弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

2013年 10月 21日 ( 2 )

ディオバン問題,JIKEI HEART Studyのカプランマイヤー曲線の誤り

イベント発生率と追跡症例数に明らかな食い違いがあり,カプランマイヤー曲線と表記しながらも,単純にイベントの発生を足し算した図がLANCET誌に掲載され,JIKEI HEART Studyのメイン結果を示すものとされていた,とのことです.


ミクス「ディオバン問題 JIKEI HEART Study LANCET誌掲載のメイン図表に重大な誤り」2013年10月21日)

「降圧薬・ディオバン(一般名:バルサルタン)をめぐり、東京慈恵会医科大学などで実施された大規模臨床試験「JIKEI HEART Study」で、医学誌「The LANCET」に掲載されたメイン図表のカプランマイヤー(Kaplan-Meier)曲線(図1)に重大な誤りがあることが明らかになった。問題となる誤りは2点。一つ目は、カプランマイヤー曲線と図中の症例数に不一致がみられること。二つ目は、この曲線が厳密にいえば、“カプランマイヤー曲線”とは言い難い点だ。本来カプランマイヤー曲線は、時間の経過に伴うリスクの推移を考慮に入れ、累積イベント発生率を検証する。つまり、予測値が含まれて累積イベント発生率が記載されるのだが、LANCET誌に掲載された図は単なるイベント発生率を示しているに過ぎなかった。このカプランマイヤー曲線は、JIKEI HEART Studyのメイン結果を示すもの。LANCET誌からこの論文が撤回されるまでの約7年間、医学界を通じ、誤った情報が提供され続けてきたことになる。


カプランマイヤー曲線と症例数に不一致が見られるのは、主要評価項目である複合心血管イベントの発生率を図示した追跡開始42~48か月時点。42か月から48か月時点はともに368例で、脱落がみられていない。一方で、48か月時点にかけ、バルサルタン群のイベント発生率は増加がみてとれる。


カプランマイヤー法では、イベントを起こした症例を分母から抜くことで、イベントを起こした人が脱落せずに追跡されているのであれば、どれくらいのイベント発生率なのか正確に見積もることが可能になる。通常、症例数の変化がみられなければ、イベントの増加はみられないことになる。


逆に、イベント発生のほか、追跡不能などによる脱落や、追跡期間を終了した場合は、症例数が減少する。つまり、イベントが発生した段階で症例数が減少しないケースは想定できないのだ。今回LANCETに掲載されたカプランマイヤー曲線は、イベント発生率と元データであるはずの追跡症例数が一致していなかった。


では、この不一致は何を意味するのか。JIKEI HEART Studyの主任研究者らがLANCETに掲載された論文を改編して作成した副次評価項目のカプランマイヤー曲線(図2・日経メディカル2007年6月号ノバルティス ファーマ提供特別広報版)をみる。主要評価項目を構成するイベントのうち、本誌が入手したカプランマイヤー曲線は、①脳卒中、②入院を必要とする狭心症の新規発症または増悪、③入院を必要とする心不全の新規発症または増悪、④解離性大動脈瘤-の4種類。このうち42~48か月の間にイベント発生率の上昇がみられたのは、脳卒中のみ。そのほかの副次評価項目のカプランマイヤー曲線には、イベント発生率の上昇は認められなかった。


◎統計解析の専門家 「自分が解析したのであれば、違う図には気づくだろう」


このデータを見た統計解析の専門家は、主要評価項目を示したカプランマイヤー曲線について、イベント発生率と追跡症例数に明らかな食い違いが存在すると指摘。「単なるヒューマンエラーである可能性も否定はできない」とも述べた。その上で、仮に元社員が厚労省検討会のヒアリングで指摘した「異なるカプランマイヤー曲線が使用されていた」との発言に絡めて考えるならば、「他の人は気が付かなくても、自分が解析したのであれば、違う図が掲載されていることには気づくだろう」と語った。


◎もう一つの誤り、カプランマイヤー曲線とは言い難い図


一方で、この曲線が“カプランマイヤー曲線”とは言い難い図であることも明らかになった。本来カプランマイヤー曲線は、時間の経過に伴うリスクを図示したもので、リスクが起こる“予測”を含んだ形で描かれる。例えば、48週時点の累積イベント発生率を検討する場合、24週で追跡終了となった患者は分母から除き、その人が脱落せずに追跡された場合を考慮したイベント発生リスクを図示する。そのため、最終的な累積イベント発生率は、その時点までのイベントの発生を「足し算」するのではなく、起きるリスクを「掛け算」することになる。


その結果、通常カプランマイヤー曲線で示された累積イベント発生率は、実際のイベント発生率よりも大きな値となる。しかし、同試験の結果では、イベント発生率とカプランマイヤー曲線での累積イベント発生率の値が完全に一致していることが分かった。つまり、カプランマイヤー曲線と表記しながらも、単純にイベントの発生を足し算した図がLANCET誌に掲載されていたのだ。本来、カプランマイヤー曲線であるならば、図中で用いる用語も、本来“probability of events”と表記すべきである。ところがLANCET誌に掲載された図は“event rate(イベント発生率)”と記されている。これらを見ても、“統計解析の専門家”が行った解析とは考えづらい、初歩的な“ミス”が試験のメインであるはずのカプランマイヤー曲線にはあった。


