弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

2014年 02月 07日 ( 2 )

訃報,渥美東洋先生

中央大学名誉教授の渥美東洋先生が,2014年1月30日午後3時,虚血性心不全のため東京都内の病院で逝去しました.79歳でした.
一部のネットでは2月1日に流れていましたが,新聞各紙は昨日訃報を流しました.

渥美東洋先生の刑訴法は,英米法系で,言葉自体が別物でしたが,影響を受けた法曹は少なくありません.往年の中大には,渥美刑訴に魅せられた学生が多数いました,天才渥美先生の伝説は,先輩から後輩へ語り継がれていました.

別れと言えば 昔より この人の世の 常なるを
流るる水を 眺むれば 夢はずかしき 涙かな
(惜別の歌2番)

ご冥福をお祈り申し上げます.


弁護士 谷直樹

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by medical-law | 2014-02-07 02:29

佐村河内氏の代理人弁護士の会見に思うこと

スポ日「佐村河内氏の代理人が反論「耳が聞こえないのは本当」」(2014年2月6日)は,次のとおり報じています.

「聴力を失った作曲家で「現代のベートーベン」と呼ばれる佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏(50)が実際は曲作りをしていなかった問題で、佐村河内氏の代理人を務めるA弁護士が6日、横浜市内で報道陣の取材に応じた。

これに先立ち、佐村河内氏のゴーストライターを務めていたと公表した桐朋学園大非常勤講師の新垣隆氏(43)が都内のホテルで謝罪会見。新垣氏が「私の感覚では耳が聞こえないと感じたことは一度もありません」と、佐村河内氏は耳が聞こえていたとする発言をしたことについて、代理人は「ご本人が耳が聞こえないのは本当だろうと思っています」と反論。

障害者手帳(聴覚障害2級)に関しても「私たちも(手帳を持っていることを)確認しています。彼の場合は唇の動きが非常にゆっくりしているので、彼との間では会話は手話なんかは使わなくても成り立つ」と“疑惑”を否定した。」


佐村河内氏の代理人として横浜弁護士会のA先生が会見したのは,私には意外でした。
A先生は,ロックが好きな広島被爆2世で,平和問題,憲法問題に取り組んでいるいわゆる「人権派弁護士」です.私は,性格が異なり,親しくはありませんでしたが,数十年前の受験時代に一緒のゼミで勉強させていただいたことがあります.

ところで,A先生の同期の弁護士北村晴男氏がボクシングの亀田側の代理人となったことについて,A先生は,ブログに次のとおり書いています.

「亀田サイドの言い分や、諸々の裏事情があると思うのだが、それにしても、北村弁護士には、亀田サイドの代理人なんかにはなってほしくなかった。
北村弁護士だって、彼らがやってきたことの胡散臭さ、危うさを知らないはずはないだろう。
だから、正直、とっても残念に思うのだ。
我々弁護士は、事件の筋も大事だが、依頼者の筋も大事にしなくてはならないというのが、僕がいつも肝に命じていることだが、あらためて、そんなことを考えさせられた一件でもあるのだ。」


報道を読む限り本件もなかなかの事件ですが,筋を大事にするA先生ですから,単純に広島被爆2世つながりで引き受けたわけではないでしょう.
もちろん,現時点では,真実は未だよく分かりませんので軽々に論評することはできませんが,タレントがキャラを作るのとはちがい,もし作曲家がゴーストライターを使い聴覚障害を装っていたとしたら,大変なことです.

ただ,一つ言えることは,作曲者が誰であろうと,作曲の過程がどのようなものであろうと,曲の価値自体に変わりはありません.
曲自体が,この件で貶められることのないことを,権利関係が解決されて再び曲が聴けるようになることを望みます.

【追記】

NHK「佐村河内氏「3年くらい前から少し聞こえるように」(2014年2月12日)は,次のとおり報じました.

