弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

函館地判平成26年6月5日,出生前診断結果を誤って伝えられた両親に慰謝料1000万円認める(報道)

毎日新聞「出生前診断:誤報告した函館の医院に1000万円賠償命令」(2014年6月5日)は,次のとおり報じました.

「北海道函館市の産婦人科医院「えんどう桔梗(ききょう)マタニティクリニック」で2011年、胎児の出生前診断結果を誤って伝えられた両親が、人工妊娠中絶の選択権を奪われたなどとして、医院側に1000万円の損害賠償を求めた訴訟で、函館地裁は5日、1000万円の支払いを命じた。

 鈴木尚久裁判長は判決理由で「結果を正確に告知していれば、中絶を選択するか、中絶しないことを選択した場合には心の準備や養育環境の準備もできたはず。誤報告により機会を奪われた」と指摘した。

 判決によると、母親は胎児の染色体異常を調べる羊水検査を受け、ダウン症であることを示す結果が出た。しかし医院の院長は11年5月、母親に「陰性」と誤って伝え、生まれた男児はダウン症と診断され3カ月半後に合併症で死亡した。

 両親側は誤報告により生まれたことで、男児は結果的に死亡したと主張していたが、鈴木裁判長は「ダウン症児として生まれた者のうち、合併症を併発して早期に死亡する者はごく一部」として因果関係は認めなかった。

 判決を受け両親は「ミスの重大性や、生まれた子供の命を否定しなければいけなかった親の心情を深くくみ取ってくれた。この裁判がきっかけとなり、患者や家族に寄り添う医療につながっていくことを願っている」とのコメントを出した。【鈴木勝一、久野華代】

 遺伝情報の扱いに詳しい桜井晃洋・札幌医科大教授(遺伝医学)の話

 出生前診断を含めた遺伝子検査では、患者がなぜ検査を受けるのか、結果をどう受け止めるのかまで考慮した、専門家の目を通して情報が伝えられるべきだ。今回の例は羊水検査の結果を単純に見誤って伝えたものだが、技術の進歩に伴って、検査結果があいまいな形で出るものも増えている。慎重さが求められるという意味で、判決は医療従事者への警鐘になる。]


裁判所が誤報告により選択の機会を奪われたことへの慰謝料を数百万円ではなく1000万円認めたことの意義は大きいと思います.ことの重大性を正当に評価した判決です.

【追記】

主文は,以下のとおりです.

「1 被告らは,原告らそれぞれに対し,連帯して500万円及びこれに対する平成23年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。」



「第3 当裁判所の判断」の部分は,以下のとおりです.

「1 争点1(被告らの注意義務違反行為とδに関する損害との間の相当因果関係の有無)について

(1)羊水検査結果の誤報告とδの出生との間の相当因果関係の有無について

ア 前提事実に加え,証拠(甲B15,B18からB21まで,B26,B27,B34,B35)によれば,羊水検査は,胎児の染色体異常の有無等を確定的に判断することを目的として行われるものであり,その検査結果が判明する時点で人工妊娠中絶が可能となる時期に実施され,また,羊水検査の結果,胎児に染色体異常があると判断された場合には,母体保護法所定の人工妊娠中絶許容要件を弾力的に解釈することなどにより,少なからず人工妊娠中絶が行われている社会的な実態があることが認められる。
しかし,羊水検査の結果から胎児がダウン症である可能性が高いことが判明した場合に人工妊娠中絶を行うか,あるいは人工妊娠中絶をせずに同児を出産するかの判断が,親となるべき者の社会的・経済的環境,家族の状況,家族計画等の諸般の事情を前提としつつも,倫理的道徳的煩悶を伴う極めて困難な決断であることは,事柄の性質上明らかというべきである。すなわち,この問題は,極めて高度に個人的な事情や価値観を踏まえた決断に関わるものであって,傾向等による検討にはなじまないといえる。
そうすると,少なからず人工妊娠中絶が行われている社会的な実態があるとしても,このことから当然に,羊水検査結果の誤報告とδの出生との間の相当因果関係の存在を肯定することはできない。

イ 原告らは,本人尋問時には,それぞれ羊水検査の結果に異常があった場合には妊娠継続をあきらめようと考えていた旨供述している。しかし,他方で,証拠(甲A5)によれば,原告らは,羊水検査は人工妊娠中絶のためだけに行われるものではなく,両親がその結果を知った上で最も良いと思われる選択をするための検査であると捉えていること,そして,原告らは,羊水検査を受ける前,胎児に染色体異常があった場合を想定し,育てていけるのかどうかについて経済面を含めた家庭事情を考慮して話し合ったが,簡単に結論には至らなかったことが認められ,原告らにおいても羊水検査の結果に異常があった場合に直ちに人工妊娠中絶を選択するとまでは考えていなかったと理解される。

ウ 羊水検査により胎児がダウン症である可能性が高いことが判明した場合において人工妊娠中絶を行うか出産するかの判断は極めて高度に個人的な事情や価値観を踏まえた決断に関わるものであること,原告らにとってもその決断は容易なものではなかったと理解されることを踏まえると,法的判断としては,被告らの注意義務違反行為がなければ原告らが人工妊娠中絶を選択しδが出生しなかったと評価することはできないと
いうほかない。
結局,被告らの注意義務違反行為とδの出生との間に,相当因果関係があるということはできない。

