弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

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最高裁判所大法廷平成27年3月4日判決,遺族補償年金につき消極損害の元本から差し引く計算方法に統一

労災保険の支給額を,損害額の元本から差し引くか,遅延損害金から差し引くか,裁判例が分かれていましたが,最高裁判所大法廷平成27年3月4日判決は,損害額の元本から差し引く方法に統一しました.そして,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価するとしました.

「被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,損害賠償額を算定するに当たり,上記の遺族補償年金につき,その塡補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。」,「被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当であるというべきである。」と判示しました.
被害者側には不利な算定方法で統一されたわけです.
加害者側がこの判決により支払いを引き延ばすようにならなければよいのですが...


なお,平成24年(受)第1478号 損害賠償請求事件  最高裁判所大法廷平成27年3月4日判決の全文は以下のとおりです.

主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。

理 由
上告代理人川人博ほかの上告受理申立て理由第2について

1 本件は,過度の飲酒による急性アルコール中毒から心停止に至り死亡したAの相続人である上告人らが,Aが死亡したのは,長時間の時間外労働等による心理的負荷の蓄積によって精神障害を発症し,正常な判断能力を欠く状態で飲酒をしたためであると主張して,Aを雇用していた被上告人に対し,不法行為又は債務不履行に基づき,損害賠償を求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) A(昭和55年▲月▲日生まれ)は,ソフトウェアの開発等を業とする会社である被上告人にシステムエンジニアとして雇用されていた。
Aは,長時間の時間外労働や配置転換に伴う業務内容の変化等の業務に起因する心理的負荷の蓄積により,精神障害(鬱病及び解離性とん走)を発症し,病的な心理状態の下で,平成18年9月15日,さいたま市に所在する自宅を出た後,無断欠勤をして京都市に赴き,鴨川の河川敷のベンチでウイスキー等を過度に摂取する行動に及び,そのため,翌16日午前0時頃,死亡した。
被上告人は,Aの死亡について,被上告人の従業員がAに対する安全配慮義務を怠ったことを理由として,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償義務を負う。
もっとも,Aにも過失があり,過失相殺をするに当たってのAの過失割合は3割である。

(2) Aの死亡による損害は,Aの逸失利益4915万8583円及び慰謝料1800万円,Aの父母である上告人らの固有の慰謝料各200万円並びに上告人X1の支出に係る葬儀費用150万円である。
Aの相続人は,上告人らのみである。

(3) 上告人X1は,平成19年10月16日,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく葬祭料として68万9760円の支給を受けたほか,原審の口頭弁論終結の日である平成24年2月9日の時点で,労災保険法に基づく遺族補償年金(以下,単に「遺族補償年金」という。)として原判決別紙1の受給額欄記載のとおり合計868万9883円の支給を受け,又は支給を受けることが確定している。
上告人X2は,原審の口頭弁論終結の日である上記同日の時点で,遺族補償年金として原判決別紙2の受給額欄記載のとおり合計151万6517円の支給を受け,又は支給を受けることが確定している。

3 原審は,上記事実関係等の下において,遺族補償年金についての損益相殺的な調整につき,次のとおり判断して,上告人X1の請求を1817万5861円及びこれに対するAの死亡の日である平成18年9月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,上告人X2の請求を568万8987円及びこれに対する上記と同様の遅延損害金の支払を求める限度で,それぞれ認容した。

(1) 遺族補償年金は,これによる塡補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にあるAの死亡による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整をすべきであり,同元本に対する遅延損害金を遺族補償年金による塡補の対象とするのは相当ではない。

(2) 遺族補償年金は,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,その塡補の対象となる損害が不法行為の時に塡補されたものとして損益相殺的な調整をすることが相当である。そして,本件の事実関係によれば,不法行為の時に損害が塡補されたものと法的に評価して上記の調整をすることができる。

4 所論は,遺族補償年金についてAの死亡による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整をした原審の判断は,遺族補償年金等がその支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは,遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであるとした最高裁平成16年(受)第525号同年12月20日第二小法廷判決・裁判集民事215号987頁に反するというものである。

