上,その後も,後医の受診時を含め,同様の説明をしており,その供述の態度及び内容(被告代理人の反対尋問によっても供述内容は変わらず,維持されている。)は一貫しているといえる。

加えて,原告は,本件採血後に生じた障害により現にそれまで勤務していた会社を解雇され,従前より低い水準の給与しか受けられない勤務先への転職を余儀なくされており(原告本人8頁ないし10頁,弁論の全趣旨),

原告が,実際には神経を損傷していないにもかかわらず虚偽の供述をしてまで上記解雇等を甘受する理由があるとは認め難いことからしても,原告の上記供述の信用性は高いといえる。
以上によれば,原告の上記供述を採用して上記イの事実を認定するのが相当である。」


「上記の検討結果を踏まえた判断」は。以下のとおりです.


「ア 一般に,注射により大腿神経を損傷した場合には損傷時に通常とは異なる強い疼痛(電撃痛)が生じ,注射後に支配領域のしびれや痛みが生じるとされていること(前記オ)からすると,採血の手技時に強い疼痛があり,その後に支配領域のしびれや痛みがある場合には,原則として大腿神経損傷が生じたと推認される。そして,この場合には,他に神経損傷の原因が認められない限り,神経損傷の原因は大腿動脈からの採血にあると推認するのが相当である。

そこで,大腿動脈からの採血の手技と大腿神経損傷との関係について見るに,大腿動脈からの採血は,拍動を感じた部分に対し,注射針を皮膚に対して垂直に刺入することとされている(上記1ア)上,大腿動脈からの採血では,血管が太いため,穿刺が容易とされていること(同イ),医学文献において,一般に,大腿動脈からの採血については,上腕動脈からの採血の場合と異なり,神経損傷が合併症として挙げられていないこと(同エ)からすると,大腿動脈からの採血においては,拍動を感じた部分に対して注射針を皮膚に対して垂直に刺入するという手技を適切に行えば,大腿神経を損傷することはほとんどないことが前提とされているものと考えられる。

そうであるとすれば,大腿動脈からの採血が原因で神経損傷を生じた場合には,適切な手技によっても不可避的に神経損傷が生じたなどの特段の事情がない限り,採血の手技を担当した医師において,大腿動脈の拍動を正確に触知し,注射針を皮膚に対して垂直に刺入すべき注意義務に違反したものと認めるのが相当である(なお,肥満の人に対しては,大腿動脈からの採血が困難とされていること(同イ)を踏まえると,肥満の人に対する大腿動脈からの採血に当たっては,大腿動脈の拍動の確認や注射針の垂直な刺入につき,より慎重な手技が要求されるというべきである。)。

イ これを本件について見るに,本件採血において,原告は,被告担当医が注射針を一番奥まで刺入(第1刺入)した時点で,強い痛みを感じて痛みを訴えており(上記ア,イ),その痛みは,原告の表現によれば「全身に何かミミズが走るようなしびれみたいな感じ」で,瞬間的に身体が起き上がるようなものであった(同イ)ところ,医学文献上,一般に,注射に伴う神経損傷に見られる電撃痛の訴えの内容については,「ひびいた」,「しびれた」などとされ,痛みの性質については,「びりびり」,「電気が走るような」などとされ,いずれも一定の例示はあるものの,特定の表現に限定されてはいない上,疼痛反応も個人の過去の経験によって修飾されるとされていること(上記オ)からすると,注射による神経損傷の際に感じる痛みの表現にも個人差があると考えられるので,原告が本件採血時に感じた痛みは,いわゆる電撃痛の性質を有するものであったということができる。

加えて,本件採血の翌日から,原告の右足には痛みやしびれ等の症状が残存し,後医において穿刺による右大腿神経損傷と診断されていること(前記前提事実ウ)に鑑みれば,被告担当医は,本件採血により原告の右大腿神経を損傷したものと推認することができる。

そして,被告担当医は,注射針を一番奥まで刺入したが血液の流入がなかったため(完全に針を抜くことはせずに)皮膚近くまで針を戻した上で,微調整をしてもう一度,注射針を垂直に刺入したところ,血液の流入が認められた(上記ア)というのであって,このように刺入箇所を変更することなく垂直に刺入し直した結果,採血に成功したという経過に加え,原告が本件採血時において身長167cm,体重89kgという肥満体型であったこと(前記前提事実)を考慮すると,被告担当医は,第1刺入時において,大腿動脈の拍動部分を正確に触知せず,あるいは注射針を皮膚に対して垂直に刺入しなかったと見るのが相当であるから,被告担当医は,本件採血における手技上の注意義務に違反したというべきである。」


「被告の主張に対する検討」は,以下のとおりです.