「佐村河内氏「3年くらい前から少し聞こえるように

耳が聞こえない障害を乗り越えて作曲活動をしているとしてきた佐村河内守氏が、実際は別の人物に作曲を依頼していた問題で、12日未明、本人が、実は3年くらい前から少し耳が聞こえるようになっていたなどと説明した直筆の文書を公表しました。
近く公の場で謝罪するということです。

この問題は、15年ほど前から両耳が全く聞こえない障害を乗り越えて作曲活動をしているとしてきた佐村河内守氏が、実際には別の作曲家に曲を作ってもらい、自分の作品として発表していたものです。
12日未明、代理人の弁護士を通じて公表された直筆の文書は「お詫び」と題して8枚余り、この中で聴覚障害について、「障害者手帳を持っていることは間違いありません」としつつも、「3年前くらいから、耳元で、はっきり、ゆっくりしゃべってもらうと、こもってゆがむ感じはありますが、ことばが聞き取れるときもあるまでに回復していました」と告白し、今も全く耳が聞こえないというこれまでの話はうそだったと説明しました。
また、これまでの行為については、「私がやってきたことは売名行為とみられてもしかたのないことです。私自身、そういう気持ちが一方にあったことは間違いありません」と説明し、「本当に多くの人たちを裏切り、傷つけてしまったことを、心から深くお詫びいたします」と謝罪のことばをつづっています。
そのうえで、「近い内に必ず公の場で謝罪をさせていただきます」としています。
弁護士によりますと、聴覚障害の件については、今後、専門の医師の検査や行政機関などからの調査に本人が応じる考えを示しているということです。

回復する可能性は低いのではないか

代理人の弁護士は、今月4日に佐村河内氏に初めて会ったとき、「全然聞こえない」と説明を受けていたものの、今月7日になって、実は聴力が回復していると打ち明けられたとしています。
そのうえで、最も聴覚障害が重い2級と診断された人の聴力が回復する可能性について、弁護士が耳鼻科の専門の医師に見解を聞いたところ、「限定的とはいえ、ことばが聞き分けられるまで回復する可能性は低いのではないか。例えば、原因が精神的なショックによるものであれば、そういう可能性もあるかもしれない」という主旨の説明を受けたということです。」


朝日新聞「佐村河内守さんの謝罪文(全文)」(2014年2月12日)は,以下のとおりです.

「お詫び

今まで私の起こしたことについて深く謝罪したいと思いペンをとりました。
そして、すぐに説明が出来なくて申し訳ありませんでした。
弁護士さんにも本当のことが言えなくて、決断するのに時間がかかってしまったのです。
また、私のせいで、多くの方々に大変な迷惑をかけてしまったことも心からお詫びしたいと思っています。

私のCDを買った方々、応援して下さった方々、音楽関係の方々、私の噓によって番組を作った方々、本やインタビュー記事を出して下さった方々、大切な本番の直前に騒動に巻き込んでしまった高橋大輔選手、被爆者の人たち、被災者の人たち、障害者の人たち、広島市の関係者、友人、家族等、本当に多くの人たちを裏切り、傷つけてしまったことを、心から深くお詫びいたします。

私がついた噓は、新垣さんのことだけではありません。

もちろん、新垣さんとの関係については、新垣さんが話しておられるとおりです。他にも、私の音楽経歴についても、大体新垣さんが話されたとおりです。
今は、自分を偽って生きて来たことを深く恥じています。
そして、私の要求に18年もの間応じて来たことから、人生が狂ってしまった新垣さんに対しても、お詫びしたいと思います。

ただ、耳のことについては、新垣さんが、出会った初めころから聞こえていたはずだと言われていることは事実とちがいます。
耳が聞こえなくなって手話サークルに参加して、それから聴覚障害2級で手帳をもっていることはまちがいありません。
そして、耳が聞こえなくて、ひどい耳鳴りに悩まされ続けていたことは本当です。

しかし耳のことでは、最初弁護士さんにも正直にお話しできなかったので、そのことについて説明します。
実は最近になって、前よりは、少し耳が聞こえるようになっています。
三年前くらいから、耳元で、はっきり、ゆっくりしゃべってもらうと、こもってゆがむ感じはありますが言葉が聞き取れる時もあるまでに回復していました。但し、それはかなり体調に左右されるので、体調が悪い時は耳元ではっきりゆっくり話してもらっても聞き取れないこともあります。しかし2月4日に初めて弁護士さんに会った時は、今も全く聞こえないと言ってしまいました。