5(1) 被害者が不法行為によって死亡し,その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を相続人が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図ることが必要なときがあり得る(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁)。そして,上記の相続人が受ける利益が,被害者の死亡に関する労災保険法に基づく保険給付であるときは,民事上の損害賠償の対象となる損害のうち,当該保険給付による塡補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有するものについて,損益相殺的な調整を図るべきものと解される(最高裁昭和58年(オ)第128号同62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1202頁,最高裁平成20年(受)第494号・第495号同22年9月13日第一小法廷判決・民集64巻6号1626頁,最高裁平成21年(受)第1932号同22年10月15日第二小法廷判決・裁判集民事235号65頁参照)。
労災保険法に基づく保険給付は,その制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額を塡補するために支給されるものであり,遺族補償年金は,労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失を塡補することを目的とするものであって(労災保険法1条,16条の2から16条の4まで),その塡補の対象とする損害は,被害者の死亡による逸失利益等の消極損害と同性質であり,かつ,相互補完性があるものと解される。他方,損害の元本に対する遅延損害金に係る債権は,飽くまでも債務者の履行遅滞を理由とする損害賠償債権であるから,遅延損害金を債務者に支払わせることとしている目的は,遺族補償年金の目的とは明らかに異なるものであって,遺族補償年金による塡補の対象となる損害が,遅延損害金と同性質であるということも,相互補完性があるということもできない。
したがって,被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,損害賠償額を算定するに当たり,上記の遺族補償年金につき,その塡補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。

(2) ところで,不法行為による損害賠償債務は,不法行為の時に発生し,かつ,何らの催告を要することなく遅滞に陥るものと解されており(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照),被害者が不法行為によって死亡した場合において,不法行為の時から相当な時間が経過した後に得られたはずの利益を喪失したという損害についても,不法行為の時に発生したものとしてその額を算定する必要が生ずる。しかし,この算定は,事柄の性質上,不確実,不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ないもので,中間利息の控除等も含め,法的安定性を維持しつつ公平かつ迅速な損害賠償額の算定の仕組みを確保するという観点からの要請等をも考慮した上で行うことが相当であるといえるものである。
遺族補償年金は,労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失の塡補を目的とする保険給付であり,その目的に従い,法令に基づき,定められた額が定められた時期に定期的に支給されるものとされているが(労災保険法9条3項,16条の3第1項参照),これは,遺族の被扶養利益の喪失が現実化する都度ないし現実化するのに対応して,その支給を行うことを制度上予定しているものと解されるのであって,制度の趣旨に沿った支給がされる限り,その支給分については当該遺族に被扶養利益の喪失が生じなかったとみることが相当である。そして,上記の支給に係る損害が被害者の逸失利益等の消極損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有することは,上記のとおりである。
上述した損害の算定の在り方と上記のような遺族補償年金の給付の意義等に照らせば,不法行為により死亡した被害者の相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定することにより,上記相続人が喪失した被扶養利益が塡補されたこととなる場合には,その限度で,被害者の逸失利益等の消極損害は現実にはないものと評価できる。
以上によれば,被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当であるというべきである(前掲最高裁平成22年9月13日第一小法廷判決等参照)。
上記2の事実関係によれば,本件において上告人らが支給を受け,又は支給を受けることが確定していた遺族補償年金は,その制度の予定するところに従って支給され,又は支給されることが確定したものということができ,その他上記特段の事情もうかがわれないから,その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが相当である。

(3) 以上説示するところに従い,所論引用の当裁判所第二小法廷平成16年12月20日判決は,上記判断と抵触する限度において,これを変更すべきである。

6 以上によれば,上記3の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 千葉勝美 裁判官 白木 勇 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 山浦善樹 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 木内道祥 裁判官 山本庸幸 裁判官 山崎敏充 裁判官 池上政幸)



  谷直樹

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by medical-law | 2015-03-05 02:44 | 司法

東京地裁平成27年3月4日判決,わざと虚偽の診断をした新宿セントラルクリニック院長に賠償命じる(報道)

朝日新聞「性感染症で「わざとうその診断」 診療所院長に賠償命令」(2015年3月4日)は,次のとおり報じました.

「性感染症にかかっているとのうその診断をされ、不要な治療を受けさせられたとして、東京都内の60代男性が、新宿区の診療所「新宿セントラルクリニック」の男性院長に約210万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が4日、東京地裁であった。森冨義明裁判長は「院長は、わざとうその診断をした」と認め、院長に25万円の支払いを命じた。

 判決によると、男性は2012年9月、この診療所で性感染症の検査を受け、クラミジアと診断された。治療を受けたが症状がよくならず、約3カ月後に別の医療機関で「感染していない」と診断された。判決は「検査を委託した外部機関の検査結果を院長が改変して報告書を作成し、薬を処方し続けた」と認定した。

 判決について、新宿セントラルクリニックは「お話しすることはありません」としている。この診療所をめぐっては、ほかにも2人が、同様の主張で院長に計約520万円の賠償を求める訴訟を起こしている。」


 診断ミスは結構ありますが,医師が故意に虚偽の診断を行ったことを裁判所が認定した珍しい事案です.
 事案は極めて悪質で,民事のみならず刑事も問題になり得るのではないでしょうか.

