弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

最高裁平成28年3月1日判決,認知症の者の妻と長男の民法714条1項に基づく損害賠償責任否定の判決

本件は私が担当した裁判ではありません.
家族側の代理人は,あさひ法律事務所の浅岡輝彦先生らです.JR側の代理人は長島・大野・常松法律事務所の三村量一先生(元知的財産高等裁判所判事,元東京高等裁判所判事)らです。

NHK「認知症事故賠償訴訟 JRが敗訴」によると,「訴えられていた認知症の男性の長男は、判決のあと、弁護団を通じてコメントを出しました。長男は、「最高裁判所には、温かい判断をしていただいて大変感謝しています。よい結果となり、父も喜んでいると思います。8年間いろいろありましたが、これで肩の荷がおりました」とコメントしました。
弁護団の浅岡輝彦弁護士は「配偶者や家族だという理由だけで責任を問われることはないというこちらの主張が全面的に取り入れられ、すばらしい判決だと思います。認知症の人が関わる事案がいろいろある中で、介護の関係者や認知症の家族にとっては、救いになるのではないか」と話していました。」
とのことです.

東京大学大学院の米村滋人准教授は、「認知症の人の家族に負担をかけるような判断をすべきではないという1審や2審への批判を重く受け止めた判決だと思う」と話しています。また「最高裁は、家族だけでなく、社会全体で責任を負う方向で問題を解決しようと、『認知症の高齢者と密接に関わりを持ち、監督できる立場にある人が責任を負う』という枠組みを示したのではないか」という見方を示しました。一方で、「きょうの判決によると家族の中で高齢者と密接に関わる人ほど責任を負うリスクが高まり、病院や介護施設なども責任を負うリスクが出てくる」と指摘しています。そのうえで米村准教授は、「今回の判決ですべての問題が解決するとはいえない。少子高齢化の時代に、認知症の人が関わる事件や事故の負担を社会全体でどのように負っていくべきなのかしっかりと議論して、新たな法制度を作ることも含めて考えていく必要がある」と提言しています。」(NHK「認知症事故賠償訴訟 JRが敗訴」)とのことです.

最高栽裁判官によって法律構成が違いますが,この事案で家族に責任を負わせるのはおかしいと考えた点は一致しています.最高裁判決は,精緻な法律論を展開し,実態に即した常識的な結論を導いたもので,支持できます.
ただ,1審,2審では,このような常識的な判決とならなかったことも事実です.
すべての裁判官が実態に即した適切な判決を下すことを願います.

また,米村先生の御指摘は大変重要です.

さらに効果的な認知症治療薬の開発を進める必要があります.


(参考)
民法第七百十三条  精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第七百十四条  前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。


平成26年(受)第1434号,第1435号 損害賠償請求事件
平成28年3月1日 第三小法廷判決は,次のとおりです.

主 文
1 平成26年(受)第1434号上告人の上告を棄却する。
2 原判決中,平成26年(受)第1435号上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
3 前項の部分に関する平成26年(受)第1435号被上告人の請求を棄却する。
4 第1項に関する上告費用は,平成26年(受)第1434号上告人の負担とし,前2項に関する訴訟の総費用は,平成26年(受)第1435号被上告人の負担とする。

理 由
平成26年(受)第1434号上告代理人三村量一ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)及び同第1435号上告代理人浅岡輝彦ほかの上告受理申立て理由について

1 本件は,認知症にり患したA(当時91歳)が旅客鉄道事業を営む会社である平成26年(受)第1434号上告人・同第1435号被上告人(以下「第1審原告」という。)の駅構内の線路に立ち入り第1審原告の運行する列車に衝突して死亡した事故(以下「本件事故という。)に関し,第1審原告が,Aの妻である平成26年(受)第1435号上告人(以下「第1審被告Y1」という。当時85歳)及びAの長男である平成26年(受)第1434号被上告人(以下「第1審被告Y2」という。)に対し,本件事故により列車に遅れが生ずるなどして損害を被ったと主張して,民法709条又は714条に基づき,損害賠償金719万7740円及び遅延損害金の連帯支払を求める事案である。第1審被告らがそれぞれ同条所定の法定の監督義務者又はこれに準ずべき者に当たるか否か等が争われている。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) A(大正5年生まれ)と第1審被告Y1(大正11年生まれ)は,昭和20年に婚姻し,以後同居していた。両者の間には4人の子がいるが,このうち,長男である第1審被告Y2及びその妻であるBは,昭和57年にAの自宅(以下「A宅」という。)から横浜市に転居し,他の子らもいずれも独立している。Aは,平成10年頃まで不動産仲介業を営んでいた。

