裁判例から医師の説明義務を考える(5)

平成12年のエホバの証人輸血拒否事件の最高裁判決の頃から,日本の裁判所の説明義務に対する考え方に変化がみえます.
今回は,末期がんの説明義務について述べます.
■ 説明義務を否定した判決
医師は,胆のうがんの疑いがあると診断しながら,昭和58年3月,患者には重度の胆石症の疑いがあるとして手術を勧めました.その患者は看護師で,胆石症なら手術は後でもよいと考え入院を取り消し海外旅行に行き,帰国後も連絡をとらず,症状が悪化し同年6月にがんセンターに入院し,同年11月に亡くなりました.この事案で,最高裁平成7年4月25日判決は,初診の患者だから医師にはその患者ががん告知の精神的打撃に耐えられるかわからない,昭和58年当時はがん患者に真実と異なる病名を告げるのが一般的だったなどを理由に説明義務違反を否定しました。
■ 説明義務を肯定した判決
この平成7年の最高裁判決には批判があり,その3年後の高等裁判所の判決では,末期がんの説明義務違反が認められました.
仙台高等裁判所秋田支部平成10年3月9日判決は,医師が初診の平成2年11月に治癒・延命可能性のない末期がんであると判断し,患者の余命は長くて1年程度であると予測しながら告知せず,患者は翌年別の病院でがんと告知され平成3年10月に死亡した事案で.合理的裁量を逸脱して患者本人ないしは家族にがん告知をしなかったとして、この説明義務違反は患者本人に対する債務不履行ないしは不法行為となるとしました.
その上告審である最高裁判所平成14年9月24日判決は,「医師は,診療契約上の義務として,患者に対し診断結果,治療方針等の説明義務を負担する。そして,患者が末期的疾患にり患し余命が限られている旨の診断をした医師が患者本人にはその旨を告知すべきではないと判断した場合には,患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと,当該医師は,診療契約に付随する義務として,少なくとも,患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し,同人又は同人を介して更に接触できた家族等に対する告知の適否を検討し,告知が適当であると判断できたときには,その診断結果等を説明すべき義務を負うものといわなければならない。」と判断しました.
末期がんの説明義務が認められた点は進歩です.ただ,このように家族優先の告知義務の考え方については,患者本人への告知・説明がないがしろにされる危険もある,家族への告知の根拠は療養指導義務にある,という批判もあります.
谷
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