弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

裁判官岡部喜代子の意見

「裁判官岡部喜代子の意見は,次のとおりである。

私は,多数意見の結論に賛成するものであるが,第1審被告Y2は法定の監督義務者に準ずべき者に該当するものの民法714条1項ただし書にいう「その義務を怠らなかったとき」に該当すると考えるのでその理由を述べる(以下,事実認定に係る部分は全て原審の認定したところによる。)。

1 Aには子が4人あり,上からF,第1審被告Y2,C,Gであるところ,Fは5歳の時に養子となって養家において養育されて現在に至り,第1審被告Y2は昭和57年までAと同居した後東京に転勤となったため家を出,Gは昭和48年に大阪の大学に入学して家を出,Cは昭和52年に結婚して家を出た。第1審被告
Y2はA宅の近辺であるa市dに自宅(以下「Y2自宅」という。)を有しているが,これは第1審被告Y2が将来の両親の介護のためにA所有の土地上に第1審被告Y1との共有名義で建てたものである。上記のとおりの家族状況の中で,平成14年3月頃,第1審被告ら,C,BはAの介護について話し合い,Cの助言もあり,第1審被告Y1が1人でAの介護を担うことは困難であるとの共通の認識に基づいて,Bが単身Y2自宅に移り住んで第1審被告Y1と2人でAの介護を行うことに決めたのであったが,このことについて第1審被告Y2はBが長男の嫁であるから当然のことであると考えていたというのである。以来,Bは毎日A宅に通って(時々泊まり込み)第1審被告Y1と共に介護にあたり,第1審被告Y2も月に1,2回a市に通い,本件事故直前には月3回くらいA宅を訪ね,BからAの状況について頻繁に報告を受けていた。この間,Cは介護の実務に精通していることから専門知識による助言を行っていたが現実には時折訪ねる程度であり,F及びGは介護には全く関与していなかった。Aの外出願望は平成14年11月頃には見られるようになり,3日に1回くらいはBが声かけをして散歩に連れ出し,またAが外出を希望したときはBが付き添うという方法で対処していた。平成17年,18年には1回ずつ無断で外出して行方不明になったことがあり,その後,第1審被告Y2はA宅玄関付近にセンサーを設置し,あるいは門扉に施錠するなどの対策をとったこともあった。Aが要介護4の認定を受けた際は第1審被告Y2,C,BがAの介護の在り方について話合いを行い,Cからの,特養は希望者が多いため入居まで2,3年かかる,Aは家族の見守りにより自宅で過ごす能力を有している,特養に入ればAの混乱は更に悪化するとの助言もあって,従前同様の介護を続けることとした。こうしてみると,第1審被告Y2はAの介護の節目節目で介護方針の決定に関与していたといえる。金銭管理については,Aが不動産仲介業を営んでいるときは,日常の帳簿付け,税務署との対応,預金通帳の管理は全て第1審被告Y1に任せ,Aは事務所の移転や不動産の購入・売却等の重要な事柄を決定していた。本件事故当時は,預金管理や不動産の賃貸借契約の更新・切替などのAの財産管理全般は専ら第1審被告Y1が行っていた点はAの稼働中と同様であるものの,Aの介護開始以来財産関係に変動を与えるような重要事項に関する決定がなされたことをうかがわせる状況は存在せず,不動産の購入・売却等の重要な事柄について誰が決定することになるのかについては認定されていない。第1審被告Y2は昭和57年以降横浜市に居住しているが,第1審被告Y2がa市に戻らなかったのはその職場が東京であったためであった。

