弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

2015年 09月 25日 ( 1 )

横浜市立みなと赤十字病院の事故調査報告書、内視鏡処置における患者モニタリングの重要性

横浜市立みなと赤十字病院の平成26年12月18日の事故の調査報告書が、本日公表されました.


事故調査委員会報告書をアップいたしました。PDFファイル(2015年9月25日)


私はこの事故の遺族の代理人ですが、この事故調査報告書は、複数の外部委員をいれ原因究明と再発防止について真摯に検討し、内視鏡での処置中の患者の呼吸循環動態の観察の重要性等を指摘したものであり、評価できると思います.

本件事故は、他院で起きた医師個人の技術的未熟さに起因する内視鏡事故とは、性格が異なります.
本件は、内視鏡を扱う医師の術中・術後の患者モニタリングについての意識と体制の弱さに起因する事故と思います.
外科手術であれば麻酔科医が患者の全身状態を監視していますが、内視鏡は外科手術ほどの侵襲はないことから、内科医が一般に患者モニタリングの意識が薄いとしたら、問題です.とくに状態の悪い患者(この患者は出血が続き出血性ショックを起こしていました)については、内視鏡処置中、患者の全身状態を監視することに専念する役割の医師が必要でしょう.

◆ 事故の経過

総胆管結石による胆管炎、膵炎の70歳代の男性患者(本件事故さえなければ元気に退院できたはずでした)に対し、平成26年12月17日午後4時45分から6時4分まで、内視鏡による処置[ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)、EST(内視鏡的乳頭切開術)]が行われました.ESTの途中で出血があり、バルーンによる圧迫止血が行われました.
翌18日午前0時、3時、5時台に出血がありました。収縮期圧が100を超えていて患者の意識が清明であったために、当直医は保存的に対応しました.
午前8時30分過ぎに出血性ショックの状態になり、輸液の追加が行われ、午前9時25分から輸血が行われました.
午前10時20分の造影CT検査の結果、再度のERCP実施が決定されました.
午後1時過ぎから再度のERCPが行われ、ステントで止血されました.
患者は、この再度のERCPの際に心肺停止となり、蘇生は成功したものの広範囲の低酸素脳症(蘇生後脳症)を生じ、平成27年2月20日に死亡しました.

◆ 出血への対応の遅れ

患者側の立場からすると、出血を生じたこと、バルーンによる圧迫止血自体についても疑問なしとはいえませんが、とくに、ESTの途中で出血があり、バルーンによる圧迫止血が行われましたという事情のもとでは出血の危険は念頭において対応すべきですので、宿直医が出血性ショックになるまで保存的にみていたことは問題と思います.

この点、調査報告書にも、「事故調査委員会において外部委員(消化器内科医師)から、午前3時以降の下血と収縮期血圧低下に対しては対応が遅いとの指摘が複数あった。また、ERCP①の際の出血が十分に止血されておらず、出血し続けている可能性を考え、緊急内視鏡を含めた何らかめ対応を考慮すべきという指摘もあった。検討の結果、遅くとも午前5時の時点では、出血量が多くなったため、代償性のショックから非代償性のショックの状態になりつつあると判断し、輸血の準備を開始する必要があったと事故調査委員会では結論した。」と記載されています.

◆ 家族への連絡の遅れ

患者の家族ら(遺族)が、出血継続による本件患者の急変が知ったのは、本件患者自身が、午前7時ころに、事務手続のため家族に来院依頼をしたことが契機でした。もし担当医が出血継続の重大性について十分認識していれば、家族に対する報告・説明は、すみやかに適切に行われたものと思います.

◆ 心肺停止の原因

事故調査報告書は、「心肺停止に至る経過から後方視的に検討ずると、呼吸状態の悪化が先であった可能性が高いと考えられ、この機序であると考えると、蘇生後に広範囲な低酸素脳症が生じたこととも整合する。しかし、外部委員(消化器内科医師)を含めた多くの医師で検討したが、心肺停止の原因を特定するには至らなかった。」としています.

