弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

カンガルーケアと完全母乳と助産師復権運動の危険性

週刊ポスト2014年12月5日号に久保田史郎医師の「「カンガルーケア」と「完全母乳」で赤ちゃんが危ない【5】」が掲載されています.

「これまで本連載ではカンガルーケアと完全母乳の危険性を科学的エビデンスをもって示してきた。しかし、そうしたデータを示されながらも、医療行政はこのリスクを放置している。そこには国策として進められてきた「助産師制度」が深く絡んでいる。

■厚労省は「推奨していない」と変節

 この春、静岡県立こども病院で生まれた「体重277g」という日本で2番目に小さい超低出生体重児の女の子が半年間にわたるNICU(新生児特定集中治療室)での管理で順調に発育し、無事退院した。退院時の体重は約2700gと10倍に増えていた。

 日本の周産期医療の水準は世界でもトップクラスといわれる。

 しかしその一方で、日本のお産の現場では、WHO(世界保健機関)が途上国向けに推奨してきた「母乳以外、糖水や人工乳を与えない」という行き過ぎた完全母乳の考え方と、「母子の絆を強める」という理由で赤ちゃんを出産直後の疲れた母親の胸に抱かせて管理させるカンガルーケアが広く普及し、新生児に重大な後遺症が残る事故が繰り返されている。

 生まれた直後の新生児は体の機能が非常に不安定で、「栄養管理」や「体温管理」などの慎重なケアと監視が必要であることは産科医や新生児科医の誰もが認めている。それなのに、リスクのある赤ちゃんはNICUなどで最先端の医療が施され、満期産で元気に生まれた赤ちゃんには“自然のままのやり方がいい”と保温もされず、飢えて泣いても人工栄養を与えないのは明らかに矛盾がある。

 前回記事【4】では、約2万人の赤ちゃんをとりあげ、生まれた直後の新生児の体温や栄養の研究で世界的に注目されている久保田史郎・医師(医学博士。久保田産婦人科麻酔科医院院長)の実証データをもとに、日本で実施されているカンガルーケアと行き過ぎた完全母乳の組み合わせは赤ちゃんが低血糖症や低酸素症に陥るリスクの高い「危険なケア」であり、母親たちだけでなく助産師や看護師など医療スタッフまでもがその危険性を十分に理解しないまま実践している現状に問題提起した。

 完全母乳による医療事故で息子が重大な後遺症を負ってしまった父親がいう。

「その病院の、助産師や看護師はプロ意識が高く、とても熱心でした。母乳が出ないのに必要な人工乳を与えなかったのも、彼女たちは『赤ちゃんのために良かれ』と信じ込んでいた結果で、責めるつもりはありません。ただ、間違った医療知識に従って一生懸命やっていただいたことが悲劇につながった。それが残念でなりません」

 なぜ、医療先進国の日本で元気な赤ちゃんをわざわざ危険にさらす間違った管理が現在も平然と罷り通っているのか。

 それを推し進めたのは厚生労働省だった。

 カンガルーケア(早期母子接触)と完全母乳をセットにした新生児管理は、同省が07年に発表した『授乳・離乳の支援ガイド』で推奨したことで、推進派は「国のお墨付きを得た」と宣伝して普及させた。

〈赤ちゃんのからだを拭いて母親の腹部に乗せ、赤ちゃんが母親の体温で保温された状態で、母親と一緒にしておく〉

 という同ガイドの記述は今も変わっていない。

 しかし、危険性は当初から指摘されていた。前回記事では、同省がガイド策定のために専門家を集めて開いた研究会で、朝倉啓文・日本医科大学教授ら産婦人科医の委員たちからカンガルーケアの安全性に疑問が呈され、注意を促すように指摘されながら、ガイドには注意の呼び掛けが記載されていないことを報じた。同省雇用均等・児童家庭局母子保健課は本誌取材に、「何代も前の担当者の時代のことなどで経緯はわからない」と回答したが、その後、母子保健課の担当者が改めて驚くべき説明をしてきたのである。

「厚労省は“早期母子接触を推奨していない”。授乳・離乳の支援ガイドの記述はあくまでも実践例であり、このガイドの目的は医療従事者が母子の授乳、離乳を支援するために使うもので、どう指導するかは医療機関の判断です」(“”は編集部)

