弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

カテゴリ:医療事故・医療裁判( 1141 )

山口地裁平成23年7月13日判決(厚南セントヒル病院,医療器具が動脈に突き刺ささり出血,治療せず)

b0206085_98612.jpg◆ 事案

山口県宇部市の医療法人聖比留会が開設する厚南セントヒル病院で,平成14年5月,患者(男性,当時69歳)が狭心症の治療中に医療器具(心臓)カテーテルが動脈に突き刺さったのが原因で出血し,医師は画像で血腫に気付き,大量の出血を示す検査数値が出ていましたが,手術などの外科的処置を行わず,男性は7月に別の病院に転院し死亡しました.

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◆ 山口地裁平成23年7月13日判決

山口地裁は,平成23年7月13日,手術しなかったことと死亡の因果関係について高度の蓋然性があることまでは認めませんでしたが,「大量の出血を示す数値が出ていたのに、開腹手術などを検討せず、男性は治療を受ける機会を奪われた」と救命について相当程度の可能性を認定し,損害賠償金計990万円の支払いを命じました.

◆ 感想

本件は,
(a)狭心症の治療中に医療器具が動脈に突き刺さったというのは,手技ミスと思われます.医師には,医療器具を愛護的に操作し動脈に突き刺さないという注意義務があり,それに違反していると思われます.判決は,医療器具操作の過失を認めていませんが,医療器具(心臓カテーテル)で動脈を損傷し手術でも救命できないほどの大量の出血を引き起こさせるのであれば,愛護的でない操作があったと推認すべきです.
しかも
(b)医師は画像で血腫に気付いたのですから,手術などの外科的処置を行う注意義務がある筈です.もし自分がその処置をできないときは,他の医師を呼んで処置を実施すべきです.ですから,その注意義務にも違反しています.

開腹手術などを行えば救命できたかは,仮定の話ですので,厳密に医学的な証明は困難です.

しかし,
1)もし,開腹手術などを行えば救命できたとすれば,(b)の注意義務違反と死亡との間に因果関係があります.

2)もし.開腹手術などを行っても救命できないとすれば,その状況を作り出したのは,上記(a)の注意義務違反によるものですので,(a)の注意義務違反と死亡との間に因果関係があります.

(a)と(b)というダブルの注意義務違反がある以上,いずれにしても,注意義務違反と死亡との因果関係は肯定できる,と思います.

死亡との因果関係について高度の蓋然性を認めず,相当程度の可能性を認めただけ,というこの判決には,疑問を感じます.

谷直樹
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by medical-law | 2011-07-14 01:50 | 医療事故・医療裁判

大阪高裁平成23年7月6日判決(高砂市民病院医療過誤事件,くも膜下出血疑わず,出血の危険のある薬を投与)

b0206085_0244010.jpg◆ 事案

女性患者(当時59歳)が,平成18年,足がチアノーゼ状態に陥ったため高砂市民病院に入院し,2週間後くも膜下出血を起こし,転送先の病院で手術後に死亡しました.

高砂市民病院では,くも膜下出血を疑うべき状況がありながら,脳のCT検査は行われず,再出血の可能性を増大させる薬が投与されていました.

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◆ 神戸地裁姫路支部平成22年11月判決

遺族は,薬の投与によって動脈瘤が破裂しくも膜下出血を引き起こした,と主張し,高砂市民病院側は,合理的な処方だった,などと反論しました.
神戸地裁姫路支部は,平成22年11月,くも膜下出血を疑ってCT検査を行うべきなのにCT検査を行わず,再出血の可能性を増大させる薬を投与したのは医療水準から逸脱していた,と認定し,損害賠償金計75万円の支払いを命じました.延命可能性について否定的な判断をしたため,低額の賠償金になっています.

◆ 大阪高裁平成23年7月6日判決

大阪高裁は,平成23年7月6日,「延命の可能性があった」などと原告の主張を一部認め、損害賠償金計330万円の支払いを命じました.

◆ 高砂市の対応

高砂市は,上告しないとのことです.

毎日新聞「高砂市民病院医療過誤訴訟:控訴審 330万円支払い命令 上告せず」ご参照

◆ 注意義務違反について

くも膜下出血を疑ってCT検査を行うべき注意義務に違反した事件は,結構ありますが,本件のように,治療を怠っただけではなく,積極的に再出血の可能性を増大させる薬を投与した例はあまり多くありません.