2 そこで,第1審被告Y2が法定の監督義務者に準ずべき者といえるか否かを検討する。第1審被告Y2はもともと両親の介護を担う意思を有していたところ,平成14年3月頃,Aに認知症の症状が出た際の話合い(多数意見2(3)の話合い)において,妻であるBが単身Y2自宅に転居して第1審被告Y1と共に現実の介護を担うこととしている。このような形態の介護を行うについて第1審被告Y2の意向が大きな影響を与えたことは,BがAの介護を行うことは長男の嫁であるから当然であると第1審被告Y2が考えていたこと,Bの別居は第1審被告Y2の負担にもなること,上記1において述べたとおりの家族関係において中心的な立場にあって第1審被告Y2自身Aの介護を担うものとして自覚していたことによって裏付けられる。つまり,第1審被告Y2は,第1審被告Y1とBが現実の介護を行うという体制で,Aの介護を引き受けたということができる。ただ,その段階では介護を引き受けたものであって,必ずしも第三者に対する加害を防止することまでを引き受けたといえるかどうかは明確ではない。しかし,その後,第1審被告Y2は,Aが2回の徘徊をして行方不明になるなど,外出願望が強いことを知って徘徊による事故を防止する必要を認めて,BがAの外出に付き添う方法を了承し,また施錠,センサー設置などの対処をすることとして事故防止のための措置を現実に行い,また現実の対策を講ずるなどして,監督義務を引き受けたということができる。徘徊による事故としては被害者となるような事故を念頭に置くことが多いであろうがその態様には第三者に対する加害も同時に存在するものであって,第三者に対する加害防止もまた引き受けたものということができる。確かに第1審被告Y2はAと同居していないが,加害防止義務の内容としては同居して現実に防止行動をすることだけを意味するわけではない。第三者に対する加害行為を行うことを実際に引き留める,実際に外出しないように実力を行使する,というような行動ばかりではなく,第三者に対する加害を行わないような環境を形成する,加害行為のおそれがある場合にはそれが行われないようにしかるべき人物に防止を依頼することができるようにするといった体制作りも含まれる。監督するという行為を行うには被監督者の行動を制御できることが必要であるが,その方法として現実の制御行動に限る理由は存在しない。第1審被告Y2においては,第1審被告Y1の見守りとBの外出時の付添い,週6回のデイサービスの利用という体制を組むという形態で,徘徊による事故防止,第三者に対する加害防止を行ったといえる。すなわち,第1審被告Y2には,少なくとも平成18年中に,第三者に対する加害行為の防止に向けてAの監督を現に行っており,その態様が単なる事実上の監督を超え,監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる。

3 次に,第1審被告Y2がその監督義務を怠らなかったといえるか否かについて検討する。まず第1審被告Y2の採った監督体制は,デイサービスの利用,第1審被告Y1がAの見守りを行い,Bが外出時にAに付き添うというもので,上記1において述べた家族状況の下ではそのような体制を採ったことは合理的であり,第1審被告
Y1及びBの現実の介護方法にも問題はない。問題となり得るのは,Aについて要介護4の認定がなされた際に特に監督体制を変更しなかった点である。確かにAの認知症の症状は悪化し,日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ,常に介護を必要とする,常に目を離すことができない状態であると判断されているのであるから,従前とは異なる何らかの措置をとるべきであったとの意見もあり得るところである。しかし,そのようにいえるかについては,具体的状況の下でいかなる内容の監督義務を負っているかを検討しなければならない。
まず,本件において第1審被告Y2の監督義務の具体的内容は徘徊行動の防止措置であるところ,ここでいう徘徊は,Aの本件事故に係る徘徊行動そのものを示すのではなく,民法714条の監督義務における監督すべき行為の対象としての徘徊行為一般である。次に,監督義務の存否を判断する基準について考える必要がある。すなわち,法定の監督義務者に準ずべき者には,様々な根拠に基づく様々な状況があり,予見可能性,結果回避可能性の広狭,法的な義務として負わされる範囲など,多様な状況を想定することができる。本件の第1審被告Y2については,義務発生の根拠は意思であり,その立場は親族である。専門職にあるわけでもなく,専門知識を有するわけでもなく,人的な結び付きに基づく意思を有するのみという本件のような場合の判断基準は,一般通常人とするのが相当である。本件の下で2回の徘徊行為を行っているところからすれば,一般通常人を基準としても徘徊の予見可能性はあり,多数意見2(10)の話合いにおいて検討されたところからすれば,予見もしており,一般通常人としても徘徊行動の回避措置をとることは可能である。そこで第1審被告Y2が徘徊防止義務を怠っていなかったか否かを検討しなければならない。まず,要介護4と認定された時点で徘徊行為について従前と明確な変化があったことは認められていない。2回の行方不明後には警察にあらかじめ連絡するなどの対処をしている。事務所出入口から無断で外出し,排水溝に排尿するなどの行為は従前よりしばしばなされていたもののBが排尿後の面倒を見ており,そのような排尿行為から何らかの問題が生じたとは認められていない。Bは,朝7時にA宅に行き,寝ているAを起こして着替え及び食事をさせた後,デイサービスへ通所させ,Aが同所から自宅に戻った後は,お茶とおやつを出し,20分くらいAの話を聞いた後,Aが居眠りを始めると,Aのいる部屋から離れて台所で家事をするという日課であり,また,3日に1回くらいはAを散歩に連れ出し,夕食,入浴をさせてAが就寝したことを確認してY2自宅に戻るという生活をしていた。第1審被告Y1はBが家事をする間,Aが就寝している間などに,Aの側にいて外出しそうな場合はBに知らせていた。このような日課は確かに十分苦労の多いものといえるが,週6回のデイサービスの利用及び夜間A就寝後にはBはAの介護と付添いから解放されており,無理な体制であったとまではいえない。週6回のデイサービスの利用は,一般通常人としての徘徊防止措置としては相当効果のある対策を立てているといえよう。本件事故直前には第1審被告Y2自身も月3回くらい週末にA宅を訪ねて第1審被告Y1やBの体制に関与しようとする姿勢を見せてもいる。仮に他の対策を立てるとなると,既にデイサービスを週6回利用しているところからすれば施設入所を検討することになろうが,施設入所はAにとって望ましいものではないとのCの助言などもある段階では,施設入所に至らなかったとしてもやむを得ないといわねばならない。Aの無断外出を防止するために門扉に施錠したこともあったがAがいらだって門扉を揺するなどしたために施錠は中止したこと,事務所出入口のセンサーがあったにもかかわらず本件事故当時電源が切られていたことというような問題もないわけではない。しかし,徘徊による問題が生じていたというような状況ではなく,第1審被告Y1とBによる体制が機能している上記の状況の下では,センサー等が機能するように設備を整えることを要求することは,一般通常人を基準とすると過大な要求といわざるを得ないのであって相当ではない。すなわち,第1審被告Y2は,Aの徘徊行動を防止するために,週6回のデイサービスの利用並びに第1審被告Y1及びBの現実の見守りと付添いという体制を組むことによって,Aの徘徊行為を防止するための義務を怠りなく履行していたということができるのである。第1審被告Y2の採った徘徊行動防止体制は一般通常人を基準とすれば相当なものであり,法定の監督義務者に準ずべき者としての監督義務を怠っていなかったということができる。