 推進派の医療スタッフも、厚労省に推奨されていることで「カンガルーケアは最善」と思い込まされてきた母親も唖然とする説明だ。


■10年で助産師は3割増

 日本では「正常分娩は助産師にまかせる」という政策がとられているが、必ずしも方針は一貫してこなかった。

 助産師は戦前は「産婆」と呼ばれ、登録制の資格(1849年「産婆規則」)だったが、戦後の1948年にGHQの指導で「保健婦助産婦看護婦法」が制定され、看護師同様に国家試験が必要になった。助産師には医師と同じく開業権(助産院)が認められ、「助産」(正常分娩の管理)を独立して行なうことができるのをはじめ、非常の場合は「緊急医療行為」もできるなど広い権限を与えられている。

 法律ができた当時は日本のお産の98%は自宅で産婆によって行なわれていた。本来、分娩には医療行為が必要だが、医師も医療機関も足りない時代に、医師法の例外として、正常分娩のみ医師がいなくても助産師だけで行なっても違法ではないという制度が作られたのである。まだ日本のお産が「途上国型」だった時代だ。その後、医療体制が整備されると、1960年には病院や診療所での出産が42%に増え、1970年には85%、2000年には99%が病院、診療所での出産となり、赤ちゃんの周産期死亡率も1000人中4人と50年前の10分の1に減った。

 ところが、それを昔に戻す政策が始まったのがまさに厚労省が「支援ガイド」を発表した2007年だった。

 この年、厚生労働省医政局は関係機関に重要な局長通知を出した。

〈正常の経過をたどる妊婦や母子の健康管理や分娩の管理について助産師を積極的に活用する〉

 その前年には「保健師助産師看護師法」が改正され、新たに助産師資格(国家資格)を得る場合は、看護師資格を取得していることが必要になった(2007年施行)。それまでは助産師資格があれば、看護師国家試験にパスしていなくても看護師業務が認められていたが、この改正で助産師は正式に看護師の上位資格に位置付けられたのである。その結果、お産の現場では、助産師の発言力が非常に大きくなっている。

 元伊万里保健所長の仲井宏充・医師が指摘する。

「厚労省の狙いは産科医不足対策と医療費削減です。とくに地方では産科医が足りず、“産む病院が見つからないお産難民”が増えている。いわゆる妊婦のたらい回し事件も相次ぎました。そうした現状に対する批判を防ぐために助産師を活用したいのです。助産師が主体になって自然分娩が普及すれば医療費も安くつきます。助産師は日本看護協会の中でもエリートで影響力が強く、昔のようにお産を自分たちの仕事として取り戻そうという意識が強い。正常分娩は産婦人科医ではなく助産師が中心になって行なっています」

 こうした政策で就業助産師の数は2002年の2万4340人から2012年には3万1835人へと3割増加し、最近では、助産院や自宅での出産も再び増えている。

 カンガルーケアや完全母乳といった“自然なお産”を推進する原動力になってきたのはそうした助産師たちの存在だ。

「自然」を強調するのには理由がある。

 助産師は正常分娩で広い権限があるといっても、医療行為はできない。例えば分娩児の「へその緒」を切ることはできるが、投薬や検査は医師の指示が必要で、出産の際に一般的に行なわれているとされる会陰切開や縫合も、実は「医師の指示なく助産師がやるのはグレーゾーン」(厚労省医政局看護課)という。

 前出・仲井氏はそこに問題の根があると感じている。

「カンガルーケアや完全母乳は新生児が栄養不足で低血糖になるリスクが高い。本来なら新生児の血糖値を積極的にチェックすべきなのに、推進派は、正常に生まれた新生児の血糖値は測るな、母乳育児の妨げになるという独自のガイドラインを決め、多くの病院が従っている。これも医師法で助産師には血液採取が認められていないという事情が背景にある。つまり助産師だけでは血糖値は測れないのです。しかし、そのために新生児の危険が放置されるのは本末転倒です。欧米の多くの国では一般的な無痛分娩が日本でほとんど普及していないのも、助産師には麻酔を打つ資格がないから、“出産の痛みに耐えることが母親の愛情形成につながる”と非科学的なことを教えている」

