弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

2017年 07月 05日 ( 1 )

2015年に神戸市西区で起こった無痛分娩事故についての遺族の要望書

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2015年に神戸市西区で起こった無痛分娩事故についての遺族の要望書は,次のとおりです.

                                      2017年7月4日
厚生労働大臣 塩 崎 恭 久 様
公益社団法人日本産科婦人科学会 理事長 藤 井 知 行 先 生
公益社団法人日本産婦人科医会 会長 木 下 勝 之 先 生
日本産科麻酔学会 会長 海 野 信 也 先 生


             無痛分娩事故の遺族(夫)よりの要望書

1 要望
私の妻に起きた医療事故が今後起きないように、この医療事故と無痛分娩が原因と疑われる医療事故、ヒヤリハットがどれくらい起きているのか、をきちんと調べて公表してくださるようお願いいたします。そして、もしその原因が、今の医療体制にあるのであれば、医療体制の充実をはかってほしいと思いますし、産科医が外来の片手間に無痛分娩(硬膜外麻酔)を行うようなことが絶対にないようにしていただきたく、お願いいたします。

2 神戸市西区のクリニックでおきた医療事故
【2015年9月2日の経過】
9時15分 テストドーズ後院長医師は外来へ
      妻は車椅子で別の部屋(分娩室)へ移動
9時35分 硬膜外麻酔開始、院長医師は再び外来へ
9時40分 気分不良、嘔吐
9時51分 呼吸困難、看護師がドクターコール
9時58分 心電図装着 酸素投与
9時59分 搬送依頼
10時00分 呼吸できず
10時07分 呼びかけに反応せず
10時08分 血圧測定できず
10時10分 救急隊要請
10時15分 救急隊到着、心電図PEA(心静止)
10時28分 救急車内収容
10時46分 神戸大学病院に到着
10時56分 緊急帝王切開で児娩出、新生児仮死、蘇生
11時02分 妻心拍再開

2015年9月2日、無痛分娩の硬膜外麻酔によって、妻は重大な後遺障害を負い、意識を取り戻すことなく、2017年5月12日に亡くなりました。緊急帝王切開で生まれた子どもも、脳に大変重い障害を負い、現在も意識のないまま入院生活をおくっています。

私たち夫婦にとっては初めての子で、妊娠がわかってからの毎日は幸せでいっぱいでした。子どもが産まれからの日々を想像し、二人で沢山の夢を語り合ってきました。家族や友人と一緒に旅行に行こう、年の近い姪や甥と子どもを連れてショッピングに行こう、お互いの両親の家に子どもを連れて遊びに行こうといった、ごく平凡ではありますが幸せな家族の姿を思い描き、語り合ってきましたが、全てが今回の事故により失われてしまいました。

医療事故は、無痛分娩のための硬膜外麻酔のカテーテルがくも膜下腔にまで達し、くも膜下腔に局所麻酔薬が浸潤し中枢神経系の大部分に麻酔が作用した状態(全脊麻)となってしまったことが原因でした。搬送された神戸大学病院で行われた画像検査と、チューブから髄液が引けたことから、このことは確認されています。
事故後に知ったことですが、硬膜を穿破し全脊麻になると、急速に産婦は意識を消失し、徐脈、低血圧、呼吸停止と進行し、放置すると心停止に至ると木下勝之先生が監修した本に書いてありました。
これも事故後に知ったことですが、硬膜外麻酔を行う場合には、試験的に少量の麻酔薬を投入し観察すること(テストドーズ)、硬膜外麻酔の開始後も医師が産婦に付き添って観察することが求められています。

院長医師は、妻に麻酔薬を投与し、外来に行ってしまっていたために、妻の異変に気付かず、対応も遅れ、取り返しのつかない結果になってしまいました。
硬膜外麻酔自体は出産以外でも行われていますし、私は、硬膜外麻酔自体を否定するわけではありませんが、一人の医師が外来診療を行いながら硬膜外麻酔を行うのは絶対に止めてほしいと思います。

