弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

2010年 10月 31日 ( 1 )

裁判例から医師の説明義務を考える(9)

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今回は,出産に関する自己決定.選択のための説明について述べます.

■ ロングフルバース訴訟,ロングフルライフ訴訟

wrongful birth 訴訟は,先天的な疾患,障害がある子どもが生まれた場合に,親がその出産はwrongful birth であると主張し,選択のための情報提供義務違反を医師,病院に主張する訴訟です.

wrongful life訴訟は,その子ども自身が苦渋に満ちた人生が損害であるとして損害賠償を求める訴訟です.
アメリカの裁判所は,子どもによる請求を否定していますが,フランスの最高裁は,2001年,ダウン症候群の子どもに「生まれてこない権利」を認め,医師に損害賠償を命じています.

ダウン症候群は,妊娠15〜16週の羊水染色体検査で診断可能です.検査結果が出るまでに2〜3週間が必要です.ダウン症候群の障害は軽重様々です.

障害者の出生がwrongful birth,障害者の人生がwrongful lifeで,それが損害だとするこのような訴訟は,ナチスドイツを髣髴とさせ,健常者以外は生まれてはならないとの考えにもつながるのではないか,との懸念も指摘されています.
疾病を治療し障害を取り除く,障害者に対する社会的なバリアを取り除く,という一般的な方向に反するのではないか,という指摘もあります.

近年の諸外国のガイドラインは,染色体異常等の出生前診断を勧奨する内容になっています.日本では出生前診断を勧奨してはならないことになっています.

日本でも,wrongful birth 訴訟があります.

■ 1例目.京都地裁平成9年1月24日判決

平成5年11月に妊娠6週と診断された,39歳の妊婦が先天性ダウン症候群の長女を出生した例で,医師の羊水検査(染色体異常の検査)拒否と適切な助言がなかったことが問題になった事案があります.

京都地裁判決は,妊婦が羊水検査の実施を依頼したのは妊娠満20週1日で,医師は結果の判明が法定の中絶期間を経過するとしてこれを断った,と認定しました.
法定の中絶期間を経過することから,妊婦に,出産するか否かを検討の余地はなく,医師が羊水検査を断ったことで出産するか否かを検討する機会を侵害した,とは言えないとしました.

京都地裁判決は,出産準備のための事前情報として胎児に染色体情報を知る利益があるかについて,検討し,次の通り否定しました.

「羊水検査は,染色体異常児の確定診断を得る検査であって,現実には人工妊娠中絶を前提とした検査として用いられ,優生保護法が胎児の異常を理由とした人工妊娠中絶を認めていないのにも係わらず,異常が判明した場合に安易に人工妊娠中絶が行われるおそれも否定できないことから,その実施の是非は,倫理的,人道的な問題とより深く係わるものであって,妊婦からの申し出が羊水検査の実施に適切とされる期間になされた場合であっても,産婦人科医師には検査の実施等をすべき法的義務があるなどと早計に断言することはできない。まして,人工妊娠中絶が法的に可能な期間の経過後に胎児が染色体異常であることを妊婦に知らせることになれば,妊婦に対し精神的に大きな動揺をもたらすばかりでなく,場合によっては違法な堕胎を助長するおそれも否定できないのであって,出産後に子供が異常児であることを知らされる場合の精神的衝撃と,妊娠中に胎児が染色体異常であることを知らされる場合の衝撃とのいずれが深刻であるかの比較はできず,出産準備のための事前情報として妊婦が胎児に染色体異常が無いか否かを知ることが法的に保護されるべき利益として確立されているとは言えない」

京都地裁判決は,妊娠中絶に間に合う適切な時期でも,妊婦から相談や申し出すらない場合に,産婦人科医師が積極的に染色体異常児出産の危険率や羊水検査について説明すべき法的義務が一般的にあるとは認められない,としました.

この判決が,現在でもそのまま通用するかは,検討の余地があります.
次に述べるPM病の判決の影響が考えられるからです.

■ 2例目.東京地裁平成15年4月25日判決.東京高裁平成17年1月27日判決,最高裁平成17年10月20日決定.

遺伝相談を業務として行っている医師は,PM病(ペリツェウス・メルツバッヘル病)について医学知見に基づく正確な情報を提供する義務があるとし,当該医師が誤解を与る説明を行ったとして,説明義務違反を認めた判決があります.
当時,PM病は,伴性劣性遺伝が有力な原因で,PLP(プロテオリピッド蛋白)遺伝子の異常が見つかる症例が約20%存在し,PLP遺伝子の重複が関係している症例もあるらしいことがわかっていました,つまり.第1子がPM病の場合.第2子以降の子が男子であれば,PM病を発生する危険が相当程度ありました.

事案は,次のとおりです.
PM病が疑われる長男の両親が,平成6年11月,或るセンターの医師に対し,次の子どもをつくりたいが大丈夫か,と質問したところ,医師は「経験上,兄弟で同一の症状のあるケースはない.かなり高い確率で大丈夫.兄弟に(PM病が)出ることはまずない」と回答しました。その後,医師は長男についてPM病と確定診断しました。その後,産まれた次男は健常児でしたが,三男はPM病でした.

東京地裁平成15年4月25日判決は,両親は患者ではなく診療報酬もとっていないので契約上の説明義務はない,としました.
しかし,①そのセンターが心身障害児等に関する相談を事業内容のひとつとしていうこと,②現に両親からの出生相談も患児の診察の際に対応していたこと,③すでに障害を持った長男の介護・養育について重い負担を抱えている両親にとって切実かつ重大な関心事であったこと,④長男の診療行為と密接に関連する質問だったことなどから,当該医師は信義則上PM病に罹患した子どもの出生の危険性について適切な説明を行うべき法的義務があったと認定しました.
そして,医師の説明は,PM病に罹患した子が生まれる可能性は低いという誤解を与える不正確なものであったとして,説明義務違反を認定しました.

その控訴審である高裁判決,その上告審である最高裁判決も説明義務違反を認めています.
東京地裁の判決は説明義務違反と三男の出生との因果関係を否定しましたが,東京高裁判決は,因果関係を認めています(最高裁平成17年10月20日決定で確定).

東京高等裁判所判決,最高裁判所決定は,疾病,障害をもって出生した子どもを介護養育する「経済的な負担」を損害と評価することは,障害者の出生自体をマイナスと評価するものではなく,別の問題である,と考えています.
(判決の詳細は.医療問題弁護団五十嵐裕美弁護士の判例解説,医療問題弁護団武藤暁(ひかる)弁護士の判決解説をご参照してください.)

 
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by medical-law | 2010-10-31 14:41 | 説明義務