私としては、新垣さんに作曲してもらったことがバレることによって起きることで頭がいっぱいで、耳のことも聞かれたのですが、怖くて本当のことを言えませんでした。音楽的経歴のこともそうですが、他の噓のことを話すと、引き受けてもらえないと思ったのです。

もう、週刊文春が出る直前でしたから、すがる思いで相談していました。
新垣さんの会見自体は見ていませんでしたが、知人からも、耳のことが問題になっていると聞き、本当のことを言わなくてはと思い、2月7日に少し聞こえるようになっていると話しました。
ただ、この時は、人の言葉は聞き分けられないと説明したのですが、色々な情報が出ていると聞き、もうこれ以上は噓はつけないと思い、2月9日になって、耳のそばではっきり話してもらえば人の言葉も聞き分けられる時があることを告白しました。そうすると、弁護士さんからは、最初から聞こえていたのではないかとも質問されましたが、それだけはちがいます。

全然聞こえなくなって聴覚障害の認定を受けていたことと、3年前くらいまでは、聞こえていなかったことは、真実です。

もうこれ以上、噓に噓を重ねるのはやめると決めました。
ですので、今日は、ここに書いていることは、天地神明に誓って真実です。
耳のことについては、専門家によるきちんとした検査を受けてもいいです。その結果二級ではないと判定されたのなら手帳は必ずお返しいたします。

それと、いくつかご説明もさせて下さい。
もちろん、すべて真実をお話すると決めたので、この後に書くことに噓はありません。

まず、私と新垣さんとの関係は二人きりの秘密でした。
この噓がバレてしまうと、身の破滅になると恐れていたので、妻にも誰にも話していません。
妻も新垣さんのことは知っていますが、現代音楽の専門家なので作曲の仕方などを教えてもらっているとしか説明していませんでした。

また新垣さんへの指示書を書いたのは私です。
お義母さんに妻の筆跡だと言われていると聞いて驚きましたが、誤解です。
何かの一部を妻に書いてもらったことはあるかもしれませんが、そのくらいです。
私の実家にピアノがあったのは引っ越す前のことだったので、お義母さんの知らない時期のことです。
もちろん、お義母さんの言われるとおり、私のせいで、妻にも辛い思いをさせています。
妻が望むなら、離婚してもいいと思っています。
そのことは妻の判断に任せます。

それと私が被爆二世であることも真実です。
私の両親は共に広島で被爆しています。
二人とも被爆者手帳を持っておりますし、弁護士さんにも、写真で確認してもらっています。

私がやってきたことは売名行為と見られても仕方のないことです。
私自身、そういう気持ちが一方にあったことはまちがいありません。
しかし、ある時期からは被爆者や震災の被災者の人たち、障害を持った人たちの助けになればという気持ちもまちがいなくありました。
もちろん、今となってはそのような事を言っても信じてもらえないかもしれませんが、心の中には、いくつもの思いがあったことも確かなのです。

しかし、私の気持ちを信じてくださった方々に、もっと大きなショックを与えてしまったことになります。
本当に取り返しのつかないことをしてしまったと思っています。

もう一つ、弁護士さんにはじめにお願いしたことなのですが、私が新垣さんに作ってもらった楽曲は、私のことさえなければ、きっと後世に残るはずのものですし、今はこの楽曲が生かされ、少しでも周りの方々の被害が少なくなるようにしてもらいたいと思います。

最後になりますが、やっと気持ちが整理できましたので、近い内に必ず公の場で謝罪をさせていただきます。
本当に申し訳ありませんでした。

平成二六年 二月十一日
佐村河内 守」


弁護士は,一般的に,経験則として依頼者が代理人弁護士に述べることが常に真実とは限らないことを知っています.
6日の会見を行う前に,佐村河内氏に状況を説明し聴力の点についてしっかり確認すべきではなかったか,と思います.
このような展開では,3年前から聴力が回復したという今回の説明も虚偽ではないか,と受け取られてしまうでしょう.