(2) A宅は,愛知県a市にあるJRa駅前に位置し,自宅部分と事務所部分から成り,自宅玄関と事務所出入口を備えていた。

(3) Aは,平成12年12月頃,食事をした後に「食事はまだか。」と言い出したり,昼夜の区別がつかなくなったりした。そこで,第1審被告ら及び第1審被告Y2の妹であるCは,Aが認知症にり患したと考えるようになった。
Aは,平成14年になると,晩酌をしたことを忘れて何度も飲酒したり,寝る前に戸締まりをしたのに夜中に何度も戸締まりを確認したりするようになった。
第1審被告ら,B及びCは,平成14年3月頃,A宅で顔を合わせた際など折に触れて,今後のAの介護をどうするかを話し合い,第1審被告Y1は既に80歳であって1人でAの介護をすることが困難になっているとの共通認識に基づき,介護の実務に精通しているCの意見を踏まえ,Bが単身で横浜市からA宅の近隣に転居し,第1審被告Y1によるAの介護を補助することを決めた。その後,Bは,A宅に毎日通ってAの介護をするようになり,A宅に宿泊することもあった。第1審被告Y2は,横浜市に居住して東京都内で勤務していたが,上記の話合いの後には1箇月に1,2回程度a市で過ごすようになり,本件事故の直前の時期には1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねるとともに,BからAの状況について頻繁に報告を受けていた。
その後,Aについて介護保険制度を利用すべきであるとのCの意見を受けて,Bらは,かかりつけのD医師に意見書を作成してもらい,平成14年7月,Aの要介護認定の申請をした。Aは,同年8月,要介護状態区分のうち要介護1の認定を受け,同年11月,同区分が要介護2に変更された(要介護状態区分は5段階になっており,要介護5が最も重度のものである(介護保険法7条1項,要介護認定等に係る介護認定審査会による審査及び判定の基準等に関する省令1条1項)。)。

(4) Aは,平成14年8月頃の入院を機に認知症の悪化をうかがわせる症状を示すようになった。Aは,同年10月,国立療養所中部病院(以下「中部病院」という。)のE医師の診察を受け,その後,おおむね月1回程度中部病院に通院するようになった。E医師は,平成15年3月,Aが平成14年10月にはアルツハイマー型認知症にり患していたと診断した。また,Aは,同月頃以降,a市内の福祉施設「b」(以下「本件福祉施設」という。)に通うようになり,当初は週1回の頻度であったが,本件事故当時は週6回となっていた。Aが本件福祉施設に行かない日には,Bが朝からAの就寝までA宅においてAの介護等を行っていた。Aの就寝後は,第1審被告Y1がAの様子を見守るようにしていた。
Aは,平成15年頃には,第1審被告Y1を自分の母親であると認識したり,自分の子の顔も分からなくなったりするなど人物の見当識障害もみられるようになった。Bは,Aに外出しないように説得しても聞き入れられないため,説得するのをやめて,Aの外出に付き添うようになった。
E医師は,平成16年2月,Aの認知症については,場所及び人物に関する見当識障害や記憶障害が認められ,おおむね中等度から重度に進んでいる旨診断した。中部病院は,患者の診療について,一定期間の通院後は開業医に引き継ぐ方針を採っていたため,Aは,同月頃以降,再びD医師の診療を受けるようになった。

(5) Aは,平成17年8月3日早朝,1人で外出して行方不明になり,午前5時頃,A宅から徒歩20分程度の距離にあるコンビニエンス・ストアの店長からの連絡で発見された。

(6) 第1審被告Y1は,平成18年1月頃までに,左右下肢に麻ひ拘縮があり,起き上がり・歩行・立ち上がりはつかまれば可能であるなどの調査結果に基づき,要介護1の認定を受けた。

(7) Aは,平成18年12月26日深夜,1人で外出してタクシーに乗車し,認知症に気付いた運転手によりコンビニエンス・ストアで降ろされ,その店長の通報により警察に保護されて,午前3時頃に帰宅した。

(8) Bは,上記(5)及び(7)の出来事の後,家族が気付かないうちにAが外出した場合に備えて,警察にあらかじめ連絡先等を伝えておくとともに,Aの氏名やBの携帯電話の電話番号等を記載した布をAの上着等に縫い付けた。
また,第1審被告Y2は,上記(5)及び(7)の出来事の後,自宅玄関付近にセンサー付きチャイムを設置し,Aがその付近を通ると第1審被告Y1の枕元でチャイムが鳴ることで,第1審被告Y1が就寝中でもAが自宅玄関に近づいたことを把握することができるようにした。第1審被告ら及びBは,Aが外出できないように門扉に施錠するなどしたこともあったが,Aがいらだって門扉を激しく揺するなどして危険であったため,施錠は中止した。他方,事務所出入口については,夜間は施錠されシャッターが下ろされていたが,日中は開放されており,以前から事務所出入口にセンサー付きチャイムが取り付けられていたものの,上記(5)及び(7)の出来事の後も,本件事故当日までその電源は切られたままであった。