本件は,
(a)くも膜下出血を疑うべき状況では,CT検査を行うべき注意義務がありますから,その注意義務に違反しています.
しかも
(b)くも膜下出血を疑うべき状況で,出血の可能性を増大させる薬を投与しないという注意義務違反があります.これにも違反しています.

これらの注意義務は,医師として当然のことで,医師に過大な注意義務を課するものではありません.
本件の注意義務違反の程度は大きいものと考えられます.

◆ 因果関係について

ところで,医療過誤と言うためには,注意義務違反のみならず,損害,因果関係が必要です.

本件は,死亡という結果(損害)との因果関係をどのように考えるか,については,1審判決と,控訴人判決とで違いがあります.再出血の可能性を増大させる薬の投与が,客観的にどの程度結果に影響したか,となると,医学的な証明はきわめて困難です.

大阪高裁判決(控訴審判決)は,延命利益を認めたものの,因果関係については高度の蓋然性を否定し,相当程度の可能性があっただけとして,損害賠償額を減額したものと思われます.

しかし,入院中にくも膜下出血を疑うべき状況にありながら,検査も診断も治療にせず,むしろ逆効果な投薬を行い,再出血を引き起こしながら,通常の死亡損害の賠償が認められないというのは納得がいかない話です.

注意義務違反の程度が大きいのに死亡損害のごく一部しか賠償されないのは,不合理と思います.
因果関係の立証責任は患者側にありますが,重大な注意義務違反があった場合は,(重大な逸脱行為は重大な結果を生じさせる,という経験則がありますので)重大な注意義務違反が結果(死亡)に影響したことが推定されると考えるべきではないか,と思います.

(写真は,炭酸入りミネラルウォーターでいれたアイスティー「ナツコイ」です.)

谷直樹
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by medical-law | 2011-07-13 00:31 | 医療事故・医療裁判

国産の埋め込み型補助人工心臓,その光と影(2)~エバハート治験と利益相反関係

b0206085_432438.jpg◆ 利益相反関係

1) エバハート(EVAHEART)の考案者である山崎健二教授と製造会社サンメディカルの代表者は実の兄弟です.

2) 臨床試験18例のうち8例(44%)が山崎教授(臨床試験当時は准教授)の所属する東京女子医科大学で実施されています.

3) 埼玉医大で臨床試験が始まった2006年ころ,心臓血管外科には許俊鋭教授と高本眞一客員教授が所属していました.両教授は東大医学部の先輩後輩で,高本教授は当時から東大心臓外科の教授も務めていました.許教授は,2008年5月に東大大学院医学系研究科「重症心不全治療開発」の寄付講座特任教授として迎えられました.サンメディカルは,2008年4月からこの講座に寄付を行いました.
なお,東大はエバハートの協同開発者です.

以上の事実から,利益相反関係が疑われます.
利益相反関係がある場合は,臨床試験における有害事象の評価にバイアスがかかる可能性があります.
利益相反関係について被験者への説明がなされていなければ,倫理原則違反になります.

◆ PMDAの前身が開発融資

PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の前身である医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構からエバハートの開発に対して融資(1999年から2003年)が行われました.
PMDAが客観的中立的に判断できるか疑問です.

◆ 薬害オンブズパースン会議の要望書

エバハートの臨床試験は,6カ月生存率は89%(つまり2人死亡),1年生存率83%(つまり3人死亡)と好成績と言われています.
臨床試験は,東京女子医大,国立循環器病センター,埼玉医科大学,大阪大学と東京大学で18例実施され,5例の死亡が報告されています.

薬害オンブズパースン会議は,2009年3月10日,エバハートの開発と治験の各担当者や担当機関相互の利益相反関係を調査した上で,治験が適正に実施されているか否か、及びその結果の客観性・正確性につき厚生労働省内に調査委員会を設置して調査すること等を要望したのですが,厚生労働省は要望に応じることはありませんでした.

◆ 医療イノベーション

PMDAは,平成23年7月1日から,医療機器・体外診断用医薬品についての対面助言(治験相談・簡易相談),事前面談等を始め,開発段階から企業の手助けをしようとしています.
このように,医療イノベーションは,産学官の協力体制で,日本の医療産業を育成しようというものです.