【解説】大規模臨床試験のカプランマイヤー曲線をどう読み解くか


編集部ではカプランマイヤー曲線に着目して取材を行った。背景には、統計解析を実施したノバルティスの元社員は、厚労省の高血圧症治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会(森嶌昭夫委員長)のヒアリングで、自らが研究者からの依頼で作成した図ではなく、「論文にはそれとは異なるカプランマイヤー曲線が使用されていた」と証言していることがある。


今回、JIKEI HEART Studyのカプランマイヤー曲線の誤りを指摘した。統計解析の専門家や当該試験に関わった研究者でない限り、ここに刻み込まれた意味を解読するのは難しい。編集部でも深層に迫れば迫るほど、この問題の奥深さを感じることになった。


一方で、取材を通じて、いくつかの疑問を感じるようになった。本誌が主要評価項目を構成するイベントのうち、カプランマイヤー曲線が入手できたのは、①脳卒中、②入院を必要とする狭心症の新規発症または増悪、③入院を必要とする心不全の新規発症または増悪、④解離性大動脈瘤-の4種類。時間経過を追うと、脳卒中と入院を要する心不全は、試験開始後18か月からカプランマイヤー曲線のかい離が始まる。特に脳卒中は、28~42か月までの1年以上イベントの発生がみられていない。主要評価項目のカプランマイヤー曲線で指摘したイベント発生率の増加は2例程度と、本誌取材に応じた統計解析の専門家はみる。


同試験では、通常治療にディオバンを上乗せすることで、“脳卒中発生率を40%低下する”ことが強力なメッセージとして発信された。脳卒中は日本人で発症率が高いことに加え、これまで行われてきた大規模臨床試験では達成できなかった有用性を示したからだ。


当時、ARBの脳卒中発生抑制効果を示した大規模臨床試験としてLIFE(Lancet. 2002; 359: 995-1003)とMOSES(Stroke. 2005; 36: 1218-26)の2試験があった。MOSESは、ARBとCa拮抗薬を直接比較し、ARBの優位性を示したが、脳卒中発生抑制効果は25%だった。一方で、ディオバンとCa拮抗薬・アムロジピンの効果を直接比較したVALUE(Lancet. 2004; 363: 2022-31)では、主要評価項目である複合心血管イベントでは有意差は認められず、脳卒中の発生抑制効果は、アムロジピン群を下回っている。


JIKEI HEART Studyの共同主任研究者であるBjorn Dahlof氏は「カプランマイヤー曲線の解釈には慎重さが必要だ」(日経メディカル2007年6月号ノバルティス ファーマ提供特別広報版)と語っている。私も取材を通じて実感した。カプランマイヤー曲線だけで、臨床試験の全てを読み解くことはできない。


ただ、大切なことは、今回LANCETに掲載された論文の中で、メインの結果であるカプランマイヤー曲線に重大な誤りがあった点だ。例えヒューマンエラーであったとしても見逃すことはできない。何故なら、このカプランマイヤー曲線は、医学界を通じ、様々な場所で紹介され、その結果として臨床医が処方を選択する上での決め手の1つとなってきたからだ。


厚労省検討委員会の中間報告や東京慈恵会医科大学JIKEI Heart Study調査委員会(橋本和弘委員長)の報告書は、サイエンスからの視点が乏しい。これ以上の真相究明には、根拠となる全てのデータを入手しない限り不可能とも言える。一連のディオバン問題を紐解くカギ。それは、サイエンスが握っているといっても過言ではない。今回のJIKEI HEART Studyの問題を解明する一歩として、サイエンスの視点からこのデータの真相究明を進めるために一石を投じたい。
(Monthlyミクス編集部 望月英梨)」



なお,カプランマイヤー曲線については, 新谷歩氏(米国ヴァンダービルト大学准教授・医療統計学)の解説がわかりやすいです.



谷直樹

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by medical-law | 2013-10-21 09:41 | コンプライアンス

PRACがritodrine等の短時間作用型β刺激薬について産科領域での適応制限を勧告

日本では、切迫流・早産に、ウテメリン錠5mg(一般名リトドリンritodrine)が用いられています.

EUでは、短時間作用型β刺激薬fenoterol,hexoprenaline,isoxsuprine,ritodrine,salbutamol,terbutalineに早産防止の適応があります.

EMAのファーマコビジランス・リスク評価委員会(PRAC)が,これらの短時間作用型β刺激薬について検討した結果、2013年9月6日、早産防止や過度の分娩収縮の抑制などの産科適応において,経口剤または坐剤の短時間作用型β刺激薬Aを今後使用すべきではない、と勧告しました.

国立医薬品食品衛生研究所・安全情報部の「医薬品安全性情報(海外規制機関 )Vol.11 No.21」(2013年10月10日」は、次のとおり伝えています.

「短時間作用型β刺激薬を,早産防止薬として特に長時間(48時間以上)使用した場合の心血管リスクとベネフィットのバランスに関して,懸念が提起された。
PRACは臨床研究,市販後報告および公表文献の入手データを評価し,関連する治療ガイドラインを検討した。PRACは,短時間作用型β刺激薬を産科適応で使用した場合,母親,胎児ともに重篤な心血管系副作用のリスクがあると結論した。また,データは,これらのリスクの多くが長時間使用で生じることを示唆していた。
産科適応での経口剤および坐剤の使用については,心血管リスクがあることと,早産防止薬として短時間または長時間使用した場合のベネフィットを支持するデータが非常に少ないことから,リスクがベネフィットを上回るとPRACは結論し,今後,産科適応で経口剤および坐剤は使用すべきではないと勧告した。」


厚生労働省はどのように対応するのでしょうか.

谷直樹

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by medical-law | 2013-10-21 02:49 | 医療