弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

第3回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム

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「第3回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム-或る症例に関する意見交換会-」が10月25日,東京地裁大会議室で開かれました.

「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」は,第3回になりますが,今年は,テオフィリン関連痙攣についての設例症例をもとに,ガイドライン,添付文書の役割が議論されました.
これが,判例タイムズに掲載されるのは,おそらく来年の秋になるでしょう.

メモに基づき今回のシンポジウムの概要を記します.


≪症例≫

熱性痙攣の既往がある2歳3ヶ月の男児に対して,発熱および喘息様症状が認められる状況下にネオフィリンを投与したところ,その直後に痙攣重積が出現し,最終的には高度の運動神経発達障害の後遺症が発生した症例です,
症例の経過は,以下のとおりです.

●2歳3ヶ月の男児
●体重12kg
●母親に幼少時頻回の熱性痙攣あり.
●妊娠,分娩歴に異常なし.
●成長発達は,独歩が19ヶ月とやや遅いことを除いては特記すべきことなし.
●1歳8ヶ月以降,6回の熱性痙攣があり,発熱時にはダイアップを使用していた.
●2歳以降数回(受診は3回)喘鳴があり,その都度喘息様気管支炎と診断されていた.

●8月2日(5日前) 咳嗽を主訴にA診療所を受診し,上気道炎の診断にて,鎮咳剤を処方される.

●8月6日(前日)38℃の熱のために午前中A診療所受診.
●咽頭発赤,胸部聴診にて喘鳴を認めるも胸部陥凹なし.
●喘息様気管支炎と診断され,ベネトリンを吸入し,喘鳴はやや軽快.
●テオドールドライシロップ 0.9g分2で処方(力価180mg,15mg/kg/day相当)およびホクナリンドライシロップを処方され,発熱に対して頓用でアンヒバ座薬を処方される.
●喘鳴あり睡眠(昼寝)できないため,午後再度A診療所を受診.
●軽度の喘鳴が認められ,ベネトリンの吸入を行うも特段改善はみられなかった.

●8月7日(当日) 午後2時頃,発熱に対してアンヒバ座薬および手元にあったダイアップ座薬を使用.
●睡眠はほとんどとれなかった.
●このため,12時30分に,A診療所を受診.
●38.7℃の発熱と,喘鳴,胸部陥凹および中等度の呼気延長が認められた.
●SpO2 92%
●ベネトリンの吸入を行うも改善なし.
●このため,13:00~14:00にかけてソリタT1 200mlボトルにネオフィリン250mg/10mlアンプルから2.5ml(62.5mg,5.2mg/kg相当)を混注し,1時間で点滴静注
●点滴終了時にも喘鳴が持続するため,ベネトリンの吸入を再度行っていたところ
●14:08に,全身性の硬直性・間代性痙攣が出現,チアノーゼあり,左右非対象性なし.
●セルシン3mgを静注し,酸素吸入を行うも,痙攣は約15分間継続した.
●痙攣出現の段階で,救急車の出動依頼を行い,
●14:25に救急車が到着し,この時点では痙攣はおさまっていたが酸素投与しながらB病院へ搬送となった.

B病院では
●気管内挿管し,呼吸管理を行った.
●16:00採血でのテオフィリン血中濃度12.7μg/ml(14:00時点予測値14.7μg/ml)
●その後も,頻回に痙攣が見られ,急性脳症と診断されたが最終的には高度の中枢神経障害が後遺症として残った.

10月7日(2ヶ月後)
●身体障害程度等級1級の四肢体幹機能障害認定


≪医師からの基本的な説明・発言≫

シンポジウムでは,医師から基本的な説明・発言があり,以下の医学知見が議論の前提とされました.

○ ネオフィリンは,体内でテオフィリンになる.
○ 脳症と脳炎は,どちらも意識がなくなって,痙攣するという点では同じ.
○ 意識障害という意味あいが,痙攣の中に入っている.
○ 体の痙攣と意識障害は,同時におきることもあるが,片方だけのこともある.
○ テオフィリン関連痙攣とは,テオフィリン中毒の場合,治療域内の場合,治療中に偶然起こった痙攣の場合の3種類を含む,
○ ネオフィリンに関する添付文書改訂,ガイドライン改訂は,比較的小児医療の現場の認識とあっているという印象である.添付文書の改訂は,ガイドラインを参考にしている.
○ 2005年にガイドラインが改訂される際には,その前から,話が出ていて,改訂版のガイドラインが出るのと同時に,現場では,カルテをめくって治療方針の変更を母親に説明した記憶がある.
○ 2005年当時は,テオフィリンを投与できないわけではないが,難しい状態であった.2008年になると,ほとんど投与できるケースはないといってよいと思う.
○ 米国では,1995年ころから喘息治療にテオフィリンは使用しない.イソプラテノールという良い薬があるので,世界的にもこちらの方が使用されていた.ところが,日本では,ステロイドを嫌う人もいて,テオフィリン製剤が使われてきた.2000年ころから,日本でも,テオフィリン関連痙攣が多く報告されるようになり,PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)もナーバスになっていた.