しかし,開発者側の人が臨床試験を行い審査も行うようになると,臨床試験の中立性,客観性・正確性が損なわれ,承認の適正も損なわれます.
被験者が被害を被り,さらに本来承認すべきでないものが承認され患者が被害を被ることになります.
臨床試験のルールをきちんと守ることが必要です.

谷直樹
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by medical-law | 2011-07-11 04:26 | 医療事故・医療裁判

国産の埋め込み型補助人工心臓,その光と影(1)~デュラハートとエバハート承認

b0206085_8413799.jpg◆ 国産の埋め込み型補助人工心臓

熊本日日新聞は,平成23年5月19日の「人工心臓の本格普及へ 国内メーカー、埋め込み型を発売」(共同通信)で,「2種類の体内埋め込み型の補助人工心臓が4月に発売され、日本でも人工心臓が本格的な普及時代を迎えた。」と報じました. 

「改良されて500グラム前後まで小型化し、従来の人工心臓の欠点とされた血栓症などの副作用が大幅に減った。耐久性もあり、患者が退院して普通の生活が送れるメリットは大きい。重症心不全患者の治療法の一つになる可能性は十分にある。」 

国循型と比較すれば,体内埋め込み型の補助人工心臓は,格段の進歩です.

「デュラハートは欧州で2007年に先行して販売が始まり、世界で計170人に使われた。装着してから1年の生存率は欧州で84%。日本では6人に臨床試験(治験5 件)が行われた。米国では治験が継続中だ。厚生労働省は欧州での治験や販売実績も考慮して、6人の国内治験結果と短期間の審査でスピード承認した。 
エバハートは05年から18例の治験が行われ、1年生存率は83%だった。これまでポンプを交換したケースはなかった。」


デュラハート(DuraHeart)の治験は日本で6例,エバハート(EVAHEART)の治験は18例,行われているわけです.

◆ エバハート

信濃毎日新聞 は,平成23年6月25日, 次のとおり社会復帰した患者の喜びの声を,次のとおり報じました.

「諏訪市の医療機器開発会社サンメディカル技術研究所が開発した補助人工心臓「エバハート」の埋め込み手術を2005年5月に受けた群馬県高崎市の会社員渡辺勝行さん(52)が24日、同社を初めて訪問した。国産の埋め込み型補助人工心臓の治験が行われた初の患者で、既に社会復帰している。グループ会社の社員らが集まった歓迎式典で、渡辺さんは血色の良い笑顔で喜びを語った。

末期重症心不全で手術を受けた渡辺さんは、体内のポンプを駆動させる制御装置を入れたバッグを手に提げて登場。「手術から丸6年たったがトラブルは全くない。本当にありがたい」と感謝し、「これからも健康を大事に頑張っていきたい」と話した。

式典には、エバハートを考案した東京女子医大心臓血管外科の山崎健二主任教授(50)=諏訪市出身=も出席し、「今日のうれしさを胸に、仕事に励んでほしい」と社員約120人を激励。同教授の兄の山崎俊一・同社社長(52)は「渡辺さんの元気な姿に勇気をもらった。さらに良い製品を世界中に送り出したい」と決意を語った」


信濃毎日新聞「人工心臓手術で健康に 群馬の男性、諏訪の開発企業を訪問」ご参照

メーカーの人は,ユーザーの姿を目のあたりにして嬉しかったでしょうね.
国循型では,6年の使用はできません.
今後,国循型から埋め込み型補助人工心臓への流れがおきるでしょう.

(この続きは来週書きます.)

谷直樹
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by medical-law | 2011-07-08 06:01 | 医療事故・医療裁判

補助人工心臓,日本はなぜベストな製品を使わないのか?

b0206085_19222957.jpg◆ ラティフ・アルソグル医師

1年以上も前の記事ですが,朝日新聞2010年2月10日のインタビュー「「国循型」人工心臓は博物館行きの代物、なぜベストな製品を使わないのか 人工心臓専門医ラティフ・アルソグル氏」で,ドイツ・バードユーンハウゼンの心臓病センターのラティフ・アルソグル医師が,重要な指摘を述べています.