 【追記】

東京スポーツ「“性病詐欺”訴訟で原告勝訴」(2015年3月18日)は,次のとおり報じました.

「本紙が昨年報じた“性病詐欺”に司法の判断が下された。「性感染症」とうその診断をして治療を続けたとして、都内の会社役員A氏(66)が「新宿セントラルクリニック」の院長に約200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で東京地裁はこのほど、院長が故意に虚偽の診断をしたと認めて25万円の支払いを命じた。判決によるとA氏は2012年9月にクリニックを受診、院長からクラミジア感染症と告げられ、抗生剤などを処方された。同12月、A氏は別の診療所で遺伝子検査を受け、陰性とされた。森冨義明裁判長は、A氏に感染症を疑う症状がなかったのにすぐ処方を始めたことや、検査結果は陰性の数値だったのにA氏には「陽性」と伝えていたことから「故意に虚偽の診断をして、不必要な医療行為を行ったと言わざるを得ない」と指摘した。新宿セントラルクリニックは「取材にはお答えできない」としている。

 これまでA氏は病院を指導するべき立場の東京都福祉保健局に被害を訴えたが、具体的な動きはなかったという。立ち入り検査の権限がある新宿区保健所は5回、クリニックを訪れたが、立ち入り検査を拒否された。医療関係者は「5回も拒否は前代未聞。しかし、それ以上やろうにも、保健所には警察のような強制力がない」と語る。

 昨夏、警視庁がA氏からの告訴状を受理している。しかし、検査結果の数値がどうであろうと“医者が病気だと診断したら病気”という医師の裁量権など、難しい点が多い事件だという。「民事訴訟の結果が出たので、やりやすくなった」と捜査関係者。なお、新宿セントラルクリニックを受診した他の男性2人も同様の訴訟を東京地裁に起こしている。

「医療問題弁護団 新宿セントラルクリニック対策班」の服部功志弁護士は「同じ被害に遭っていながら、性感染症ゆえに被害を抱え込んでしまう被害者も多数います。本件は、このような被害者の羞恥心に付け込んだ点で非常に悪質です。今後このような悪質な医療が繰り返されないよう、関係行政庁や医療界には厳重な処分を求めます」とコメントした。」



  谷直樹

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by medical-law | 2015-03-04 21:58 | 医療事故・医療裁判

受刑者の精密検査希望を認めず検査を怠った刑務所医師の過失を認め,国が熊本地裁で800万円和解(報道)

産経新聞「刑務所医師、受刑者のがん見落とし和解 国800万円支払い」(2015年3月4日)は,次のとおり報じました.

「肝がんで死亡した熊本刑務所の元受刑者の男性=当時(68)=が、刑務所の医師にがんの兆候を見落とされたため病状が悪化したとして、国に2200万円の損害賠償を求めた訴訟は4日、国が遺族2人に計800万円を支払う内容で、熊本地裁(中村心裁判長)で和解した。

 訴状によると、男性はC型肝炎にかかったことがあり、服役中の2011年6月、血液検査で肝機能の数値が異常値を示し、同年11月の腹部超音波検査では白い影が見つかった。12年6月の血液検査で数値が悪化したため、男性は精密検査を希望したが、刑務所の医師は認めなかった。

 同年8月、男性は激しい腹痛を訴え、搬送された外部の病院で肝腫瘍破裂と診断され、緊急手術を受けた。男性側の弁護士によると、男性は提訴後の13年、肝がんで死亡した。地裁は昨年12月、和解案を示し「検査をしなかった点で刑務所側に過失があった」と指摘した。」


2012年6月の時点の医師の過失は明らかと思いますが,因果関係の認定が問題となります.2012年6月に精密検査を行っても,同様に肝がんで死亡したことも十分考えられるからです.
仮に,2011年6月の過失,同年11月の過失を認めれば,その時点に精密検査を行っても同様に肝がんで死亡した可能性は低くなります.