3 無痛分娩まで
里帰り出産を希望していた妻は、実家に最も近い神戸市西区のクリニックにお願いすることにしました。クリニックの口コミ評判や和室の分娩室が設置されていることも決め手となりました。妻は、無痛分娩の希望は全くありませんでしたが、院長医師に児が大きいことを理由に無痛分娩を強く勧められました。
分娩前日夜、陣痛促進剤を投与し陣痛が起きており、私は立会分娩に備え、妻と共にクリニックの病室で一緒に夜を明かしました。しかし、一夜明けても本格的な陣痛が来なかったことから、医師の強い勧めにより無痛分娩と吸引分娩を併用することとなり、硬膜外麻酔を実施することとなりました。
たしかに、「無痛分娩についての説明と同意書」には、「低血圧、頭痛(1%)、微弱陣痛による陣痛促進剤の使用、吸引分娩の頻度増加、薬剤アレルギー、血管内誤注入、感染、出血、麻酔薬のくも膜下投与による広範囲麻酔、神経障害(異常感覚)等が起こりえます。なお不明な点は、担当医にご質問ください」と印字で書いてありましたが、まさかこのような最悪の事態になるとは思いもしませんでした。

4 テストドーズ
院長医師は、9時15分に、オペ室で試験的に少量の麻酔薬を投入した(テストドーズ)後、外来に行ってしまいました。
私は、オペ室の看護師から呼び出されました。妻の足がしびれ、自足歩行ができず、車いすに乗せるに際し男性の手伝いがほしいとのことでした。私は妻を支え、車いすに乗せました。妻は、車椅子で分娩室に移動しました。
これも事故後に知ったことですが、テストドーズ後、「たとえくも膜下腔に誤注入しても、両下肢が動かなくなった段階で異常に気づく。その後の注入を止めれば、全脊麻に至ることはまずない」と木下勝之先生が監修した本に書いてありました。

5 硬膜外麻酔
院長医師は、9時35分に、分娩室に来て、本番の麻酔投与を行ない、再び外来に行ってしまいました。
麻酔投与後、妻は気分が悪くなり、吐きました。
子どもの心拍が下がり始め、看護師は何度か姿勢を変えさせたりしていました。そうこうしている間に妻の呼吸の様子が変わってきました。看護師は、妻に心拍計を付けようとしましたが、うまく心拍を計ることができず、酸素マスクを用意しながら、ドクターコールをしました。これが9時51分のことです。
妻は「息ができない」と細い声で私に言いました。その後、意識を失いました。
救急隊が到着し、妻は大学病院に緊急搬送されると聞き、私たちも急ぎ後を追いかけました。

6 搬送後
神戸大学病院の先生によると、当病院に到着した時は既に母子共に心拍停止状態となっていたものの、到着10分後に緊急帝王切開を行い、母子各々懸命に蘇生措置を行うことで、心臓の鼓動が戻ったと知らされました。
その時は一瞬助かったのかもしれないと思いましたが、その後、無呼吸状態が続いたことにより脳が低酸素状態に陥っており、大きなダメージを負っていると聞かされました。
自発呼吸はできず、人工呼吸器に繫がれ、身体には様々な計器をつけられた妻と子どもに会いました。
脳のダメージを最小限に抑えるため、脳を冷やすことにより腫れを抑えること(低体温療法)となりました。数日間低体温療法を行ったものの、やはり初期のダメージが大きく、脳機能が回復することはありませんでした。
妻は低酸素脳症と診断され、いつ心臓が停止するか分からない状態が続きました。途中、肺炎を患いながらも、何とか初期の危機的状態を脱し、集中治療室から一般病棟へ移りました。病棟を移ってからも、当然ですが意識は戻らず常に人工呼吸器管理が続き、途中腎臓機能の調子が悪くなるなど、死を覚悟することも何度もありました。
私は都内に勤務する会社員ですが、神戸にある妻の実家に宿泊し、約半年の長期に亘り、毎日病院に通いました。回復は望めないと医学的には言われてはいるものの、もしかしたら奇跡が起きるかもしれない、また厳しい状態にある中では限られた時間を少しでも共に過ごしたいという思いで妻と子どもに接してきました。