なお,テオフィリンと痙攣,急性脳症との関連性は医学的に判明していない,という趣旨の意見を唐突に述べた医師がいました.その意見を支持する意見はありませんでした.その意見を述べた医師は,私の見間違いでなれば,設例とは別の実際のテオフィリン関連痙攣事件で,主治医として,尋問が予定されている医師だったと思います.


≪患者側の弁護士からの説明・発言

患者側の弁護士から.次の意見が述べられました.

医療事故に対する過失責任の組立てには,次の2つのタイプがある.
(A)してはいけないことをしたか(作為型,本件でいえば患者に痙攣を発症させた過失責任)
(B)しなければならないことをしなかったか(不作為型,本件でいえば痙攣発症後の治療上の過失責任)

添付文書を巡る論点は,(1) 最高裁平成8.1.23(ペルカミンS事件)判決で,「医師が医薬品を使用するに当たって右文書(添付文書)に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定される」とされている.

本件に関連する添付文書の【用法・用量】は「小児には1回3mg~4mg/kgを静脈内注射する」と記載されています.本件の5.2mg/kgの投与はこれに反します.当時のガイドラインでは4-5mg/kgだがが,4時間以内に経口投薬がある場合は半量を目安とされている.
但し.痙攣は治療域でも発生することに留意.⇒ 治療責任の問題につながる.

【小児等への投与】は,①「特に乳幼児において,テオフィリン血中濃度のモニタリングを行うなど慎重に投与すること」とされている.⇒ 従って,血中濃度の測定ができない場合,投与をすべきではない.或いは投与量を控えめにすべきである.
②「てんかん及び痙攣の既往歴のある小児には慎重に投与すること(痙攣を誘発することがある)」とされている,⇒ 従って,熱性痙攣の既往があった場合,投与量を控えめにすべきである.
③「ウイルス感染(上気道炎)に伴う発熱時には慎重に投与すること(テオフィリン血中濃度が上昇することがある)」とされている.⇒ 従って,上気道炎による発熱がある場合,投与量を控えめにすべきである.或いは投与量を控えめにすべきである.

【重要な基本的注意】は,「テオフィリンによる副作用の発現は,テオフィリン血中濃度の上昇に起因する場合が多いことから,血中濃度のモニタリングを適正に行い,患者個々人に適した投与計画を設定することが望ましい.」とされている.⇒ 従って血中濃度の測定ができない場合,投与量を控えめにすべきである.

【血中濃度と副作用】は,「テオフィリン血中濃度を測定しながら投与量を調節することが望ましい.」とされている.⇒ 従って,血中濃度の測定ができない場合,投与量を控えめにすべきである.

【痙攣発現への処置】は,「①気道確保,②酸素供給,③ジアゼパム・全身麻酔薬投与,④バイタルサインモニター・血圧維持・水分補給」⇒ これは治療責任にかかわる記載.本件ではこれは尽くされていたという設例.

医師には添付文書に留意する義務がある.
本件では熱性痙攣の既往,テオドールの経口投与・上気道炎による発熱などの個別事情からすると,投与量を控えるべきで.その点で慎重さを欠いている.「慎重投与」と言えない.
血中濃度測定が望ましいのに,それができないのであるから.投与しないもしくは投与量を控えるべきである.「望ましい」措置をとっていない.

なお,平成20年度厚生科学研究「医療用医薬品の添付文書の在り方及び記載要領に関する研究」におけるアンケート調査で,添付文書が重視されていることが確認されている.


≪医療側の弁護士からの説明・発言≫

医療側の弁護士から,次の意見が述べられました.

①添付文書違反は過失を推定する(最高裁平成8年1月23日判決).
②医師には,医薬品最新情報調査義務がある(最高裁平14年11月8日判決).添付文書は免罪符にならない.最新情報調査義務は,添付文書に従わない医師の裁量合理性を裏付ける.
③添付文書よりガイドライン優先(高松高裁平成17年5月17日判決)

本件は,投与量5.2mg/kgは形式的には添付文書上の用量(3~4mg/kg)を超えるが,添付文書に「年齢,症状に応じて,適宜増減する」とあり,絶対的上限量とは言えない,5.2mg/kgは医師の合理的裁量の範囲内ではないか.

