弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

裁判例から医師の説明義務を考える(10)

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今回は,検査についての自己決定,選択のための説明について述べます.

一般に,疾患の疑い⇒検査⇒診断⇒治療という流れになりますので,疾患の疑いがあれば診断のために,検査が必要になります.また,疾患の状態を正確に把握し治療方法を選択するためにも,検査が必要となります.

医師は,患者の自己決定,選択のために,検査の危険性の程度,有用性の程度を説明する必要があります.

危険性がある検査について危険性を説明していないことが問題になります.
カテーテル(細いチューブ)を血管内に入れて行う検査は,頻度は少なくても致死的な血管が生じますので.とくに裁判で危険性の説明が問題になることが多いようです.

■ 説明義務違反肯定例-臍帯穿刺による胎児採血

昭和63年,妊婦に臍帯穿刺による胎児採血を行い,穿刺部位からの出血により胎児が死亡した事案があります.
臍帯を穿刺して胎児の血液を採取し,検査すると,胎児の状態が分かります.本件当時は一部の大病院で先端的な方法として,必要な場合にこの検査が行われていました.胎児が死亡することもあり(0.25~1.6%),現在ではほとんど行われていません.
本件の妊婦は,ITPという血小板が減少する疾患がありましたので,医師は,胎児の血小板が減少していないか,を調べる目的で,臍帯穿刺による胎児採血を行いました.本件はもともと帝王切開が予定されていましたので,帝王切開か経腟分娩かの選択には不必要な検査でした.つまり,本件は,有用性が危険性を上回るとは言えないので,実施そのものに疑問があるケーズです.
判決は,臍帯穿刺の危険性に着目し,臍帯穿刺による胎児採血検査を行う際には,患者及びその家族に対して検査の目的とともに特に検査に伴う危険性について十分に説明し,その承諾を得なければならないところ,その当時に判明していた,臍帯穿刺を含む胎児採血による死亡や後遺障害発生の危険率,症例等の説明をしていないとして,医師の説明義務違反を認めました(大阪地裁平成8年2月28日判決).

■ 説明義務違反肯定例-内視鏡検査(前投薬ドルミカム)

上部消化管内視鏡検査前に,ミダゾラム(ドルミカム)10mgで鎮静し 検査終了後に拮抗薬フルマゼニル(アネキセート)0.5mgで覚醒させた患者が,自動車で帰宅途中に意識を失い交通事故をおこした事案があります.

内視鏡検査の前投薬にミダゾラム(ドルミカム)を使用しない病院もあります.ミダゾラム(ドルミカム)を希望するか否かについては,患者の自己決定,選択の問題です.この点では,自己決定のための説明の問題です.

ただ,ミダゾラム(ドルミカム)を希望した後の説明は,療養指導義務の問題になります.

裁判所は,次のとおり判示しました.

「原告に対する胃カメラ検査を施行したD医師やC看護士らは,その施行に当たって,睡眠導入剤について説明をし,それによって眠くなる旨の説明をしたことは認められるが,原告がその後,本件病院の院内で休むこともなく,A医師から胃カメラ検査の結果を聞いたりした後,間もなく自動車で帰宅していることからすると,C看護士やD医師が『しばらく休んでいってください。』とまでの説明をしたか疑問が残るうえ,仮に,そのような説明がなされたとしても,具体的に,自動車運転に意識した説明がなされていないことからすると,その説明によっても自動車運転の危険性を認識しない可能性があり,したがって,同人らの説明には,注意義務違反があるといわなければならない。また,E看護婦の説明であるが,同人の説明についても,D医師やC看護士と同様具体的に,自動車運転に注意した説明がなされていないことからすると,同人の説明にも注意義務違反があるといわなければならない。そうすると,被告のスタッフであるB看護婦,D医師,C看護士,E看護婦の各説明内容を総合しても,被告のスタッフが原告に対してその説明を尽くしたことにはならず,その結果,同スタッフの使用者である被告は,その説明義務違反と因果関係のある原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。」(神戸地裁平成14年6月21日判決)

胃カメラ検査はルーティンに行われるのに.本件の病院では,スタッフの誰がどの段階でどのような説明を行うのか.手順が定められていなかったことに問題があります.