7 妻のこと
妻は面倒見もよく、人を大事にし、誰にでも好かれ、慕われる性格の女性でした。
妊娠後は、産まれてくる子どものために必要なものを準備をして、その日を待っていました。時にお腹の中で動き回る子どもの様子などを動画で撮影し嬉しそうに見せてくれたりもしました。
約1年半もの間妻は頑張り続けましたが、今年の5月12日に息を引き取りました。
亡くなったのは急でしたが、神戸で行われた告別式には、遠方にもかかわらず会社の部下、上司、同僚が東京から数多く駆け付けてくださいました。これほど多くの方にお見送りしていただけるとは思ってもみませんでした。

8 子どものこと
子どもも母体同様、出産直後の懸命な蘇生により心臓の鼓動は回復しましたが、脳に大きなダメージを受けました。産まれてから一度も意識は回復せず、自発呼吸もできず人工呼吸器による管理が続いております。胃瘻により栄養剤を胃に注入しており身体は徐々に大きくはなっておりますが、既に脳細胞はほぼ死滅しており今後の回復は望めない状態です。脳による自律的な体のバランス調整が機能せず電解質の濃度が大きく変動したり、肺炎を患うなど厳しい状態が続いております。

9 今の思い
この日の出来事をきっかけに私たちの人生は大きく変わってしまいました。
皆に愛された妻、何の罪もない我が子が、なぜ命を失い、あるいは将来の希望を断たれてしまったのか、悲しくて悔しくてたまりません。これからの人生を孤独に生きて行くことも苦しく、考えるだけで胸が張り裂けそうになります。
今でも幼い子どもを連れた家族連れを目にするだけで心が大きく痛み、しばらくの間は、家族連れが集う近所のスーパーに行くことすら苦痛でした。
事故以降、心の底から楽しいと思えた瞬間はありませんし、これからも苦しみを抱えながら生きていきます。私が今できることは、無痛分娩のリスクを伝え、二度と同じような事故が起こらないようにお願いすることだけです。

【報道】
これを受けて,朝日新聞は,次のとおり報道しました.
無痛分娩の死亡事故「調査と体制改善を」 遺族が要望書」
http://www.asahi.com/articles/ASK754SR6K75PLBJ001.html
神戸の産婦人科医院で2015年、麻酔でお産の痛みを和らげる「無痛分娩(ぶんべん)」をした女性が麻酔の直後に容体が急変し、今年5月に死亡した事故で、女性の夫は5日までに、無痛分娩に関わる事故の調査、公表や医療体制の改善を求める要望書を、厚生労働相や関係する学会に送った。
要望書では、担当した医師が1人だったにもかかわらず麻酔後に女性のそばを離れたために異変の察知や対応が遅れたと指摘。「産科医が外来の片手間に無痛分娩を行うようなことが絶対ないようにして欲しい」と要望している。
代理人の弁護士や遺族らによると、女性は15年9月、神戸市西区の「おかざきマタニティクリニック」で、背中に細い管を入れて麻酔薬を注入する「硬膜外麻酔」という方法で無痛分娩に臨んだが、麻酔後に容体が急変。担当医師は1人で、麻酔後に外来対応のため席を外していた。女性は運ばれた病院で意識が戻らないまま今年5月に35歳で亡くなった。帝王切開で生まれた長男(1)も、重い脳性まひという。
要望書では、第1子の誕生を楽しみにしていたことや、女性や回復が望めない長男の元を「奇跡が起きるかもしれない」と願いながら見舞い続けたことなどもつづられている。そして「私が今できることは無痛分娩のリスクを伝え、二度と同じような事故が起こらないようにお願いすることだけ」と結んでいる。(石塚翔子)