“自然が良い”のではなく、そもそも助産師には“自然な分娩”しか認められていないのだ。

 それだけではない。

 久保田氏は助産師が最も重要な新生児管理について間違った知識を与えられていることが事故の温床になっていると指摘する。

「母親からみれば助産師はお産のプロと思っているかもしれませんが、医師が2年以上の臨床研修を義務づけられているのに対して、助産師は看護大学などで看護師と助産師のカリキュラムを学び、臨床経験がほとんどないまま資格を取る人が増えている。しかも学校で、母乳育児で新生児の体重が5~10%減少するのは自然なことだから心配ないといった医学的に間違った知識を教えられ、国家試験でもそれが正解にされている。そうした間違った知識で母親に『完全母乳は正しい』、赤ちゃんの体重が大きく減っていても『心配ない』と指導してしまっている」


■助産師大国オランダの真実

 それでも、日本では“自然のままがいい”という信仰を改めないまま助産師による分娩が推進されている。

 厚労省と日本看護協会は医師不足を補うために2009年から総合病院内で産科医ではなく助産師が自立して正常分娩を行なう「院内助産所(院)」と、助産師が妊産婦の健康診断や保健指導を行なう「助産師外来」の設置を奨励し、同省や各自治体は病院の改装費に補助金を出す制度をつくった。

 同省は将来的には、正常分娩は原則すべて助産師に任せ、産科医は帝王切開などリスクのある分娩だけを行なう昔のような「お産の分業」制度を目指しているとされる。繰り返しになるが、その動機は医師が足りないことと、医療費を抑制したいことであり、赤ちゃんや母親のためではない。

 それは世界の流れに逆行している。

 先進国ではオランダがリスクの低い分娩は助産師、ハイリスク分娩は産科医が担当するという分業を早くから行ない、3割が助産師による自宅出産を選択している。オランダの助産師は会陰切開、縫合などの医療行為も認められている。完全母乳育児も推奨され、生後1週間では8割が実施(1か月後は54%)、カンガルーケアも推奨されている。

 日本の助産師の間では「理想」とされる仕組みをとっている国の一つだ。

 ところが、同国のユトレヒト大学医療センターは、満期産で生まれた3万7735人を比較し、助産師管理で分娩を開始した低リスク妊婦から生まれた赤ちゃんは、産科医の管理で分娩した高リスク妊婦の赤ちゃんより、2.33倍も周産期死亡率が高いという調査結果を2010年に発表した。

 この研究はオランダの周産期死亡率が欧州の中で高いことから原因を探るために行なわれたもので、報告書には、

〈この研究結果は、リスク選択に基づく2つの産科医療というオランダの産科システムがかつてのように有効ではないかもしれないことを示している。ことによると、ほとんどの欧州諸国より高いオランダの周産期死亡率が、いくつかある要素の中でとくに産科医療システム自体によって引き起こされているかもしれないことを意味している〉

 として、助産師にお産を任せるシステムの見直しを提起しているのである。

 そもそもカンガルーケアや完全母乳はWHOとユニセフが、衛生状態が悪く医療体制が整っていない途上国の赤ちゃんを守るためのケアとして推進し、「国際助産師連盟」や連携する「世界母乳育児行動連盟」が先進国への普及に力を入れた。背景には、

「産科医に奪われた職を取り戻そうという国際的な助産師の復権運動がある」(仲井氏)

 とされる。

 日本ではそれに加えて、産科医不足と医療費抑制のために助産師にお産を任せたい政治的思惑から、他の先進国にはないほど非科学的な“自然なお産信仰”を植え付けようとしている。

 女性の出産年齢が年々上昇し、ハイリスク出産が増える中で、母子を守る制度を戦前に逆戻りさせる政策は、母親にも赤ちゃんにも好ましいものではない。

 当の厚労省が本誌取材で初めて、「カンガルーケアは推奨していない」と明言(責任回避)した意味を、推進派も信じていた人たちもよく考えてもらいたい。」



谷直樹

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by medical-law | 2014-12-30 01:20 | 医療事故・医療裁判