4 ここで,結論を同じくする大谷裁判官の意見について若干述べておきたい。大谷裁判官の意見については利害の調整という観点から共感を覚えるものである。しかし,成年後見人の成年被後見人に対する身上配慮義務から第三者に対する加害防止義務を導き出すのは無理があるのであり,成年後見人であっても,第三者に対する加害防止義務を認めるためには他の何らかの責任原因が必要であると考える。成年後見人を法定の監督義務者ということはできないとする多数意見と同様の結論となる。多数意見は準監督義務者の要件として監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情を挙げているところ,その考え方は現代における民法714条の存在意義を認めたうえで,他害防止義務を負う根拠を説明し得ているので賛意を表したい。そうすると,成年後見人であっても成年後見人であることから法定の監督義務者としての責任を当然に負うのではなく,上記要件を満たすときに準監督義務者としての責任を負うことになる。多数意見の述べるように,準監督義務者の責任が衡平のために諸般の事情によって認められるところによる引受けを根拠とする責任であるならば,その責任の内容は,従前説明されていたような団体的秩序を根拠とする家長等の絶対的責任とは異質なものであって,被監督者の行動についてほぼ無過失責任と同様の責任を負うべきであるとする根拠はない。準監督義務者の義務の履行について,諸般の状況により予見可能性,結果回避可能性を検討することが許されると解することが可能になる。民法714条は同法709条とは別個の義務として被監督者の一般的な行動に関する加害防止義務ではあるが,そうであるからといって準監督義務者に不可能を強いることはできない。以上述べたところを根拠として,本件においては一般人を基準として義務を怠らなかったといえるかどうかを検討してきたところである。

5 以上のとおりであるから,第1審被告Y2は法定の監督義務者に準ずべき者に該当するものの民法714条1項ただし書にいう「その義務を怠らなかったとき」に該当し,その責任を負わないものである。なお,第1審被告Y2が法定の監督義務者に準ずべき者に該当することは上記1において述べたとおりの諸般の事情に基づくものであって一般的に長男であることないし長男という立場に基づくものではないことを注意的に付言する。 」



 谷直樹


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# by medical-law | 2016-03-01 19:53 | 司法