読売テレビは,次のとおり報道しました.
無痛分娩で死亡 医療体制の充実を国に要望
http://www.ytv.co.jp/press/kansai/D16445.html
一昨年、神戸市の産婦人科医院で無痛分娩を行い、今年5月に亡くなった女性の夫が、国に対して医療体制の充実を訴える要望書を提出した。要望書は塩崎厚生労働大臣や日本産婦人科医会に宛て、4日に郵送された。要望書を提出した男性の妻は一昨年9月、神戸市西区の「おかざきマタニティクリニック」で無痛分娩による出産に臨んだが、麻酔が効きすぎたことで意識不明になり、今年5月に死亡した。生まれた長男は今も意識不明のまま。当時、医師は1人だけで麻酔後に外来診療のために分娩室を離れていた。要望書の中で男性は「産科医が外来の片手間に無痛分娩を行うことが絶対にないようにしてほしい」と医療体制の充実を訴えている。日本産婦人科医会は、無痛分娩の実態調査を始め、秋ごろに結果をまとめることにしている。

NHK(兵庫)は,次のとおり報道しました.
無痛分べん事故 厚労相に要望書
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/2024884751.html
おととし、神戸市の産婦人科の診療所で、麻酔を使って陣痛を和らげる「無痛分べん」での事故が原因で妻を亡くした男性が、厚生労働大臣などに対し、事故の原因究明と再発防止を求める要望書を送りました。
おととし9月、神戸市西区の「おかざきマタニティクリニック」で、無痛分べんで出産しようとした当時33歳の女性が、陣痛を和らげるための麻酔薬を投与されてから意識不明となり、ことし5月に亡くなりました。
また、産まれてきた男の子も重い脳性まひで、今も入院しています。
この事故で妻を亡くした男性は、代理人の弁護士を通じて塩崎厚生労働大臣などに対し、4日、事故の原因究明や再発防止を求める要望書を送りました。
このなかで男性は、「妊娠が分かってからの毎日は幸せでいっぱいでした。幸せな家族の姿を思い描き、語り合ってきましたが、全てが今回の事故により失われてしまいました」と苦しい胸の内を語っています。
今回の事故では、当時、無痛分べんを院長が1人で担当し、麻酔薬を投与した後、現場を離れて外来の診療を行っていたということで、病院側は遺族に示談金を支払っています。
これについて男性は、要望書の中で、「原因が今の医療体制にあるのであれば、医療体制の充実をはかってほしいと思いますし、外来の片手間に無痛分べんを行うようなことが絶対にないようにしていただきたい」と訴えています。


共同通信は,次のとおり報道しました.
無痛分娩の実態把握要請 神戸の医療事故で出産女性の夫
https://this.kiji.is/255243747903275009?c=39546741839462401
神戸市の産婦人科医院で15年9月、麻酔で痛みを和らげる「無痛分娩」により出産した女性と生まれた男児が重い障害を負った問題で、夫(32)は5日、厚生労働省や日本産婦人科医会などに、無痛分娩が原因と疑われる医療事故の実態調査などを求める要望書を出したことを明らかにした。
女性は医療事故で脳に重い障害を負い、意識を取り戻さないまま今年5月に死亡。男児も意識がないまま入院が続いている。
夫は要望書で「子どもが生まれてからの日々を想像し夢を語り合ってきたが、全てが失われた。私ができることはリスクを伝え、二度と事故が起こらないようお願いするだけだ」と心境を説明した。