アルソグル医師は,長期使用を前提とした人工心臓は,昨年,全置換型人工心臓が12,補助人工心臓が103と述べます.かなり多いです.

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◆ ラティフ・アルソグル医師の奨めるベストな製品

アルソグル医師は,全置換型では,米国シンカルディア社のカーディオウエストが、臨床で使える唯一の機種と述べます.
補助人工心臓は,2010年時点では,米国ハートウエア社のHVADがベストと述べます.

「私は、市場に出ている機種の中でベストと思ったものを、優先的・集中的に使います。補助人工心臓では、今はまず第一に米国ハートウエア社のHVAD、続いてソラテック社のハートメート2です。日本のテルモ社のデュラハートはその次ですね。
HVADは本体が140グラムと軽く、デュラハートの540グラムの3分の1以下です。血栓ができるリスクも非常に低く、安全です。手のひらに載るサイズで、専門的に言うと、手術の際に心臓の脇にHVADを納めるポケットをつける必要がありません。ほかのHVADより大きな補助人工心臓はポケットを設けないといけない。手術時間に大きく影響しますし、体への負担も違います。HVADは、小柄な日本人向けだと思いますよ。皮膚を貫通するケーブルの太さも、デュラハートの8ミリに対しHVADは4.5ミリ。ケーブル部分からの感染症が心配ですから、なるべく細いほうがいい。さらに、コントローラーが軽く、電池が長持ちして、血流量などのディスプレーが見やすい。現状ではベストの製品です。」


日本では,海外製品は小柄な日本人には向かない,と言われることがありますが,むしろHVADの方が小型なのです.

◆ デュラハートについて

テルモのデュラハートについて,アルソグル医師は,次のとおり述べます.

「07年に販売されてから08年あたりまでは優先的に使っていました。その時点でベストな製品だと思っていたからです。でも、今は主役ではありません。確かに血栓はできにくいし、長期の使用にも耐える良い製品です。ただ、小柄な人には少し大きいかもしれません。何度かポンプに問題が発生して、取り換えたことがありました。そこへHVADが出てきた。先ほど言ったような点で優れているので、昨年の後半からはほとんどHVADを使っています。」

さらに,アルソグル医師は,人工心臓の技術進歩は日進月歩で,そのうちHVADをしのぐ製品が出てくる,そうしたら私はそちらを使います,と述べます.

◆ 国循型について

アルソグル医師は,国循型(体外型の人工心臓)について,次のとおり述べます.

「国循型は、血栓が出来やすく、4週間から6週間でポンプを取り換えなければなりません。はっきり言って、世界でも最も質の悪いポンプです。正直に言えば、博物館行きです。きれいにパッケージして博物館に飾ってほしい。大型の駆動装置に体外型の拍動流ポンプというシステムもよくないし、使われている素材も古い。なぜ、あんな前世紀の遺物を日本人はいつまでも使うのですか。」

◆ 日本の遅れ

日本では,国循型と呼ばれる体外型の古いタイプの人工心臓が,移植待ちの患者に使われています.サンメディカル技術研究所の「エバハート」とテルモの「デュラハート」がようやく承認を受け,平成23年4月から販売されています.
しかし,世界的な水準からみると,すでにデュラハートは,2007~2008年ではベストでしたが,それを凌ぐ製品が使用されている状況になって,ようやく2011年に承認販売されたのです.

この著しい遅れについて,アルソグル医師は,「日本人は日本の製品が一番だと思いこんでいるのではないですか。国産品しか見ていないので、遅れてしまう。私は日本の外科医は冬眠中だと思っていますよ。」と述べます.

医療イノベーションが目指すところは,国産の医療機器の開発です.
しかし,国産品が優先され,海外のベストな製品が使えないということになれば,不利益を被るのは日本の患者です.

谷直樹
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by medical-law | 2011-07-07 19:07 | 医療事故・医療裁判

九州大学病院医療事故調査報告書,補助人工心臓の管(カニューレ)の外れによる死亡事故

b0206085_4294179.jpg◆ 補助人工心臓の医療事故と事故調査

九州大学病院で,平成22年9月13日,心臓移植術待機中患者の補助人工心臓の血液ポンプが脱血用カニューレから外れるという医療事故が発生しました.
その医療事故の調査報告書は,平成23 年4月13 日,公表されました.