内視鏡検査を予約した時に,ミダゾラム(ドルミカム)を希望するか訊き.希望した患者には、自動車で来院することをやめるよう指導し,注意書きにも記載することが必要だったように思われます.

■ 説明義務違反肯定例-心臓カテーテル検査

人工透析中の糖尿病患者が,平成11年2月,心臓カテーテル検査を受けたところ,血栓症が発生し右足指の全部を切断せざるを得なくなった事案があります.

この事案で,医師は,患者に,本件心臓カテーテル検査により出血や血栓症が起こる危険性がある,と述べただけで,本件心臓カテーテル検査の方法,心臓カテーテル検査による死亡,心筋梗塞,脳血管障害,末梢血管事故(血栓,塞栓,出血等)の危険性があることやその発生確率について詳しい説明をすることはしていませんでした.

この事案で,大阪地裁は,医師の説明は,患者が本件検査を受けるか否かを決定するための十分な説明ではなかったとして,医師の説明義務違反を認めました(大阪地裁平成14年11月29日判決). 

※ 心臓カテーテル検査
大腿の付け根,腕または手首の動脈,静脈からカテーテル(細いチューブ)を入れ,心臓の中,血管を撮影.或いは心臓の圧を測定する検査です.

「心臓カテーテル検査は医療費と,少ないながらもリスクを伴うため,心疾患の診断が確定したり疑われれるからといって全例に適応になるものではない.むしろ,臨床的に疑われる疾患の確認,解剖学的・生理学的重症度の決定,重要な関連疾患の有無の決定が必要な場合に限って行う.」「待機的な心臓カテーテル検査中に死に至るリスクは,10,000人に1人(0.001%)だが,脳卒中や心筋梗塞,一過性の頻脈性・徐脈性の不整脈,カテーテル挿入部の外傷や出血などが生じるリスクが,わずかではあるが存在する(およそ1,000人に1人)」(『ハリソン内科学(日本語版)第3版』1471頁)とされています.

■ 説明義務違反否定例-開頭クリッピング手術後の脳血管造影検査

開頭クリッピング手術後の脳血管造影検査について,説明義務が問題になった事案があります.

判決は,脳血管造影検査は開頭クリッピング手術に伴って当然に行うべき必要不可欠なものであったとし,仮にこれを行わない場合には,くも膜下出血再発の可能性という危険な事態をかなりの割合で看過しかねず,麻痺の原因も不明のまま終わるのに対し,脳血管造影検査において脳梗塞が生ずるなどの危険性は必ずしも高いものではなく,むしろ稀な部類に属することなどの事実に照らせば,仮に、原告が脳梗塞が生じることを恐れて本件検査の実施を拒否したとしても,医師としては本件検査の必要性とそれが合併症発生による弊害を遙かに上回るものであることを説明し,強力に説得して本件検査を受けさせるように努めるべきものであったと認定しました.

そして,判決は.「したがって、原告(患者)としては、本件手術(開頭クリッピング手術)を受けた以上,本件検査(脳血管造影検査)をも受けることが当然予定されていたのであって,本件検査(脳血管造影検査)を受けるか否かについて自ら決定し得る余地は法的にはないに等しいというべきである。このような場合においても、医師としては十分な説明をした上で検査を受けさせるのが望ましいことはいうまでもないが,仮にこれを欠いたとしても、そのことは当不当の問題にとどまるか,あるいは債務不履行又は不法行為に基づく具体的な損害賠償義務を生じさせるほどの違法性を帯びるものではないというべきである。」としました(東京地裁平成16年6月30日判決).

■ 説明義務違反否定例-腹部血管造影検査

肝腫瘍の疑いのあった患者に対して,平成元年に腹部血管造影検査を実施したところ,検査後に患者に致死的な肺塞栓症が生じ,植物状態なり,平成10年に死亡した事案があります.

腹部血管造影検査は,足の付け根にある動脈からカテーテルを入れ,腹部の血管に造影剤を注入してX線撮影を行ないます.

本件では,検査後の止血に伴い静脈に血栓が形成され,血栓が移動し肺動脈を塞栓し,肺塞栓症が起きました.

