弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

2014年 05月 24日 ( 1 )

「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」について

MS産経「尊厳死法案 免責事項に「延命措置中止」盛る 自民PT」(2014年5月18日)は,次のとおり報じました.

「自民党のプロジェクトチーム(PT)がまとめる尊厳死に関する法案に、医師の免責事項として「延命措置の中止」が盛り込まれることが17日、分かった。尊厳死を望む患者に対し、新たに延命措置を施さないことだけでなく、着手した延命措置の中断も認める踏み込んだ内容となる。

 医師の免責事項をめぐっては、人工呼吸器装着などの延命措置を新たに開始しない「不開始」に限定するか、すでに実行中の措置のとりやめを含む「中止および不開始」にまで拡大するかがPTでの議論の焦点となり、素案の段階では両論併記になっていた。

 ただ、医療関係者に対するヒアリングなどでは「実行中の延命措置の中止に踏み込まなければ、尊厳死の法制を作る意味が薄れる」との声が強く、「中止および不開始」の案を採用した。

 条文には、免責事項として「終末期にある患者に対し現に行われている延命措置を中止すること」との文言を明記する方向だ。

 これにより、患者の意思表示があれば、人工呼吸器を取り外すなどの処置をしても医師は法的責任を問われなくなる。

 法案は「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法案(仮称)」。15歳以上の患者が延命治療を望まないと書面で意思表示し、2人以上の医師が終末期と認めた場合に、延命措置の中止や不開始を認める。

 自民党PTは条文化の作業を終え次第、公明党、民主党、日本維新の会などと協議し、議員立法として今国会への提出を目指している。」


「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」いわゆる尊厳死法案が今国会へ提出されることが相当確実な状況のようです.

◆ 終末期の定義

第五条第一項は,「この法律案において「終末期」とは,患者が,傷病について行い得る全ての適切な医療上の措置(栄養補給の処置その他の生命を維持するための措置を含む.以下同じ.)を受けた場合であっても,回復の可能性がなく,かつ,死期が間近であると判定された状態にある期間をいう.」と定めています.

しかし,一義的に明確な基準が示されないと,臨床現場は混乱することになりますが,この定義は,一義的に明確なものではありません.例えば,「死期が間近であると判定された状態」とは,どのような状態なのでしょうか.「間近」とは,3日でしょうか,1週間でしょうか,1か月でしょうか,3か月でしょうか.6か月でしょうか.
「間近」を具体的な数字で定義する必要があるのではないでしょうか.
なお,この要件は,重要ですので,それを政令に委ねるのは,適切ではないでしょう.

◆ 判定について

第六条は,「前条第一項の判定(以下「終末期に係る判定」という.)は,これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められる医学的知見に基づき行う判断の一致によって,行われるものとする.」と定めています.

しかし,「これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する」とは,具体的にどのような医師なのでしょうか.余命の予測は難しく,それを的確に行うために必要な知識及び経験とは,具体的にどのようなものなのでしょうか.
また,二人以上の医師の判断といっても,事実上,上級医の判断にしたがうことになる可能性が高いのではないでしょうか.
さらに,前提となる患者の状態については,患者と最も身近に接している看護職の評価を聞くべきではないでしょうか.
偏りのない判断を行うためには,医師以外の医療職の関与がなくてよいのか,疑問があります.このような重要な判断を慎重に行うためには,院内の委員会が協議して判断すべき必要があるではないでしょうか.

◆ 患者の意思確認について

第七条は,「医師は,患者が延命措置の中止等を希望する旨の意思を書面その他の厚生労働省令で定める方法により表示している場合(当該表示が満十五歳に達した日後にされた場合に限る.)であり,かつ,当該患者が終末期に係る判定を受けた場合には,厚生労働省令で定めるところにより,延命措置の中止等をすることができる.」と定めています.
この延命措置の不開始のみならず中止まで含まれるというのが,自民党PTで支持された案です.

しかし,「書面その他の厚生労働省令で定める方法」というのは,あまりにも漠然としています.どのような方法で患者の意思を確認するのか,という根幹の部分は,基本的には法律で定めるべきではないでしょうか.

◆ 目的

第九条は,「第七条の規定による延命措置の中止等については,民事上,刑事上及び行政上の責任(過料に係るものを含む.)を問われないものとする.」と定めています.

つまり,本法案の眼目は,患者の権利の保障と言うより,医師の免責にあり,医師が尊厳死を行いやすくすることにあるといえるのではないでしょうか.

しかし,そもそも,生きる権利が十分保障されていない現状で,死ぬ権利を強調することにどのような意味があるのでしょうか.現状では,家族などに医療費の負担をかけることを心苦しく思った患者が,尊厳死を希望する場合がないとはいえません.尊厳死法案実現が加速している背景には,医療費削減の政策的意図がある,とみるのは深読みでしょうか.

◆ 刑法との整合性

刑法第202条は,「人を教唆し若しくは幇助して自殺させ,又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は,6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する.」と定めています.
日本刑法は,自殺を罰していませんが,自殺したい人から嘱託を受け(依頼を受け),またはその人の承諾を得て殺すことは,犯罪として処罰しています.
殺すという行為は,積極的に薬物を投与する作為の類型だけではなく,救護可能で救護義務がある者が救護せずに見殺しにするなどの不作為の類型も含まれます.
医師が救命可能な患者を殺意をもって救命しないで放置した場合は,たとえ患者から頼まれた場合であっても同意殺人罪(嘱託殺人罪)の構成要件に該当します.
死期が間近な場合で,その者の依頼があっても,死が訪れるまでは生きることが可能な者を殺すことは,やはり犯罪行為の構成要件に該当します.

刑法202条を現行のままにして本法案を成立させるとすれば,本法案と刑法202条との整合をとることが必要となります.
刑法202条の特例法として犯罪の構成要件該当性を否定する,犯罪の構成要件に該当するが違法性を阻却する,などの検討が必要でしょう.
終末期の患者に対する医師による延命措置の不開始・中止だけが犯罪不成立となることについて,刑法202条の罪が成立する一般の場合に比して実質的な不均衡がないのか,医師に死のライセンスを与えることにならないか,慎重に検討することが必要でしょう.

◆ 日弁連の見解

2012年4月4日の日本弁護士連合会の「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」に対する会長声明」は,「疾患によって様々な状態である終末期においては,自ら意思決定できる患者も少なくないが,終末期も含めあらゆる医療の場面で,疾病などによって患者が自ら意思決定できないときにも,その自己決定権は,最大限保障されなければならない.しかるに,我が国には,この権利を定める法律がなく,現在もなお,十分に保障されてはいない.」と指摘しています.「患者が,経済的負担や家族の介護の負担に配慮するためではなく,自己の人生観などに従って真に自由意思に基づいて決定できるためには,終末期における医療・介護・福祉体制が十分に整備されていることが必須であり,かつ,このような患者の意思決定をサポートする体制が不可欠である.しかしながら,現在もなお,いずれの体制も,極めて不十分である.」と述べています.

現在の法案は,2012年当時の法案より進歩はありますが,「本法律案は,医師が,患者の希望を表明した書面により延命措置を不開始することができ,かつその医師を一切免責するということのみを法制化する内容であって,患者の視点に立って,患者の権利を真に保障する内容とはいい難い.」という指摘は,現在の法律案についてもそのまま当てはまるでしょう.
慎重に検討すべき法案だと思います.


谷直樹

ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
  ↓

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村
by medical-law | 2014-05-24 05:08 | 医療