「これに対し,被告は,被告担当医の証言内容等を基に,原告が第1刺入の時点で訴えた痛みは動脈血採血時にしばしば見られる程度のものにとどまっていたので,原告の痛みの訴えをもって,被告担当医が本件採血の手技を誤ったということはできない旨主張する。

しかしながら,被告は,当初,原告が本件採血時に一切痛みを訴えたことはなかった旨主張し,第1回弁論準備手続期日(平成24年3月29日)に尋問予定者である被告担当医及び被告病院の看護師らの陳述書の提出及び人証申出を行う旨約した後,第2回弁論準備手続期日(同年5月11日)において,最も客観的に事情を把握している証人であるとの理由から,g看護師(なお,同人の陳述書(乙A5)によると,原告が本件採血時に痛みを訴えた記憶は全くないとのことであった。)の人証申出のみを行い,被告担当医の陳述書を提出せず,人証申出もしなかったものであるところ,g看護師が尋問期日に出頭しなかったことに伴い,原告が本件採血時に痛みを訴えてはいたが,通常見られる程度のものであったことを内容とする被告担当医の陳述書(乙A6)を提出するとともに,主張内容も原告が痛みを訴えていたことを内容とするものに変遷させているのであって(顕著な事実),このような経過からすれば,被告担当医及び被告病院の看護師らが,本件採血時の状況について正確に把握し,記憶していたとは認め難い(なお,被告病院の看護師ら自身,各陳述書において,本件採血時の穿刺の状況を見ていたわけではない旨述べるとともに,本件採血は何事もなく終わったという記憶で,印象には全く残っていない旨述べており,この点からしても,被告病院の看護師らが本件採血時の状況について正確に把握し,記憶していたとは認め難い。)。

そうすると,この点に関する被告担当医の証言は信用できず,被告の上記主張は採用できない。

また,被告は,仮に本件採血により原告の神経に損傷が生じたのであれば,採血後の圧迫止血や胸部レントゲン検査,静脈血採血等を何事もなく受けたことになり,経験則に反する旨主張するが,そもそも,先に述べたとおり,被告担当医や看護師らがこの間の原告の様子について明確に記憶しているとは認め難い上,神経損傷後の症状としては,しびれ等が挙げられている(甲
B10)ものの,穿刺時の電撃痛と同程度の痛みが穿刺後も継続して生じると認めるに足りる証拠はなく,かえって,穿刺した部位の触覚が鈍くなるとの指摘もあること(乙B2)や,原告自身,看護師らの説明を受けて痛みを我慢していた旨述べていること(原告本人3頁,15頁,16頁,19頁,20頁)に照らすと,被告の上記経験則違反の主張は採用できない。

このほか,被告は,大腿動脈からの採血では,穿刺部位を決定した後は盲目的に注射針を操作しなければならないので,特段の事情がない限り,過失があったとはいえない旨主張するが,そもそも大腿動脈からの採血では,拍動の触知により穿刺部位を決定した後は,皮膚に対して垂直に注射針を進めることで採血が可能である旨指摘されている(上記ア)上,合併症としても神経損傷が指摘されていないこと(同エ)からすれば,少なくとも大腿動脈からの採血においては,その手技が盲目的な操作になることが不可避であるとは認め難いので,被告の上記主張は採用できず,他に被告が縷々主張するところも上記,の認定,判断を左右しない。」


きわめて妥当な事実認定と思います.

谷直樹

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by medical-law | 2013-02-19 09:18 | 医療事故・医療裁判