平成元年当時においては,検査後に致死的な肺塞栓症の発生が報告されていませんでしたので,判決は.腹部血管造影検査に伴い致死的な肺塞栓症が発生する可能性があることまで説明すべき義務があったとは考えられず,患者が本件検査を受けるか否かの意思決定をする上で必要な説明は医師が行った説明で十分であるとして,医師の説明義務違反を認めませんでした(東京高裁平成14年1月29日判決)。

現在は,致死的な肺塞栓症の危険があることが知られていますので,その危険を説明すべき,と考えられます.

■ 説明義務違反否定例-心臓カテーテル検査

患者が心臓カテーテル検査による肺動脈損傷によって出血性ショックとなり,その後死亡した事案で,心臓カテーテル検査の危険性等について説明を怠ったか,が争われました.

判決は,
「心臓カテーテル検査の合併症としては,バルーンの破裂に伴う傷害,不整脈,肺梗塞,肺動脈の穿孔と破裂,感染等がある。
心臓カテーテル検査に伴う死亡事故の比率については,いずれも外国の心臓血管造影学会による報告であるが,66施設において14か月間にわたって実施した心臓カテーテル検査5万3581件中75件が,また,1984年7月1日から1987年12月31日までの間に実施した冠動脈造影検査22万2553件中218件が死亡例であったというものがあり,これによればおおむね0.1%程度ということになる。また,スワン-ガンツカテーテルに関連した肺動脈破裂の発生率については,これもまた外国の報告ではあるが,大規模民営教育病院における1975年から1991年の17年間の3万2442件を対象に分析したところ,その率は0.031%であったとされている。
原告Fは,少なくとも,2月8日と同月19日の2回にわたり,また,Bは同月19日に,本件検査の内容や危険性について説明を受けていること,その過程で,本件検査に伴い,出血,不整脈,血腫,感染,塞栓症などの合併症の危険性があることに関して情報が提供されていることが明らかである。そうすると,原告Fは,上記 で認定した本件検査の合併症について説明を受けているといえるし,また,その際にされた本件検査に伴う死亡事故は稀であるとの説明も,上記 認定の統計資料に徴すれば相当であるといえる。なお,2月19日にされた説明は,Bが心臓カテーテル検査に消極的であったことから,同月8日の検査との術式の違いに力点が置かれ,合併症に関しては簡略にされていたものと認められるが,合併症については既に同月8日に説明されていたことにかんがみると,B及び原告Fにおいてその点について理解することは可能であったものと認められる。
こうしたことに,上記認定の,被告C医師によって2月8日の冠動脈造影検査を実施するに当たりされた説明及びST低下が認められた後にBに対してされた説明,本件検査に関して被告C医師から電話を受けた原告Gが原告Eや原告Fに電話をして相談し,原告Fが被告C医師に直接会って本件検査について説明を聞くこととなったという経緯,また,前記1で検討した本件検査をBに対して行うことの意義をも併せ考慮すると,被告C医師のB及び原告らに対する説明に注意義務違反を構成するような不十分な点があったということはできない。」としました(東京地裁平成18年5月18日判決).

■ 説明義務違反否定例-造影CT検査

患者に対する検査を中断し,CT検査室をいったん出てまで,患者の家族に対し,造影CT検査の必要性や合併症に関する説明を行い,その同意を得るべき義務があったというのは相当ではないとして,説明義務は認められないとした裁判例があります(大阪地裁平成19年9月28日判決)。

■ 説明義務違反否定例-造影剤注入のためにされた静脈注射

造影剤注入のためにされた静脈注射における説明義務違反の有無が争われ,注射針の穿刺によって患者に重篤な後遺障害が残る可能性は極めて低い上,担当医師が,造影剤による副作用や造影剤の漏出のおそれなど胸腹部造影CT検査の実施に伴って生じる危険性に関する一般的な説明を行い,患者もCT検査に関する事前の説明を受けていることについて,説明義務違反の違法があったとはいえないとした裁判例があります(東京地裁平成20年7月28日判決)。

■ 説明義務違反否定例-下部内視鏡検査及び前処置としての高圧浣腸

下部内視鏡検査及び前処置としての高圧浣腸の際の説明義務違反の有無が争われ,被告病院医師らは,患者の病状,実施予定の下部内視鏡検査の内容,下部内視鏡検査に付随する危険性などについて説明を尽くしたとして,説明義務違反を否定した裁判例があります(東京地裁平成21年2月5日判決).


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by medical-law | 2010-11-02 18:17 | 説明義務