(9) Aは,トイレの場所を把握できずに所構わず排尿してしまうことがあり,Bらに何も告げずに事務所出入口から外に出て公道を経て自宅玄関前の駐車スペースに入って同所の排水溝に排尿することもしばしばあった。

(10) Aは,平成19年2月,日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁にみられ,常に介護を必要とする状態で,場所の理解もできないなどの調査結果に基づき,要介護4の認定を受けた。そこで,第1審被告ら,B及びCは,同月,A宅で顔を合わせた際など折に触れて,今後のAの介護をどうするかを話し合い,Aを特別養護老人ホームに入所させることも検討したが,Cが「特別養護老人ホームに入所させるとAの混乱は更に悪化する。Aは家族の見守りがあれば自宅で過ごす能力を十分に保持している。特別養護老人ホームは入居希望者が非常に多いため入居までに少なくとも2,3年はかかる。」旨の意見を述べたこともあって,Aを引き続きA宅で介護することに決めた。

(11) Aは,認知症の進行に伴って金銭に興味を示さなくなり,本件事故当時,財布や金銭を身に付けていなかった。本件事故当時,Aの生活に必要な日常の買物は専ら第1審被告Y1とBが行い,また,預金管理等のAの財産管理全般は専ら第1審被告Y1が行っていた。
本件事故当時,Bは,午前7時頃にA宅に行き,Aを起こして着替えと食事をさせた後,本件福祉施設に通わせ,Aが本件福祉施設からA宅に戻った後に20分程度Aの話を聞いた後,Aが居眠りを始めると,Aのいる部屋から離れて台所で家事をすることを日課としていた。Aは,居眠りをした後は,Bの声かけによって3日に1回くらい散歩し,その後,夕食をとり入浴をして就寝するという生活を送っており,Bは,Aが眠ったことを確認してから帰るようにしていた。

(12) Aは,本件事故日である平成19年12月7日の午後4時30分頃,本件福祉施設の送迎車で帰宅し,その後,事務所部分の椅子に腰掛け,B及び第1審被告Y1と一緒に過ごしていた。その後,Bが自宅玄関先でAが排尿した段ボール箱を片付けていたため,Aと第1審被告Y1が事務所部分に2人きりになっていたところ,Bが事務所部分に戻った午後5時頃までの間に,第1審被告Y1がまどろんで目を閉じている隙に,Aは,事務所部分から1人で外出した。Aは,a駅から列車に乗り,a駅の北隣の駅であるJRc駅で降り,排尿のためホーム先端のフェンス扉を開けてホーム下に下りた。そして,同日午後5時47分頃,c駅構内において本件事故が発生した。
Aは,本件事故当時,認知症が進行しており,責任を弁識する能力がなかった。

3 原審は,次のとおり判断して,第1審原告の第1審被告Y1に対する損害賠償請求を一部認容し,第1審被告Y2に対する損害賠償請求を棄却した。

(1) 一方の配偶者が精神上の障害により精神保健及び精神障害者福祉に関する法律5条に規定する精神障害者となった場合には,同法上の保護者制度(同法20条(平成25年法律第47号による改正前のもの)参照)の趣旨に照らしても,その者と現に同居して生活している他方の配偶者は,夫婦の協力及び扶助の義務(民法752条)の履行が法的に期待できないような特段の事情のない限り,夫婦の同居,協力及び扶助の義務に基づき,精神障害者となった配偶者に対する監督義務を負うのであって,民法714条1項所定の法定の監督義務者に該当するものというべきである。そして,Aと同居していた妻である第1審被告Y1は,Aの法定の監督義務者であったといえる。
第1審被告Y1は,Aが重度の認知症を患い場所等に関する見当識障害がありながら外出願望を有していることを認識していたのに,A宅の事務所出入口のセンサー付きチャイムの電源を入れておくという容易な措置をとらなかった。このこと等に照らせば,第1審被告Y1が,監督義務者として監督義務を怠らなかったとはいえず,また,その義務を怠らなくても損害が生ずべきであったともいえない。

