弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

民事訴訟法248条の趣旨を活用した広島地方裁判所平成27年5月12日判決

医療訴訟において,医師の過失が認められるが,医師の過失と結果との間の相当因果関係について高度の蓋然性までは認定できず相当程度の可能性しか認められない場合,判決において比較的低額の賠償額しか認定されないことも少なくありません.
適切な治療が実施されたら,後遺障害があったとしても今より後遺障害の程度は軽かったはず,という事案について,裁判所は,賠償額をどのように認定するか悩まれることも多いと思います.
広島地方裁判所平成27年5月12日判決(中国中央病院の血液検査不実施,低血糖症の診断遅れ事件)は,私が担当した事件ではありませんが,このような場合に民事訴訟法248条の趣旨を踏まえ逸失利益について65%の損害を因果関係のある損害と認めています.事案における適切な解決を導く手法として参考になると思います.

同判決は,以下のとおり判示しています. 

「被告病院の医師は,2月2日及び2月6日に原告の血液検査を実施するべき注意義務に違反したことが認められるから,2月12日及び2月18日の各診察日に原告に対して血液検査を実施すべき注意義務に違反したかどうかについて判断するまでもなく,被告は原告に対して債務不履行責任を負うということができる。そして,証拠(鑑定の結果)によれば,被告病院の医師が2月2日又は2月6日に原告に対して血液検査を実施したならば,原告について,遅くとも2月6日には低血糖症の診断をすることが可能であり,その数日後には,高インスリン血性低血糖症の診断をすることが可能であったことが認められる。」

「5 被告病院の医師の過失と原告の障害との因果関係の有無(争点(3)について)

(1)原告の現在の障害の程度

前記1(12)の認定事実,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成18年障害程度A(重度)の療育手帳の交付を受け,その後も更新を受けており,現在は,障害を有する子ども向けの施設に入所して特別支援学校に通学していること,今後の症状の改善の見込みはないことが認められる。
原告の障害の程度,内容によれば,原告の後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令別表第一第2級第1号に相当し,原告はその労働能力を100%喪失したということができる。

(2)被告病院の医師の過失と因果関係のある障害の程度

ア 前記2(1)の認定事実及び証拠(甲B8[793])によれば,低血糖による発作を繰り返すと,中枢神経系を損傷し,予後に重篤な脳障害を残すおそれがあること,特に6か月未満の乳児では予後に影響を与える程度が大きいことが認められる。
原告は,被告病院を最初に受診した平成14年2月当時,生後6か月る2月2日から高インスリン血性低血糖症の診断を受けた3月28日までの間,2月12日,2月18日,2月19日,3月5日,3月13日の各日に,低血糖の症状である皮膚の蒼白,発汗,四肢のふるえ,頻脈,いらだち,不機嫌,脱力感,意識障害,けいれん等の様子を示しており,3月26日の直前には,ほぼ毎日,上記のような症状が現れていたことが認められる。そして,証拠(鑑定の結果)によれば,原告の中枢神経系は,上記の時期の低血糖状態やそれに伴うけいれん等により一定の損傷を受けたことが認められる。
したがって,被告病院の医師が2月上旬から原告に対して高インスリン血性低血糖症の治療薬を投与したならば,上記の期間内における原告の中枢神経系の侵襲を回避することができたということができる。

イ 他方で前記1(11)ウ~カの認定事実及び証拠(鑑定の結果)によれば,原告は,平成15年5月20日の発達検査において,生活年齢が1歳9か月であるのに対し,発達年齢は1歳5.5か月,発達指数(DQ)は83と判定されたこと,平成18年1月18日のKこども家庭センターにおける心理検査では,生活年齢が4歳5か月であるのに対し,発達年齢は2歳前,発達指数(DQ)は45であると判定されたことが認められ,これによれば,平成18年時点においては,平成15年時点に比べて発達遅滞の程度が大きくなったということができる。
また,後掲の証拠によれば,原告は,平成14年9月12日(乙A3[161]),平成15年1月中旬(乙A3[144]),同年3月22日~26日(3月24日を除く。乙A3[123]),平成17年1月12日(乙A1[103]),同年1月19日(乙A1[104]),同年2月2日(乙A1[106]),同年2月10日(乙A1[107]),同年8月4日,同年8月8日(乙A1[114],A6[11]),同年8月17日(乙A1[115]),同年11月30日(乙A6[16]),平成18年1月1日(乙A1[122])の各日に,低血糖の状態となったことが認められる。
これらによれば,原告の発達遅滞の程度は期間が経過するにつれて大きくなっていること,原告は治療薬の投与を受けるようになった後も低血糖の状態を繰り返していることが認められる。そうすると,原告が治療薬の投与を受けるようになった後も,低血糖状態,けいれん等により,原告の中枢神経系に損傷が加えられたと考えられる。
したがって,上記ア認定の後遺障害の全部が被告の債務不履行に起因するものであるとまで認めることはできない。

低血糖によるけいれんの頻度等と中枢神経系への侵襲の程度の関係について実証的な研究が存在することをうかがわせる証拠はなく,低血糖によるけいれん等が中枢神経系に与えた影響の程度を明確に判断することは困難であるが,前記1認定の諸事情を考慮すると,仮に被告病院の医師に過失がなく,原告に対して速やかに高インスリン血性低血糖症の治療が開始されたとしても,原告には,自動車損害賠償保障法施行令別表第二第9級第10号(神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)と同程度の後遺障害が残存した蓋然性が高いということができる。民事訴訟法248条の趣旨を踏まえると,原告が喪失した労働能力のうち65%に相当する損害について,被告の債務不履行と相当因果関係を有すると認めるのが相当である。



2級の労働能力喪失率は100%,9級の労働能力喪失率は35%,そこで同判決は65%の労働能力喪失を因果関係のある損害としたのです.適切な検査,治療を受けられた場合9級の後遺障害が残ったという点については,高度の蓋然性を認定しています.適切な検査,治療を受けられた場合に生じた後遺障害の程度について被告に事実上の立証責任を課しているものと考えられます.

同判決は,原告の逸失利益を65%の2918万6274円と認定し,後遺症慰謝料1600万円と弁護士費用450万円を認め,計4968万6274円の支払いを命じました.


谷直樹


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by medical-law | 2015-07-23 04:49 | 医療事故・医療裁判