【再追記】

デイリースポーツ「佐村河内氏弁護士 聴力確認不足を謝罪」(2014年2月12日)は,次のとおり報じました.

 「佐村河内守氏の代理人を務めるA、B両弁護士が12日、佐村河内氏の謝罪文とともに、「受任当初からの経緯」を説明する文書をマスコミ各社にファクスで送った。

 それによると、両弁護士は2月4日に初めて佐村河内氏と会い、「新垣隆氏に楽曲の依頼を行っていたこと」「にもかかわらず、テレビやインタビュー等で自身が作曲しているように振る舞って名声を得るようになっていたこと」が事実であり、謝罪したいという意思を確認した。

 その際、佐村河内氏から「週刊文春の記事が翌日にはマスコミ関係者に出回るので、その前に、弁護士名で記者発表を行ってほしい」「この発表によって、レコード会社や出版会社、ツアー企画会社などの関係者に大きな被害が及ぶので、そういった被害が出来るだけ拡大しないようにしてあげてほしい」との要望が出たという。

さらに佐村河内氏は「直前に迫ったフィギュアの高橋大輔選手の演技にまで悪影響が及ぶ可能性があるので、それだけは何とか防いでほしい」とも要望した。

 そして佐村河内氏の聴力については「若いころに聴覚障害となり、今も全然聴こえない」との説明があり、手話通訳も「長くお付き合いがあるが、不自然なことはなく、聴こえていないと思います」と言葉を添えたという。

 6日の新垣氏の会見の直後、A弁護士が報道陣に対して「医学的に見てどうかということがわからないので確実なことはいえない」としながら、「障害者手帳の存在や、通訳の方の説明、当職らの印象などをもとに『耳が聴こえないのは本当だろうと思う』という趣旨の説明をしておりましたことは、結果としては誤っており、当職らの確認不足でした」と謝罪した。

その後、佐村河内氏に問いただしたところ、「3年前くらいから、聴力が回復して来ており、耳元で、はっきりゆっくり話してもらえればこもって歪んだ感じではあり、体調にもよるけれど、言葉が聴き分けられる時がある」と告白し始めたという。

 これに対して両弁護士は耳鼻科の専門医に見解を聞いたところ「器質的な原因で聴力が2級相当まで失われているのであれば、それが限定的とはいえ、言葉が聴き分けられるまで回復する可能性は低いのではないか。たとえば、原因が精神的なショックによるものであれば、そういったこともあるかもしれない」との説明を受けた。

 これを元に、両弁護士はさらに佐村河内氏との面談を行ってきたがその後、本人の説明に変化はなく「本人は、今後、専門医の診断、検査を受けてもいいということですので、現在、当職らにおいて、中立な立場で診断、検査を行っていただける専門医をあたっております」と、聴力に関してはなお事実の究明に努めている。

 また両弁護士は、経過説明の中で他の問題についても触れた。

 「被爆二世であるか否かについては、ご両親の被爆手帳を確認したので、その点は間違いありません」

 「佐村河内氏の妻が新垣氏との関係を承知していたかどうかについては、本人が謝罪文の中でも触れているように、そのような事実はないとのことです」

 「『新垣氏への指示書が本人の筆跡ではなく、妻の筆跡である』との指摘がありますが、当職らがその場で打ち合わせ中に筆跡を確認したところ、少なくとも『交響曲第1番』の指示書の筆跡は、本人の筆跡に似ておりますので、何かの誤解ではないかと考えております」

 そして謝罪文の公表が遅れたことについては「聴力の問題、音楽的な経歴の詐称の問題、さらには本人が被爆二世であるか等、当初、当職らにおいて把握していなかった、別の問題についての疑問点が次々と指摘されるようになったので」予定されていた謝罪文の公表を延期、本人からの事情聴取を重ねてきたという。

 佐村河内氏が「ようやく気持ちの整理がついたということで、近々、公の場で謝罪したいという決意を固めております」として、目下、具体的な日程や場所を煮詰めているという。」


【再々追記】

日刊スポーツ「佐村河内氏の代理人が辞任「意見の違い」」(2014年 2月15日)は,つぎのとおり報じました.