裁判所は,2013年に肝がんで死亡しなかった相当程度の可能性があると判断し800万円という和解金額を提示したのでしょう.一般に,高度の蓋然性が認められず,相当程度の可能性しかないとされる事案でも,事案に応じて金額には開きがあります.800万円という金額は,相当程度の可能性でも比較的上のほうを認めたものと考えられます.



  谷直樹

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by medical-law | 2015-03-04 21:08 | 医療事故・医療裁判

訃報、滝井繁男元最高裁判所判事

滝井繁男元最高裁判所判事が急性肺血栓塞栓症のため大阪市北区の病院で2015年2月28日に78歳で死去と報じられています.

最高裁第二小法廷平成15年7月18日判決の反対意見が秀逸でした.

東京海上火災保険株式会社(当時)の女性社員(当時33歳)が、系列の診療所で実施した職場の健康診断で胸部レントゲン検査を昭和60年から62年まで連続3回受け、何れも異常なしとされました.その後、その女性社員は、大学病院を受診したところステージⅢaの肺腺癌と診断され、昭和62年11月に肺癌で死亡しました.遺族は、同社、系列の診療所、担当医師に、肺癌の見落としを理由とする損害賠償訴訟を提訴しました.

東京地裁平成7年11月30日判決は、過失を認めましたが、損害賠償は認めませんでした.
東京高裁平成10年2月26日判決は、過失も否定し損害賠償を認めませんでした.
最高裁第二小法廷平成15年7月18日判決は上告棄却でしたが、滝井繁男裁判官の反対意見が付されました.

「裁判官滝井繁男の反対意見は、次のとおりである。
原判決は、医師の注意義務の基準となるべきものは、当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であって、定期健康診断におけるレントゲン読影医の注意義務の水準としては、これを行う一般臨床医の医療水準をもって判断せざるを得ないとした上、本件レントゲン写真が定期健康診断において撮影された他の数百枚のレントゲン写真と同一機会に、当該被験者に関する何らの予備知識も無く読影された場合には、当時の一般臨床医の医療水準を前提にすれば異常を発見できない可能性の方が高いことが認められるとして、被上告人小山にレントゲン写真読影上の過失はないとした。

しかしながら、ある医療機関における医療水準は、それぞれの医療機関の性格や所在地域の医療環境等諸般の事情を考慮し、個別相対的に決せられるべきものであって、個々の医療機関の特性を無視して一律に決せられるべきものではない(最高裁判所平成4年(オ)第200号同7年6月9日第二小法廷判決・民集49巻6号1499頁)。

また、医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が上記医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない(最高裁判所平成4年(オ)第251号同8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁)。

定期健康診断は、その目的が多数の者を対象にして異常の有無を確認するために行われるものであり、レントゲン写真の読影が大量のものを短期間に行われるものであるとしても、そのことによって医師に求められる注意義務の判断基準についての考え方が上記と異なるものではなく、当該医療機関が置かれている具体的な検査環境を前提として、合理的に期待される医療水準はどのようなものであるべきかという観点から決せられるべきものであって、平均的に行われているものによって一律に決せられるべきものではない。

現実に行われている定期健康診断の内容も、用いられている設備や携わる医師等の知識経験は一様ではなく、それぞれの医療機関に期待されているものも自ずと異なるのであって、受診者もそのような事情、すなわち給付の内容を前提として検査機関を選択し、その検査結果に信頼をおいているのである。

したがって、定期健康診断における過失の有無も、一般的に臨床医間でどのように行われていたかではなく、当該医療機関において合理的に期待される医療水準に照らし、現実に行われた医療行為がそれに即したものであったかどうか、本件では、昭和61年に被上告会社東京本店において行われていた定期健康診断におけるレントゲン検診が、どのような設備の下で撮影されたレントゲンフィルムを、どのような研修を受け、経験を有する医師によって、どのような体制の下で読影すべきものと合理的に期待されていたか、そして、実際に行われた検査がそれに即したものであったか否かを確定した上で判断されなければならないのである。

しかるに、原判決は、被上告会社の胸部レントゲン写真がオデルカ100mmミラ―方式による間接撮影で、医師2名による同時読影が行われていたことを認定したのみで、当時の一般臨床医の医療水準なるものを指定し、それによってレントゲンの読影についての過失の有無を判断すべきものとし、そのことによって注意義務の内容が異なるものではないというのである。