◆ 異変の発見・対応の遅れ

午後2時にSPO2(動脈血酸素飽和度)の低下傾向があり、午後2時10分にSPO2が90台に低下しました.午後2時12分からSPO2が測定できない状態が続き、徐々に心拍が低下し、午後2時15分頃から60~70台になりました.
心マッサージが開始され、午後2時25分に内視鏡スタッフへの応援要請、午後2時30分にコードブルー要請がありました.午後2時32分に蘇生チームが到着し、午後2時36分に気管挿管、午後2時41分に自己心拍再開となりましたが、蘇生後脳症を残しました.

医師は、患者のSPO2(動脈血酸素飽和度)の低下にすみやかに対応すべきであり、対応していれば、脳に酸素が供給されない時間が短く、蘇生後脳症にならなかったものと考えられます.医師は全員が内視鏡に集中していて、患者の呼吸循環動態の変化をよくみていなかったために発見.対応が遅れたようです.

調査報告書は、「呼吸を含めた全身状態の悪化をより早期の認知ができなかったことは問題といわざるを得ず、重篤な状況のERCP②施行の際、全身状態を観察する医療スタッフの役割が不明確であったことが容態悪化の認知の遅れの原因となったと事故調査委員会は結論した。」としています.

◆ 再発防止・改善への取組

調査報告書は、改善への取り組みについて、次のとおり記載しています.

「(1)重篤な状態の患者に対する体制
重症患者の内視鏡処置を行う場合には、患者から目を離さず全身状態を把握することが必要である。具体的には、手術室における麻酔医のような患者の病状を責任をもって監視する要員を必ず配置する。
→ 平成27年6月、「内視鏡重症症例マニュアル」を策定し重症の基準を定め、呼吸・循環動態の管理に専念する医師を別に置くことにした。

(2)検査・処置中の全身状態モニター機器の整備
内視鏡室の患者監視モニタ←を充実させ、常に患者の状態を連続的に記録できる体制を整備する。具体的には当院手術室の麻酔記録のように自動的にモニターの数値が電子カルテに載るシステムを内視鏡室に導入し、自動的にバイタルが記録されるようにする。
→ 平成27年7月に生体情報モニタリングシステムを導入し、8月から試行運用を開始した。

(3)予期しない事態が起こった場合の当直医への報告体制
内視鏡処置で予期しない事態が起こった場合には、上級医が確認した上で判断し、その状況と判断を当直医に報告する体制を構築する。
→ 策定した「内視鏡重症症例マニュアル」において、①上下部内視鏡検査及び治療による偶発症に対じ緊急内視鏡を施行する場合、②EST後出血に対する緊急内視鏡を施行する場合、③重症胆石性膵炎の場合、④重症急性胆管炎の場合には、上級医2人の監督下に行うことを明記した。

(4)教育体制の構築
安全な医療を実践するため、内視鏡室に関係する全職種に対して内視鏡処置の動画記録を用いた教育体制を構築する。
→ 医療機能の更なる向上を目標とし、撮影した動画を用いて内視鏡室に関係する職員を対象とした勉強会を定期的に開催する。」


◆ 遺族のコメント

遺族は、次のコメントを発表しています.
「この事故は事前に防げた場面が何度もあるだけに悔しいです。緊急事態に家族へ連絡しなかったこと、2度の心肺停止(注:植物状態後平成27年1月2日にも心肺停止)、病院の管理体制や教育の部分に不安を感じます。
この悔しさと不安を忘れることはできませんが、少なくとも父の死が無駄になることのないよう、病院はしっかり見直し改善して頂きたいです。」

本当に、事故を教訓に再発防止に努めていただきたく思います.
なお、本件については9月17日に示談が成立しております.


谷直樹


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by medical-law | 2015-09-25 16:02 | 医療事故・医療裁判