「ゴーストライター問題の渦中にあり、現在の全聾(ろう)状態もウソと告白した作曲家佐村河内守氏(50)の代理人を務めていたA弁護士らが15日、代理人を辞任したと明らかにした。

 A弁護士は辞任の理由について、佐村河内氏や関係者と「今後の方針に関し、意見の違いが生じたため」としている。

 佐村河内氏は今月12日未明、8枚の便箋につづった謝罪文を報道各社にA弁護士ら代理人を通じて送付。3年ほど前から耳の状態が回復し、(全く聞こえない)全聾の状態ではなくなったことなどを告白していた。これを受け、同日午後には、代理人名弁護士が経緯説明文書を発表。その中では、佐村河内氏と今月4日に初対面した当初、現在も「全聾(ろう)」と説明を受けていたが、7日になって、「少しずつ聴力が回復している」と変わったことを明かしていた。

 佐村河内氏の聴力に関しては、6日、作品を代作していたことで桐朋学園大の新垣(にいがき)隆講師(43)が記者会見で発表した際に「初めて会った時から耳が聞こえないと感じたことは1度もない」と証言した。しかし、同日夜にはA弁護士が、佐村河内氏から聴覚障害2級の障害者手帳を見せられたことなどを根拠に「耳が聞こえないというのは本当だと思う」と反論していた。

 このことに関しても、A弁護士らは、経過説明書で「結果としては誤っており、当職らの確認不足でした」と謝罪。その上で、佐村河内氏の聴力状態を正確に知るべく、中立な立場から診断、検査できる専門医を探していることも示していた。」


朝日新聞「佐村河内氏の代理人が辞任 別人作曲問題」(2014年2月15日)は,次のとおり報じました.

「 「全聾(ろう)の作曲家」と呼ばれ、別人による代作が問題になっている佐村河内守さん(50)の代理人を務めていた弁護士2人が「代理人を辞任した」と15日、報道機関あてのファクスで公表した。佐村河内さんのCDを出していた日本コロムビアにも連絡が入った。辞任の理由について弁護士は「守秘義務の問題があり、お答えできません」としている。

 辞任したのは、A、Bの両弁護士。これまでの両弁護士の説明では、今月4日、佐村河内さんからの依頼を受け、初めて面会し、「自作と偽り他人に楽曲制作を頼んでいた」とする内容の説明を受けた。その際、聴力について「今も全然聞こえない」との説明があったという。これを受けて、翌5日未明に代作の事実を報道機関に公表した。

 ところが、実際の作曲者である新垣隆さんが6日の記者会見で、「初めて彼と会った時から、耳が聞こえないということを感じたことは一度もありません」と発言。すると、翌日には佐村河内さんが弁護士に「実は3年前くらいから少しずつ聴力が回復している」と説明を変えたという。

 佐村河内さんは12日未明、両弁護士を通じて便箋(びんせん)8枚からなる直筆の謝罪文を公表。一連の虚偽説明についておわびすると同時に、近く公の場での謝罪と、専門医師による聴力の再検査を受ける意向を示していた。

 両弁護士が報道各社に送った文面は以下の通り。

     ◇

 当職らは、都合により、佐村河内守氏の代理人を辞任いたしました。

 その具体的な経緯、理由につきましては、弁護士としての守秘義務の問題があり、お答えできませんので、あしからずご了承ください。

 以上のとおりですので、どうかよろしくお願い申し上げます。」


弁護士職務基本規程第43条は,「弁護士は受任した事件について依頼者との間に信頼関係が失われかつ、その回復が困難なときは、その旨を説明し、辞任その他の事案に応じた適切な措置をとらなければならない。」と定めています.
代理人辞任は正しい選択だと思います.


弁護士 谷直樹

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by medical-law | 2014-02-07 00:45 | コンプライアンス