しかしながら、被上告会社が実施していた健康診断が、定期健康診断におけるレントゲン読影の重要性を考えて、呼吸器の専門医など豊富な経験を有する医師を常駐させて読影に当たらせることとし、被上告会社がそのことを標榜していたとすれば、そのような読影条件を抜きにして当該医師の過失の有無を判断することはできないはずである。
なぜならば、注意義務として医師に求められる規範としての医療水準は、それぞれの医療機関の給付能力への合理的期待によって定まるのであって、一般的に定められるべきものではなく、このことは、定期健康診断においても基本的に異なるものではないからである。


したがって、原審としては、被上告会社における健康診断が、どのような水準のものとして実施することを予定されていたかを確定し、その水準をみたすものであったかどうかを審理判断すべきであったのに、一般臨床医の医療水準に照らして過失の有無を判断したのは、審理不尽の結果、法令の適用を誤ったものといわざるを得ず、この点を指摘する論旨は理由があるというべきである。そうすると、上記の点について、更に審理させるため、原判決を破棄して原審に差し戻すのが相当である。」


大量のレントゲン写真を短時間で見る健康診断の特性から(短絡的に)医療水準を低く認定した控訴審判決に対し、先行する最高裁判決を踏まえて、当該医療機関において合理的に期待される医療水準に照らし、現実に行われた医療行為がそれに即したものであったかどうかの観点から個別に認定すべきという反対意見は秀逸でした.

心よりお悔やみ申し上げます.


谷直樹


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by medical-law | 2015-03-04 02:13 | 医療事故・医療裁判

福岡地裁平成27年3月3日判決、福岡県の安全配慮義務違反を認め騎馬戦後遺症の男性に約2億円賠償(報道)

毎日新聞「騎馬戦訴訟:後遺症の男性に2億円 県に賠償命令」(2015年3月3日)は次のとおり報じました. 

「福岡県立高校時代に体育祭の騎馬戦で落下して首を骨折し、重度の後遺障害を負った福岡市の男性(29)と両親が、学校が安全配慮義務を怠り事故が起きたとして、県に計2億9000万円の損害賠償を求めた訴訟で、福岡地裁(永井裕之裁判長)は3日、安全配慮義務違反を認め、県に約2億円の支払いを命じた。」「首から下にまひが残り、04年7月に身体障害者手帳(1級)の交付を受けた。リハビリを続け腕や指を多少動かせるようになったものの、両親の介護を受け車椅子生活を送っており、判決は約9800万円の逸失利益の他、約8600万円の介護費などを認定した。」


朝日新聞「高校の騎馬戦で首の骨折れる 福岡県に2億円支払い命令」(2015年3月3日)は次のとおり報じました.

「原告は、県立筑前高校(福岡市西区)に通っていた男性(29)と両親。男性は高校3年だった2003年9月、体育祭の騎馬戦で、3人で作る騎馬の上に乗る騎手として相手と一騎打ちで組み合った際に転落。首の骨が折れて首から下がほとんど動かなくなり、04年7月に身体障害者手帳1級を交付された。13年7月、県を相手取り提訴。計約2億9千万円の賠償を求めていた。

 判決は、騎馬が崩れるなどしたら「負け」とのルールで行われたこのときの騎馬戦で、騎手が転落する恐れは高かったと指摘。生徒たちに騎馬戦の危険性を事前に伝え、転落時の安全確保の手段を指導するなど、事前の練習を十分にする必要があった、とした。県側は「講習会で生徒に危険性を説明し、一部生徒には騎馬を組ませて事例を示した」などと主張したが、判決は「大半の生徒は騎馬を組むこともなく、実戦形式の練習は行われず、不十分」とした。

 さらに、転落した生徒を受け止める教諭らの審判員を、対戦する2騎の騎馬に対して1人ずつの割合で配置していたが、地裁は「予測した側と反対に落下した場合に受け止めることができない」として、対戦する騎馬ごとに複数の審判員を置く義務があったと指摘。学校側は安全配慮義務に違反したと判断した。

 男性は事故後からリハビリを続け、腕は上がるようになったが、現在も自宅で両親の介護を受けているという。代理人の中村亮介弁護士は「安全対策について学校側に相当高い注意をはらうようにとのメッセージを与えた」と判決を評価。県は「判決の内容を慎重に検討し、対応を考えたい」とコメントした。(丹治翔)」

有責事故により重度の障害(報道の事案は、首から下が動かない・腕は上がるという状態)をおい、常時介護が必要になった場合、若年の方では平均余命まで適正に介護費用等を計算すると、損害賠償額はこのような金額になります.
損害賠償額の計算方法は、医療過誤でも基本的に同様です.