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調査委員は以下のとおりです。
委員長 中谷 武嗣 国立循環器病研究センター移植部 部長
田山 栄基 国立病院機構九州医療センター心臓外科 科長
高原 淳 九州大学先導物質化学研究所 教授
野口 博司 九州大学大学院工学研究院機械強度学 教授
林 輝行 国立循環器病研究センター臨床工学部 臨床工学技士長
鮎澤 純子 九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学 准教授
池田 典昭 九州大学大学院医学研究院法医学分野 教授
入田 和男 九州大学病院医療安全管理部 副部長 セーフティマネージャー
                           (敬称略)

なお,本症例ではモデル事業による死因究明も行われていますが,その報告は未だ公表されていません.

◆ 本件医療事故の経緯

本件医療事故の経緯について,報告書は,次のとおり述べています。

「患者は,事故当時50 歳代,身長155 cm,体重50 kg.僧帽弁置換術・大動脈弁形成術・両心室ペースメーカー植込み術後の弁膜症に伴う重症末期心不全に対して平成21 年(2009 年)5 月28 日に大動脈弁置換術ならびに東洋紡(現ニプロ)製補助人工心臓の装着術が九州大学病院で実施された.
補助人工心臓装着術後,血液ポンプ内の血栓形成を原因とする出血性脳梗塞を発症した.
しかし,その後の心臓リハビリテーションによって軽度の運動障害と視野障害を残すのみとなった.
認知機能の回復も認めたことから,平成22 年(2010 年)3 月18 日に心臓移植の待機患者として登録された.
同年6 月からはリハビリテーション部へ出棟しての心臓リハビリテーション・運動療法を行なっていた.
事故発生までに,血液ポンプの交換は行われていなかった.
同年9 月13 日11 時17 分,病室内のトイレからナースコールがあり,看護師が訪室したところ,トイレから病室の床にかけて大量の血液が流出しているのを発見し,11 時18 分ハリーコール(蘇生チーム招集の院内一斉放送)要請となった.
便器と右横の壁に挟まれるようにして倒れていた患者をトイレの外に移し,医師による心肺蘇生が開始された.
出血原因は,血液ポンプが脱血用カニューレから外れたことによるものと判断された.
経皮的心肺補助装置により循環は再開したものの,意識の回復は認められず,事故発生後42 日後に多臓器不全で死亡するに至った.」


◆ 事故原因

報告書は,次のとおり述べます.

「本事例によって,血液ポンプとカニューレの接続にズレという段階が発生しうることが初めて確認された.
工学的考察から,今回の接続外れは「第1 段階のズレ」→「第2 段階のズレ」→「第3 段階の外れ」という3 段階の過程を経て発生したものと推測された.
「第1 段階のズレ」ならびに「第3 段階の外れ」には一気に作用する長軸方向の力が,「第2 段階のズレ」には繰り返し作用する曲げひずみが関係していたと考えられた.
また,「第3 段階の外れ」が発生する直前のカニューレの接続強度は,ズレのために低下していたと考えられた.
つまり,血液ポンプとカニューレの接続のズレを早期発見することにより,その接続外れを回避できる場合があることが,初めて示唆された.」


つまり,従前,接続の外れは一気に発生するものと想定されていたため,接続部に注視することが少なかったが,今後,接続部を注視しズレを早期発見することで事故防止につながることがある,とのことです.

なお,本事例では,本補助人工心臓が装着されて以来,事故発生までの1 年4 ヵ月間,血液ポンプの交換は行われていなかった.この長期使用に伴うカニューレの硬化が,今回の接続のズレならびに外れに影響した可能性は否定できなかったが,委員会としてこの点を検証することは断念した,とのことです.

◆ 感想

本件は,国循型という古い補助人工心臓の事故です.これが未だに現役で使用されていること自体が問題です.
この補助人工心臓は,短期の使用を想定して開発されましたが,移植待機中の患者にも使われるようになり,患者の動きがある状態で長期間使用されることになっています.それが,今回の事故の背景となっています。本件は,本補助人工心臓の接続外れの4 例目です.
平成23 年3 月に植込み型補助人工心臓が認可されましたが,それでも当面は,この国循型の補助人工心臓が心臓移植待機患者に使用されることが多いでしょうから,同様の事故に対する警戒が必要です.