(2) 第1審被告Y2がAの長男として負っていた扶養義務は経済的な扶養を中心とした扶助の義務であって引取義務を意味するものではない上,実際にも第1審被告Y2はAと別居して生活しており,第1審被告Y2がAの成年後見人に選任されたことはなくAの保護者の地位にもなかったことに照らせば,第1審被告Y2が,Aの生活全般に対して配慮し,その身上を監護すべき法的な義務を負っていたとは認められない。したがって,第1審被告Y2は,Aの法定の監督義務者であったとはいえない。また,第1審被告Y2は,20年以上もAと別居して生活していたこと等に照らせば,Aに対する事実上の監督者であったともいえない。

4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は結論において是認することができるが,同(1)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)ア 民法714条1項の規定は,責任無能力者が他人に損害を加えた場合にはその責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が損害賠償責任を負うべきものとしているところ,このうち精神上の障害による責任無能力者について監督義務が法定されていたものとしては,平成11年法律第65号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項により精神障害者に対する自傷他害防止監督義務が定められていた保護者や,平成11年法律第149号による改正前の民法858条1項により禁治産者に対する療養看護義務が定められていた後見人が挙げられる。しかし,保護者の精神障害者に対する自傷他害防止監督義務は,上記平成11年法律第65号により廃止された(なお,保護者制度そのものが平成25年法律第47号により廃止された。)。また,後見人の禁治産者に対する療養看護義務は,上記平成11年法律第149号による改正後の民法858条において成年後見人がその事務を行うに当たっては成年被後見人の心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない旨のいわゆる身上配慮義務に改められた。この身上配慮義務は,成年後見人の権限等に照らすと,成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって,成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。そうすると,平成19年当時において,保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。

イ 民法752条は,夫婦の同居,協力及び扶助の義務について規定しているが,これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって,第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく,しかも,同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり,協力の義務についてはそれ自体抽象的なものである。また,扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても,そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると,同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず,他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。
したがって,精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。

ウ 第1審被告Y1はAの妻であるが(本件事故当時Aの保護者でもあった(平成25年法律第47号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律20条参照)。),以上説示したところによれば,第1審被告Y1がAを「監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。
また,第1審被告Y2はAの長男であるが,Aを「監督する法定の義務を負う者」に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。

(2)ア もっとも,法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用されると解すべきである(最高裁昭和56年(オ)第1154号同58年2月24日第一小法廷判決・裁判集民事138号217頁参照)。その上で,ある者が,精神障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。

イ これを本件についてみると,Aは,平成12年頃に認知症のり患をうかがわせる症状を示し,平成14年にはアルツハイマー型認知症にり患していたと診断され,平成16年頃には見当識障害や記憶障害の症状を示し,平成19年2月には要介護状態区分のうち要介護4の認定を受けた者である(なお,本件事故に至るまでにAが1人で外出して数時間行方不明になったことがあるが,それは平成17年及び同18年に各1回の合計2回だけであった。)。第1審被告Y1は,長年Aと同居していた妻であり,第1審被告Y2,B及びCの了解を得てAの介護に当たっていたものの,本件事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており,Aの介護もBの補助を受けて行っていたというのである。そうすると,第1審被告Y1は,Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず,その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。したがって,第1審被告Y1は,精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。

ウ また,第1審被告Y2は,Aの長男であり,Aの介護に関する話合いに加わり,妻BがA宅の近隣に住んでA宅に通いながら第1審被告Y1によるAの介護を補助していたものの,第1審被告Y2自身は,横浜市に居住して東京都内で勤務していたもので,本件事故まで20年以上もAと同居しておらず,本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないというのである。そうすると,第1審被告Y2は,Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが可能な状況にあったということはできず,その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。したがって,第1審被告Y2も,精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。

5 以上によれば,第1審被告Y1の民法714条に基づく損害賠償責任を肯定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決のうち第1審被告Y1敗訴部分は破棄を免れない。この点をいう第1審被告Y1の論旨は理由がある。そして,以上説示したところによれば,第1審原告の第1審被告Y1に対する民法714条に基づく損害賠償請求は理由がなく,同法709条に基づく損害賠償請求も理由がないことになるから,上記部分につき,第1審判決を取り消し,第1審原告の請求を棄却することとする。
他方,第1審被告Y2の民法714条に基づく損害賠償責任を否定した原審の判断は,結論において是認することができる。この点に関する第1審原告の論旨は理由がないから,第1審原告の第1審被告Y2に対する同条に基づく損害賠償請求を棄却した部分に関する第1審原告の上告は棄却すべきである。
なお,その余の請求に関する第1審原告の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官木内道祥の補足意見,裁判官岡部喜代子,同大谷剛彦の各意見がある。」


 谷直樹


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by medical-law | 2016-03-01 19:11 | 司法