神戸新聞は,次のとおり報道しました.
「無痛分娩事故の実態調査を 被害者遺族が要望書」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170705-00000011-kobenext-l28
神戸市西区の産婦人科医院で2015年9月、麻酔を使って出産の痛みを和らげる「無痛分娩」の際に起きた医療事故で、亡くなった女性の夫(32)=東京都港区=が5日、無痛分娩が原因と疑われる医療事故の実態調査などを求め、塩崎恭久厚生労働相や日本産科婦人科学会の藤井知行理事長ら宛てに要望書を出したことを明らかにした。
女性は無痛分娩の際の麻酔が脊髄の中心近くに達したとみられ、呼吸できなくなったという。脳に損傷を負い、意識不明の重体のまま事故から約1年8カ月後に死亡。生まれてきた長男(1)は脳細胞がほぼ死滅し、肺炎を患うなど重篤な状況が続いているという。
要望書では、女性の事故のほか、無痛分娩が原因と疑われる事故や「ヒヤリハット」事案などを調べて公表し、事故防止のための医療体制の充実を図るよう求めた。また女性の場合と同様、医師が外来診療をしながら「硬膜外麻酔」を使った無痛分娩をさせることがないよう訴えている。
夫は「皆に愛された妻、何の罪もないわが子がなぜ、命を失い、将来の希望を断たれたのか。無痛分娩のリスクを伝え、二度と同じような事故が起こらないようにお願いしたい」としている。(篠原拓真)