海外の最新の医療機器を使用できれば,起こらないですむ事故が起きています.
レトロな医療機器を使用する以上は,細心の注意が必要です.

谷直樹
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by medical-law | 2011-07-07 04:19 | 医療事故・医療裁判

筑波メディカルセンター病院,東京高裁で平成23年7月4日和解成立報道(縫合不全,腹膜炎)

b0206085_1323932.jpg◆ 事案

水戸地裁土浦支部平成22年9月13日判決による事実認定は,次のとおりです.

平成14年12月26日に筑波メディカルセンター病院で胃がん手術を受けた男性患者(当時47歳)は,医師が誤って麻酔針で脊髄を損傷し下半身麻痺となり,また胃と十二指腸の約3.5センチの縫合不全により腹膜炎を発症しました.
患者は,下半身麻痺の治療のため転院したセントラル病院で,術後11日目に死亡しました.
司法解剖では,胃と十二指腸の縫合不全による腹膜炎が死因とされました

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◆ 水戸地裁土浦支部平成22年9月13日判決

病院側は,誤嚥性肺炎が死因である,と主張しました.
水戸地裁土浦支部は,縫合不全による腹膜炎を死因と認定し,筑波メディカルセンター病院の執刀医の技量が低く,縫合不全を生じ,術後,経過観察を要する所見があったのに、その後の推移を確認せずに縫合不全と腹膜炎を除外診断したのは早計だった,腹膜炎に注意するよう転院先に依頼する義務があるのに怠ったとし,医師の過失と死亡との因果関係を認め,筑波メディカルセンター病院に,約9600万円の支払いを命じました.

◆ 東京高裁(民事11部)平成23年7月4日和解

東京高裁(民事11部)で,平成23年7月4日,病院側が謝罪し,和解金1億円を遺族に支払う内容で和解が成立しました.

日刊スポーツ「病院が謝罪し1億円支払いで和解」ご参照

◆ 感想

本件では,解剖が死因を解明するのに有用でした.

縫合不全は外科医として恥ずべきことですが,縫合不全がすべて注意義務違反になるわけではありません.本件の場合は,腸と十二指腸に約3.5センチの縫合不全があり,腹膜炎を疑わせる症状もあったのに縫合不全と腹膜炎を除外診断し,術後経過に問題なし,と転院先の病院に伝えていたのですから,注意義務違反は免れません,

高裁の和解金額が,地裁の判決より高額になっていますが,遅延利息も考慮すれば,当然です.

谷直樹
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by medical-law | 2011-07-05 01:33 | 医療事故・医療裁判

名古屋地方裁判所平成23年6月15日判決(抜歯感染,骨髄炎で約4000万円)

b0206085_9142572.jpg

◆ 事案


名港鈴木歯科医院で,平成16年8月,右下の親知らずを抜いた後,下あごに骨髄炎を発症し,平成17年4月以降,名大病院で骨髄炎の部分を取り除く15回の手術を受けました.患者は,痛みや発熱,不眠に苦しみ,仕事も失い,流動食しか食べられない状態が続いています.

◆ 判決

名港鈴木歯科医院は,「発熱など抜歯後感染を疑わせる症状はなく過失はなかった」などと反論し,平成16年10月に名大病院が実施した,残った親知らずの抜歯が骨髄炎を発症させた可能性が高いと主張しました.

名古屋地裁は「名大病院の治療は適切。感染可能性が最も高いのは適切な措置をしなかった被告の手術直後と考えるのが合理的」とし,「感染治療や防止のため抗菌薬投与などの適切な措置をしなかった」と注意義務違反を認め,「注意義務違反と抜歯後感染や骨髄炎は因果関係が認められる」とし,労働能力喪失率を30%と認定し,被告に約4000万円の支払いを命じました.

中日新聞「抜歯で骨髄炎、賠償命令 名古屋地裁判決、歯科医院に4千万円

◆ 感想

結果責任ではありませんので,賠償責任を認めるためには,注意義務違反の立証が必要です.
ただ,注意義務違反の特定を厳密に求めると,立証困難となり,非常識な結果になります.
本件は,名港鈴木歯科医院が感染治療や防止のため抗菌薬投与などの適切な措置をしなかったことで,注意義務違反を認めたとのことです.感染についてのこのような注意義務違反の認定は,一般人の常識と合致すると思います.