血中濃度測定をしていない≠慎重投与違反ではない.
本件は1時間かけて点滴静注している,成人の場合,5~10分で緩徐とされているのに比べれば,6~12倍となる1時間もの時間をかけ,しかも点滴静注という投与経路によっており,より慎重な投与と評価できる.

最高裁平14年11月8日判決によれば,医師には医薬品最新情報調査義務があり,添付文書以外の当該医薬品についての専門情報の調査が必要であり.調査結果により,添付文書違反の投薬に合理的裁量の可能性が生じる,当時のガイドラインの検討は必要.

前日にテオドールドライシロップ(徐放薬~成分が徐々に放出されるように工夫された薬)を処方した点については,その後に実際に内服したかは不明なことから.仮に内服なければ問題ない,内服している場合は4時間以内か否かは問題となり得る.


≪討議≫

討議では,おおよそ,次のような議論がなされました.

1 添付文書の記載と過失(注意義務違反)

添付文書の記載は,過失(注意義務違反)を推定します.ただ,あくまでも推定ですので,合理的な理由があれば,推定はつくがえります.患者側弁護士,医療側弁護士ともに,この点を強調しました.
なお,臨床現場では,添付文書を重視していない,という意見もありましたが,患者側弁護士は,厚生科学研究のアンケート調査では重視しているという報告がでていることを指摘していました.

2 添付文書と因果関係

因果関係は,第3回のテーマで,今回は,因果関係にふれないはずだったのですが,因果関係にも話は及びました.
「添付文書は,合理的な根拠.目的に基づき,危険と考えられることを類型化して記載し,そのような類型のことはしないようにと注意している,安全のために必要と考えられることを類型化して記載し,そのような類型のことを行うように推奨している,添付文書は,合理的根拠・目的に基づき記載されているので,テオフィリン関連痙攣を避けようとする目的で添付文書に記載された注意事項に違反した場合,添付文書違反の行為とテオフィリン関連痙攣との相当因果関係が推定される」という趣旨の意見がありました.これに反対の意見はありませんでした.

たとえて言えば,酒気帯び運転が禁止されているのは事故の原因になるからで,酒気帯び運転中に事故が起きたときは,当然酒気帯び運転と事故との間に相当因果関係がある,とみられているのと同じでしょう.
酒気帯び運転中に事故が起きたとき,酒気帯びていなくても事故は起こったかもしれない,酒気帯び運転のため発見が遅れたのか,判断が遅れたのか,ブレーキを踏む動作が遅れたのか,過失が特定されていない,機序が証明されていない,などという主張がおかしいように,テオフィリン投与中におきた痙攣,急性脳症は,テオフィリンの投与に原因があるとみてよいでしょう.

テオフィリンだけが痙攣の原因ではない,という意見もありましたが.テオフィリンが痙攣を誘発,悪化させた面があることは否定できない,という意見が大勢でした.

3 ガイドライン

医師には,薬剤を安全に使用するため,最新の知見(医学・薬学知識)を調査する義務があります(最新情報調査義務).学会の議論,ガイドラインも,医師の最新情報調査義務の対象となります.ガイドラインは,ある日突然に出来るというものではなく.学会,医師のコンセンサス(合意)を得て,ガイドラインが設けられます.添付文書の改訂がガイドラインに遅れているときは,医師は委託品最新情報調査義務により.ガイドラインを知り最新の知見に基づいて診療することになります.その結果,添付文書と異なった診療を行うことになっても,合理的な理由があることになる,という意見は,会場の一致した見解のようでした.

なお,司会の医師によると,ことテオフィリンに関しては,ガイドライン,添付文書の改訂に先立って,いろいろ議論がなされ,小児科の医師は改訂前に最新知見を知っているという状況だったとのことでした.

4 添付文書の「慎重投与」の内容

慎重投与は,慎重に投与する,という意味で,具体的な内容はそのケースによって異なるので,議論がありました.
投与量を減らす,というのも1つの方法です.
ただ,テオフィリン関連痙攣は,治療域でもおきますので,投与量を控えめにすれば回避できるというものではありません.
医師からは,投与量を減らすという対応には限界があり,痙攣治療の方で対応する.リスクのある乳幼児にテオフィリンを投与する以上は.テオフィリン関連痙攣の可能性を具体的に予見できるので,テオフィリン関連痙攣に備えることが必要,という意見がありました.
テオフィリンを使用する以上は,すみやかに適切な痙攣治療ができることが求められている.というのは,会場の一致した意見のようでした.

長文を最後までお読みいただき,ありがとうございます.


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by medical-law | 2010-11-03 12:03 | 医療