弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

2015年 07月 15日 ( 1 )

東京地裁,造影剤ウログラフインを脊髄へ注入し患者を死亡させた医師に禁錮1年執行猶予3年の判決

朝日新聞「造影剤誤注入で患者死亡、医師に有罪判決「初歩的ミス」」(2015年7月14日)は,次のとおり報じました.

「国立国際医療研究センター病院(東京都新宿区)で昨年4月、女性患者(当時78)の脊髄(せきずい)に誤った造影剤を注入して死亡させたとして、業務上過失致死の罪に問われた女性医師(30)の判決が14日、東京地裁であった。大野勝則裁判長は「ミスはごく初歩的であり、過失は重い」として禁錮1年執行猶予3年(求刑禁錮1年)を言い渡した。

 判決は、造影剤の箱などには「脊髄造影禁止」と目立つように朱書きされていたと指摘し、「ほんの少し注意を払えば使用してはならないと容易に気づけた」と批判。一方で、「反省し謝罪を重ねている」とした。判決後、患者の次男(50)が記者会見し、「医師の教育が不十分であり、病院の過失も非常に大きい。刑事事件で医師しか裁けないのは限界を感じる」と述べた。」


読売新聞「遺族「反省しているのか」…誤投与の医師に有罪」(2015年7月14日)は,次のとおり報じました.

「判決後の記者会見で女性の長男(52)は「本当に反省しているのか疑問。病院は事故の責任をとって安全管理体制を構築してほしい」と話した。」

この事案について聞こえてくる弁護側の主張は大上段に構えた内容で,この研修医の具体的事案についての主張はあまり聞こえてきません.

弁護側は,医師が使用する薬は多数で添付文書を確認するのは難しい,などと主張していたようですが,始めて使う知らない薬剤について添付文書を確認するのは,医師としての基本的な注意義務ではないでしょうか.自身で添付文書を見るのが面倒なら薬剤部に聞けばよいので,確認は簡単です.
そもそも,この事案は,箱3カ所と薬剤に赤字で目立つように「脊髄造影禁止」と書いてあるのに,この研修医はその赤字の文字を見ていなかったのです.添付文書確認義務以前に,箱,薬剤の赤字の文字を見る注意義務に違反していることは否定できないと思います.この研修医のための情状立証は,事案にそった内容でなければならないと思います.

弁護側は,個人の責任追及よりも原因究明再発防止が重要であると主張していたようですが,責任追及か原因究明再発防止かという二項対立構造の設定自体が疑問です.個人の責任追及よりも原因究明再発防止というのは,次元の異なるものを比較するもので,法的な主張として通用するものではないと思います.
たとえば,御者が,雇い主に,暴れ馬の交換を求めたところ拒否されかえって解雇を迫られ,やむをえず雇い主の命令に従い暴れ馬で馬車を運行し通行人に傷害を負わせた事案で,ライヒの裁判所は,御者に雇い主の命令に従わないことを期待できないとし御者を無罪にしました.昔の刑法の教科書に書かれている有名な事件です.しかし,現代において,業務上過失により死亡事故を起こしたバスの運転手が刑事責任を負うのは当然ですし,その運転手に休む間もなく仕事をさせていた運送会社の社長も刑事責任を問われてしかるべきといえるでしょう.バスの運転手に期待可能性がないとはいえませんし,刑事裁判での個人の責任追及よりも原因究明再発防止が重要であると主張しても情状立証にはなりません.
弁護側が,病院長にも刑事責任を問うべきであって,研修医のみに刑事責任を負わせるべきではない,と主張するならわかりますし,たとえば病院長が情状証人として出廷し,悪いのは私で...と真摯に証言すれば,情状は良かったと思いますが,医師への刑事責任追及は不当という大上段に構えた主張では,法に基づき判決を言い渡す裁判所を動かすことはできないと思います.


谷直樹


ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
  ↓

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村
by medical-law | 2015-07-15 02:06 | 医療事故・医療裁判