(2)羊水検査結果の誤報告によるδの出生とダウン症に起因した疾患によるδの死亡との間の相当因果関係について

δは,前提事実⑶カ及びキのとおり,ダウン症を原因とした各種の合併症を発症し,最終的にはTAMから発症した合併症が原因で死亡しており,原告らが相続したとするδの損害は,この一連の経過に関わるものである。
しかし,ダウン症及びその合併症の発症原因そのものは,被告αの羊水検査結果の誤報告によりもたらされたわけではない。そして,この過失との出生との間の相当因果関係を肯定することが法的に困難であるのは上記のとおりである。さらに,証拠(甲B6,乙7)によれば,ダウン症を有する者のうちTAMを発症するのは,全体の約10パーセントであり,また,早期に死亡するのはそのうちの約20ないし30パーセントである
ことが認められる。このほか,証拠(甲B29)によれば,ダウン症児は必ずしも合併症を伴うものではなく,そのような児は健康な子どもであることが,証拠(甲B33)によれば,ダウン症を有する者の平均寿命は50歳を超えることがそれぞれ認められる。これらの事実からすれば,ダウン症児として生まれた者のうち合併症を発症して早期に死亡する者はごく一部であるといえる。
これらの諸点に照らし,被告らの注意義務違反行為とδの死亡との間に相当因果関係を認めることはできないというべきである。

(3)以上からすれば,δに関する損害については認められない。

2 争点2(原告らの損害額)について

(1)原告βの入通院慰謝料 0円

この損害費目は,原告βが人工妊娠中絶をした場合と比較してその差額を求めるものであるが,前記1⑴の判断のとおり,被告らの注意義務違反行為と原告βによる人工妊娠中絶の不実施との間には相当因果関係が認められないため,原告βの入通院慰謝料については被告らの行為と相当因果関係のある損害とはいえない。

(2)原告らの選択や準備の機会を奪われたことなどによる慰謝料 それぞれ500万円

ア 原告らは,生まれてくる子どもに先天性異常があるかどうかを調べることを主目的として羊水検査を受けたのであり,子どもの両親である原告らにとって,生まれてくる子どもが健常児であるかどうかは,今後の家族設計をする上で最大の関心事である。また,被告らが,羊水検査の結果を正確に告知していれば,原告らは中絶を選択するか,又は中絶しないことを選択した場合には,先天性異常を有する子どもの出生に対する心の準備やその養育環境の準備などもできたはずである。原告らは,被告αの羊水検査結果の誤報告により,このような機会を奪われたといえる。
そして,前提事実に加え,証拠(甲A2,A3,A5,原告γ)によれば,原告らは,δが出生した当初,δの状態が被告αの検査結果と大きく異なるものであったため,現状を受け入れることができず,δの養育についても考えることができない状態であったこと,このような状態にあったにもかかわらず,我が子として生を受けたδが重篤な症状に苦しみ,遂には死亡するという事実経過に向き合うことを余儀なくされたことが認められる。原告らは,被告αの診断により一度は胎児に先天性異常がないものと信じていたところ,δの出生直後に初めてδがダウン症児であることを知ったばかりか,重篤な症状に苦しみ短期間のうちに死亡する姿を目の当たりにしたのであり,原告らが受けた精神的衝撃は非常に大きなものであったと考えられる。
他方,被告αが見誤った原告βの羊水検査の報告書は,分析所見として「染色体異常が認められました」との記載があり,21番染色体が3本存在する分析図が添付されていたというのであるから,その過失は,あまりに基本的な事柄に関わるものであって,重大といわざるを得ない。

イ ところで,証拠(乙1から4まで)及び弁論の全趣旨によれば,被告法人は,原告βの9月1日から同月8日までのζ病院における入院医療費18万4530円及び同月29日の同所における医療費3320円を原告βに代わって支払ったこと,また,δの11月1日から12月16日までのη病院における入院医療費4万5634円を原告らに代わって支払ったことが認められる。もっとも,これらの費目は,本訴において損害として請求されていない。また,証拠(甲A5,乙5,原告β)によれば,被告αは,原告らに対し,11月13日,原告らが毎日のδの
付添いで駐車場代金や交通費を負担していることなどを考慮して見舞金として50万円を,12月18日,香典として10万円を支払ったことが認められる。そうとはいえ,これらの見舞金及び香典は,その内容及び金額に照らし,本訴において損害として請求されていない費目に関するものであるか,原告らの損害を填補する趣旨のものではなく,社交儀礼上交付されたにすぎないものと認めるのが相当である。これらの支払が損害を填補する趣旨であるとの被告らの主張は採用することができないが,慰謝料額の算定に当たって考慮すべき一事情となるのは当然である。

ウ しかし,このような事情があるとしても,先に指摘した事実経過や原告らの精神的苦痛の重大性,被告αの過失の重大性等のほか,本件全証拠及び弁論の全趣旨によって認められる本件に関する一切の事情を総合
考慮すれば,原告らに対する不法行為ないし診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償として,原告らそれぞれにつき500万円の慰謝料を認めるのが相当である。

(3)弁護士費用 それぞれ50万円

本件事案の内容,審理の経緯,認容額等諸般の事情を考慮すれば,本件債務不履行ないし不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は,原告らそれぞれにつき50万円と認めるのが相当である。

(4)合計 それぞれ550万円

以上のとおり,原告らの損害合計額はそれぞれ550万円である。
そして,被告らは,5月9日に被告αが原告βに誤った告知をしたことにより原告らの選択し準備する機会を奪ったといえるから,同損害賠償債務が遅滞に陥ったのは同日であるといえる。
なお,原告らは,人工妊娠中絶をした場合にかかる中絶費用を控除して損害額を計算しているが,本件においては,いずれにしろ原告らの一部請求額である1000万円を超える損害額が認められるため,このような計
算方法を採るかどうかは,本訴の結論に影響を及ぼすものではない。」



谷直樹

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by medical-law | 2014-06-05 21:51 | 医療事故・医療裁判