谷直樹
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by medical-law | 2011-06-16 09:14 | 医療事故・医療裁判

札幌市消防局,救急搬送指示ミスで病院到着10分遅れ,患者死亡

b0206085_8395331.jpg

◆ 事案

平成23年6月11日,「夫が『胸が痛い』と言っている」と119番通報があり,間もなく救急隊が到着し心肺停止状態の50代男性の搬送を始めました.
指令員は,救急隊に誤った搬送先を指示し,そのため搬送距離は約6キロ長くなり,病院到着が約10分遅れました。
指令員は「119番が相次いであり,混乱して間違えた」とのことです.
なお,死亡との因果関係は不明です.

◆ 感想

さぞかし御遺族は無念でしょう.

札幌市では,その前日6月10日に,救急隊が道を間違い,現場へ到着するのに約6分遅れた,とのことです.
横手市消防本部でも,6月3日,道を誤り,病院到着が10分遅れたと報じられています.
救急隊が道を誤るケースは,カーナビ等で解決できそうな気がするのですが.結構あるようです.

本件は,指示自体を誤ったケースです.
119通報が相次ぐことも当然ありますから,そのようなときでも,指令員が混乱せず的確な指示ができるよう,事故の経過を調べ,再発防止策を具体的に検討していただきたく思います.

毎日新聞「搬送ミス:病院名間違え到着遅れ、男性患者死亡 札幌」ご参照
朝日新聞「搬送先病院名を誤って指示 救急隊の到着遅れる」ご参照
毎日新聞「救急搬送ミス:横手市消防本部、80代女性患者を /秋田」ご参照


谷直樹

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by medical-law | 2011-06-14 00:03 | 医療事故・医療裁判

大阪市立大学医学部附属病院,「異型輸血事故に関する医療事故調査報告書」発表

b0206085_14551289.jpg

外部委員を含めた医療事故調査委員会により,大阪市立大学医学部附属病院における異型輸血事故に関する医療事故調査報告書が,平成23年6月10日,完成しました.
調査報告書の概要は,以下のとおりです,

◆ 事案

患者は,50才男性.
結腸静脈瘤からの下血で近医受診するも出血源が特定できず,平成23年1月14日に市大病院に転院.
同月18日,血管造影室において,B-RTO実施中に大量の下血があり,治療を行っていた救命救急センターの医師がECUにいた医師に血液製剤(B型:RCC)を持って来るよう指示しました.
その際,ECUの看護師が保冷庫から別患者の血液製剤(A型:RCC)を誤って取り出し,連絡を受けた医師が血管造影室へ運びました.
その後,血管造影室の看護師が,患者の血液製剤であることを確認しないまま輸血(2単位:280CC)を投与しました.

◆ 事故原因

本件事故は,事故防止のために設けている複数の確認手順が全く実施されなかったため,発生したものです.
その原因は,事故当時者の単なる注意不足だけではなく,その背景には様々なヒューマンファクター,病院情報システム,マニュアルや職員研修などの要因が影響していることが分かりました.

◆ 再発防止のための提言

事故発生後,各種の再発防止策が実施されていますが,調査委員会は,さらに以下の再発防止策について提言を行いました.

①医療者2名によるダブルチェックの実施
②血液製剤の保管方法の統一
③電子カルテの研修体制についての見直し
④電子カルテの認証作業と実施入力の分離
⑤血管造影室の看護師配置の見直し
⑥チーム医療におけるコミュニケーションの確立

◆ 感想

マニュアルが定められていますが,異型輸血事故はあとを絶ちません.

今回の事故報告書と提言が,今後の事故防止に役立つことを切に願います.

なお,事故調査は,異型輸血事故がなかったらその患者が生きられたのか,という因果関係を調べることが目的ではありません.また,医学的科学的な厳密な因果関係が不明でも,法的な因果関係の判断はそれとは別です.

谷直樹
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by medical-law | 2011-06-13 14:55 | 医療事故・医療裁判