谷直樹


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by medical-law | 2015-03-03 23:59 | 司法

薬害オンブズパースン会議「HPVワクチンメーカーによるコード違反被疑事案に関する苦情申立て」

薬害オンブズパースン会議は,2015年2月26日,日本製薬工業協会に,「HPVワクチンメーカーによるコード違反被疑事案に関する苦情申立て」を提出したとのことです.

「HPVワクチンの接種推進運動を行っている「子宮頸がん征圧をめざす専門家会議」に対し、HPVワクチンメーカーであるMSD株式会社及びグラクソ・スミスクライン株式会社が巨額の寄付を行っていたこと、並びにグラクソ・スミスクライン株式会社のワクチンマーケティング部長の職にあった元社員が、同会議から委託を受けてHPVワクチンの接種推進のための活動を行っていたことは、医療用医薬品プロモーションコードに違反すると思われますので、厳正な調査の上、「医療用医薬品プロモーションコード違反措置規定」に従って違反改善の措置をとることを求めます。」とのことです.

専門家会議は医学研究活動を行っておらず、また研究助成も行っていないため、専門家会議に対する寄付は研究振興目的ではあり得ず、専門家会議が行っているHPVワクチンの接種推進運動に期待したものと考えられます。専門家としての学術的見解を標榜してHPVワクチン推進の活動をしている専門家会議に対して、当該ワクチンメーカーから巨額の資金提供がなされていることは、利益相反の観点からきわめて不適切であるといえます。」と指摘しています.

専門家会議が,MSD,GSKからの資金で,MSD,GSKのいわば身代わりとして,MSD,GSKが行えば医療用医薬品プロモーションコードに違反することとなる活動を行っているとすれば,医療用医薬品プロモーションコードに違反となると考えられるでしょう.


  谷直樹

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by medical-law | 2015-03-02 07:38 | コンプライアンス

厚生労働省、医道審の答申をうけ医師歯科医師20名処分

毎日新聞「厚労省:医師・歯科医20人を処分」(2015年2月27日)は、次のとおり報じました.

「厚生労働省は27日、医師と歯科医師計20人の行政処分を発表した。虚偽の診断で傷病手当金約170万円をだまし取ったとして詐欺罪などの有罪が確定した医師ら3人が医業停止3年の処分を受けた。免許取り消しはなかった。発効は3月13日。【桐野耕一】

 処分者は次の通り。(当時の所属医療機関の所在地、医療機関名、氏名、年齢、処分理由。敬称・呼称略)

《医業停止3年》
神戸市、××クリニック、××××(60)詐欺など
▽熊本市、×××××病院、×××(45)薬事法違反
▽山口県下関市、×××会×××病院、××××(37)覚せい剤取締法違反など

《医業停止1年6カ月》
群馬県伊勢崎市、××××歯科クリニック、××××(41)自動車運転過失傷害など

《医業停止8カ月》
東京都中央区、××デンタル××××、××××(44)自動車運転過失傷害など
▽高知県南国市、×××大医学部付属病院、××××(46)同

《医業停止6カ月》
勤務先なし、×××(59)傷害
▽香川県丸亀市、××××病院、××××(40)窃盗

《医業停止4カ月》
沖縄県北中城村、×××会×××××病院、×××××(48)道交法違反
▽堺市、×××会×××病院、×××(54)同
▽栃木県佐野市、××歯科医院、××××(58)道交法違反など

《医業停止3カ月》
札幌市、××××××××××××病院、××××(55)道迷惑防止条例違反
▽愛媛県砥部町、××整形外科、××××(62)診療報酬不正請求
▽仙台市、××歯科クリニック、××××(56)同
▽宮城県大和町、××××・デンタル・クリニック、×××(55)同

《戒告》
熊本市、×××歯科医院、×××(70)傷害
▽兵庫県姫路市、××××××病院、××××(32)同
▽北九州市、××××歯科××××クリニック、××××(31)児童買春・ポルノ禁止法違反など
▽札幌市、××歯科診療所、×××(52)わいせつ電磁的記録記録媒体陳列
▽勤務先なし、×××(33)国立大学法人法違反」


 医療事故により処分をうけた医師歯科医師はいないようです.


  谷直樹

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by medical-law | 2015-03-01 00:31 | コンプライアンス