読売新聞は,次のとおり報道しました.
神戸の無痛分娩、遺族が要望書で心境
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170706-OYTET50009/?catname=news-kaisetsu_news
「相次いで発覚している無痛 分娩 を巡る母子の重大事故。神戸市西区の産婦人科診療所で2015年9月、無痛分娩の麻酔後に急変し、脳に重い障害を負って寝たきりとなり今年5月に死亡した女性の夫が厚生労働相や日本産科婦人科学会など関連学会のトップあてに提出した要望書には、再発防止への願いとともに、亡くなった妻や、今も意識不明で寝たきりの我が子に対する思いが書き添えられていた。
 要望や遺族の心境などに関する内容は以下の通り(要望書より抜粋)。
・ 要望
 私の妻に起きた医療事故が今後起きないように、この医療事故と無痛分娩が原因と疑われる医療事故、ヒヤリハットがどれくらい起きているのか、をきちんと調べて公表してくださるようお願いいたします。そして、もしその原因が、今の医療体制にあるのであれば、医療体制の充実をはかってほしいと思いますし、産科医が外来の片手間に無痛分娩(硬膜外麻酔)を行うようなことが絶対にないようにしていただきたく、お願いいたします。
・ 神戸市西区のクリニックでおきた医療事故
(中略)
 2015年9月2日、無痛分娩の硬膜外麻酔によって、妻は重大な後遺障害を負い、意識を取り戻すことなく、2017年5月12日に亡くなりました。緊急帝王切開で生まれた子どもも、脳に大変重い障害を負い、現在も意識のないまま入院生活をおくっています。
 私たち夫婦にとっては初めての子で、妊娠がわかってからの毎日は幸せでいっぱいでした。子どもが生まれてからの日々を想像し、二人で 沢山 の夢を語り合ってきました。家族や友人と一緒に旅行に行こう、年の近い 姪 や 甥 と子どもを連れてショッピングに行こう、お互いの両親の家に子どもを連れて遊びに行こうといった、ごく平凡ではありますが幸せな家族の姿を思い描き、語り合ってきましたが、全てが今回の事故により失われてしまいました。
(中略)
 院長医師は、妻に麻酔薬を投与し、外来に行ってしまっていたために、妻の異変に気付かず、対応も遅れ、取り返しのつかない結果になってしまいました。
 硬膜外麻酔自体は出産以外でも行われていますし、私は、硬膜外麻酔自体を否定するわけではありませんが、一人の医師が外来診療を行いながら硬膜外麻酔を行うのは絶対に 止 めてほしいと思います。
・ 無痛分娩まで
 里帰り出産を希望していた妻は、実家に最も近い神戸市西区のクリニックにお願いすることにしました。クリニックのロコミ評判や和室の分娩室が設置されていることも決め手となりました。妻は、無痛分娩の希望は全くありませんでしたが、院長医師に胎児が大きいことを理由に無痛分娩を強く勧められました。
 分娩前日夜、陣痛促進剤を投与し陣痛が起きており、私は立ち会い分娩に備え、妻と共にクリニックの病室で一緒に夜を明かしました。しかし、一夜明けても本格的な陣痛が来なかったことから、医師の強い勧めにより無痛分娩と吸引分娩を併用することとなり、硬膜外麻酔を実施することとなりました。
 たしかに、「無痛分娩についての説明と同意書」には、「低血圧、頭痛(1%)、微弱陣痛による陣痛促進剤の使用、吸引分娩の頻度増加、薬剤アレルギー、血管内誤注入、感染、出血、麻酔薬のくも膜下投与による広範囲麻酔、神経障害(異常感覚)等が起こりえます。なお不明な点は、担当医にご質問ください」と印字で書いてありましたが、まさかこのような最悪の事態になるとは思いもしませんでした。
(中略)
・ 妻のこと
 妻は面倒見もよく、人を大事にし、誰にでも好かれ、慕われる性格の女性でした。
 妊娠後は、生まれてくる子どものために必要なものを準備をして、その日を待っていました。時にお 腹 の中で動き回る子どもの様子などを動画で撮影し 嬉 しそうに見せてくれたりもしました。
 約1年半もの間、妻は頑張り続けましたが、今年の5月12日に息を引き取りました。亡くなったのは急でしたが、神戸で行われた告別式には、遠方にもかかわらず会社の部下、上司、同僚が東京から数多く駆け付けてくださいました。これほど多くの方にお見送りしていただけるとは思ってもみませんでした。
・ 子どものこと
 子どもも母体同様、出産直後の懸命な蘇生により心臓の鼓動は回復しましたが、脳に大きなダメージを受けました。生まれてから一度も意識は回復せず、自発呼吸もできず人工呼吸器による管理が続いております。 胃瘻 により栄養剤を胃に注入しており身体は徐々に大きくはなっておりますが、既に脳細胞はほぼ死滅しており今後の回復は望めない状態です。脳による自律的な体のバランス調整が機能せず電解質の濃度が大きく変動したり、肺炎を患うなど厳しい状態が続いております。
・ 今の思い
 この日の出来事をきっかけに私たちの人生は大きく変わってしまいました。
 皆に愛された妻、何の罪もない我が子が、なぜ命を失い、あるいは将来の希望を断たれてしまったのか、悲しくて悔しくてたまりません。これからの人生を孤独に生きて行くことも苦しく、考えるだけで胸が張り裂けそうになります。
 今でも幼い子どもを連れた家族連れを目にするだけで心が大きく痛み、しばらくの間は、家族連れが集う近所のスーパーに行くことすら苦痛でした。
 事故以降、心の底から楽しいと思えた瞬間はありませんし、これからも苦しみを抱えながら生きていきます。私が今できることは、無痛分娩のリスクを伝え、二度と同じような事故が起こらないようにお願いすることだけです。」


【追記】

公益社団法人日本産科婦人科学会より,7月10日付けの下記書面が,遺族の連絡先である当事務所に届きました.
なお,原文の夫名は,Aと表記しました。

「このたびの、A様の奥様に起きた医療事故について、心よりお悔やみ申し上げます。また、お子様の病状が快方に向かわれることを心より祈念しております。
 今回、A様から「無痛分娩事故の遺族(夫)よりの要望書」をお送りいただき、大変ありがとうございます。ご要望について、本会のなかで十分に議論して対応を検討していきたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。」


メールで直ちに遺族に伝えました.
日本産科婦人科学会のすみやかな回答に感謝し,真摯で実効的な対応を期待いたします.


谷直樹

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by medical-law | 2017-07-05 12:58 | 無痛分娩事故