弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

名古屋高裁平成25年4月12日判決,スキルス胃がんを強く疑いながら経過観察した事案で一宮市に賠償命令

中日新聞「医療過誤訴訟、二審も一宮市に賠償命令 名高裁」(2013年4月12日)は,次のとおり報じました.

「胃がんで死亡した愛知県一宮市の女性=当時(70)=の遺族が、病院が適切な処置をしていれば延命の可能性があったとして、旧尾西市民病院を運営していた一宮市を相手に360万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が12日、名古屋高裁であった。長門栄吉裁判長は、一審に続き担当医の注意義務違反による過失を認め、市に180万円の支払いを命じた。

 市側は、一般的な処置であり過失はないと主張していた。

 判決によると、女性は2006年12月に同病院を受診。内視鏡検査の結果、進行の早いスキルス胃がんの疑いが強いと診断された。しかし、2度の組織検査ではがん細胞が認められず、担当医は07年3月に一宮市民病院で精密検査を受けるよう紹介。女性はスキルス胃がんと確定診断され、翌4月に胃の全摘手術を受けたが、08年5月に死亡した。

 長門裁判長は、担当医がスキルス胃がんを強く疑いながら経過観察措置を取ったため、2度目の組織検査を行うべき時期が1カ月以上遅れたと指摘。経過措置を取ることが仮に一般的だったとしても「本件では適切な処置とは言い難い。医療水準にかなったものとはいえず、注意義務違反を免れない」とした。」


毎日新聞「医療過誤:がん発見遅れ、病院側に支払い命令 名古屋高裁」(2013年4月12日)は,次のとおり報じました.

「がんで08年に死亡した愛知県一宮市の女性(当時70歳)の遺族が、旧尾西市民病院(閉院)の医師の判断ミスでがん発見が遅れたとして、病院を運営していた一宮市に360万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が12日、名古屋高裁であった。長門栄吉裁判長は1審・名古屋地裁に続いて病院側の過失を認め、180万円の支払いを市に命じた。

 判決によると、女性は06年12月に同病院を受診。内視鏡検査の結果、「スキルス胃がんの疑い」と診断されたが、がん細胞は確認されなかった。女性は07年3月、同病院から紹介された一宮市民病院へ転院し、精度の高い検査を受けたところ、スキルス胃がんと診断された。翌月に胃の摘出手術を受けたが、08年5月に死亡した。

 1審は11年1月、市に220万円の支払いを命じた。市側は控訴審で病状の経過観察などの期間が必要だったと主張したが、長門裁判長は「内視鏡検査の結果が出た後、速やかに再検査すべきだった」などと判断した。

 市は「判決を確認していないので、コメントできない」としている。【稲垣衆史】」



スキルス胃がんが強く疑われる場合(しかも本件は担当医がスキルス胃がんが強く疑った場合です.)にまで,経過観察措置をとったのでは,手遅れになってしまう可能性があります.市側が主張するようにスキルス胃がんが強く疑われれる場合も経過観察を行うという医療慣行があるかは疑問です.
仮に,そのような医療慣行があるとすれば,患者の合理的な期待(患者は進行が早いスキルス胃がんが強く疑われる場合にはすみやかに検査・治療を行ってもらえると期待しています。)に反しますから,改めるべきでしょう.

最高裁平成8年1月23日判決(民集50巻1号1頁。判時1571号57頁)は,「人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は,その業務の性質に照らし,危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのであるが(最高裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五巻二号二四四頁参照),具体的な個々の案件において,債務不履行又は不法行為をもって問われる医師の注意義務の基準となるべきものは,一般的には診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である(最高裁昭和五四年(オ)第一三八六号同五七年三月三〇日第三小法廷判決・裁判集民事一三五号五六三頁,最高裁昭和五七年(オ)第一一二七号同六三年一月一九日第三小法廷判決・裁判集民事一五三号一七頁参照)。そして,この臨床医学の実践における医療水準は,全国一律に絶対的な基準として考えるべきものではなく,診療に当たった当該医師の専門分野,所属する診療機関の性格,その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられるべきものであるが(最高裁平成四年(オ)第二〇〇号同七年六月九日第二小法廷判決・民集四九巻六号一四九九頁参照),医療水準は,医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから,平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく,医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって,医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。」と判示しました.

市側の主張のように,スキルス胃がんが強く疑われる場合も経過観察,という医療慣行があると仮定しても,上記最高裁判決の立場からすると,医療慣行は法的評価としての医療水準とは異なり,本件において医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない,ということになります.

また,医師が再検査を怠ったために,スキルス胃癌の診断・治療が遅れ死亡した事案で,請求棄却とした大阪高裁の判決を破棄差し戻しとした最高裁判決があります.本名古屋高裁判決は,この最高裁判決を踏襲するものです.

最高裁平成16年1月15日判決の事案は,以下のとおりです. 

「被上告人は,同年7月17日に甲を診察した後,同月24日に胃内視鏡検査(以下「本件検査」という。)を実施した。
 本件検査においては,甲の胃の内部に大量の食物残渣があったため,その内部十分に観察することはできなかった。もっとも,本件検査の結果によれば,幽門部及び十二指腸には通過障害がないことが示されており,胃潰瘍,十二指腸潰瘍又は幽門部胃癌による幽門狭窄は否定されるものであったから,胃の内部に大量の食物残渣が存在すること自体が異常をうかがわせる所見であり,当時の医療水準によれば,この場合,再度胃内視鏡検査を実施すべきであった。
しかしながら,被上告人は,本件検査が上記のとおり不十分なものであり,また,異常をうかがわせる所見もあったにもかかわらず,再検査を実施しようとはせず,甲の症状を慢性胃炎と診断し,甲に対し,胃が赤くただれているだけで特に異常はない,心配はいらないと説明し,内服薬を与えて経過観察を指示するにとどまった。
 (4) 甲は,同年10月7日,Dセンター(以下「Dセンター」という。)で診察を受け,同月15日に胃透視検査,同月19日に胃CT検査,同月21日に胃内視鏡検査等の各種検査を受け,その結果,スキルス胃癌と診断された。当時の甲は,胃壁全体の硬化が認められ,また,腹水もあり,癌の腹膜への転移が疑われた。」
 (5) 甲は,同月22日にDセンターに入院し,化学療法を中心とする治療を受けたが,同年11月には骨への転移が確認され,平成12年2月4日に死亡した。
 (6) 被上告人による本件検査当時,甲は既にスキルス胃癌に罹患しており,被上告人が,その直後に厳重な禁食処置をした上での再検査を行っていれば,その発見は,十分可能であった。しかしながら,甲がDセンターを受診した際には,既に腹水があり,腹膜への転移が疑われ,平成11年11月には骨への転移が確認されたことなどから,本件検査時点においても,既に顕微鏡レベルでは転移が存在したことが推認され,仮に,本件検査時にスキルス胃癌の診断がされ,適切な治療が行われていたとしても,甲の死亡を回避することはできなかった。
 (7) もっとも,本件検査が行われた同年7月の時点で甲のスキルス胃癌が発見されていれば,上記時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法が直ちに実施され,これが奏功することにより,甲の延命の可能性があった。」


この事実認定を前提にして,最高裁平成16年1月15日判決は,次のとおり判示しました.
 
「医師に医療水準にかなった医療を行わなかった過失がある場合において,その過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきである(最高裁平成9年(オ)第42号同12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照)。

 このことは,診療契約上の債務不履行責任についても同様に解される。すなわち,医師に適時に適切な検査を行うべき診療契約上の義務を怠った過失があり,その結果患者が早期に適切な医療行為を受けることができなかった場合において,上記検査義務を怠った医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な検査を行うことによって病変が発見され,当該病変に対して早期に適切な治療等の医療行為が行われていたならば,患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき診療契約上の債務不履行責任を負うものと解するのが相当である。

 (2) 本件についてこれをみると,前記事実関係によれば,平成11年7月の時点において被上告人が適切な再検査を行っていれば,甲のスキルス胃癌を発見することが十分に可能であり,これが発見されていれば,上記時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法が直ちに実施され,これが奏功することにより,甲の延命の可能性があったことが明らかである。そして,本件においては,被上告人が実施すべき上記再検査を行わなかったため,上記時点における甲の病状は不明であるが,病状が進行した後に治療を開始するよりも,疾病に対する治療の開始が早期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常であり,甲のスキルス胃癌に対する治療が実際に開始される約3か月前である上記時点で,その時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法を始めとする適切な治療が開始されていれば,特段の事情がない限り,甲が実際に受けた治療よりも良好な治療効果が得られたものと認めるのが合理的である。【要旨】これらの諸点にかんがみると,甲の病状等に照らして化学療法等が奏功する可能性がなかったというのであればともかく,そのような事情の存在がうかがわれない本件では,上記時点で甲のスキルス胃癌が発見され,適時に適切な治療が開始されていれば,甲が死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったものというべきである。
 そうすると,本件においては,甲がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められるから,これを否定した原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

 5 以上によれば,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。そして,損害の点について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。」


名古屋高裁平成25年4月12日判決に市側が上告,上告受理申立を行っても,判決が覆る可能性は低いものと考えられます.


谷直樹

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by medical-law | 2013-04-13 07:17 | 医療事故・医療裁判