九州大学病院別府先進医療センター医療事故調査報告書

九州大学病院別府先進医療センターで,平成22年 5月、70 歳代の患者に抗がん剤を過量投与し死亡する,という医療事故が発生しました。同センターは,外部委員 2名を含む 8名の委員による医療事故調査委員会が設置され,原因分析,再発防止策等の検討を行ってきた結果を「九州大学病院別府先進医療センター医療事故調査報告書」として,12月14日,公表しました.
◆ 事故の概要
「主治医が意図していたものとは異なるレジメン1を参照して抗がん剤を処方した.3 週間の休薬期間が必要な投与量が,2 週間続けて投与されたために過量投与となり,患者は抗がん剤投与開始50 日後に多臓器不全で死亡するに至った.過量投与の程度をレジメンで計算すると,2 週間でシスプラチンが1.9 倍,フルオロウラシルが2.5 倍となる.」(事故調査報告書要旨)
◆ 事故の原因
「今回の事故は,主治医がレジメンを間違えて処方箋を発行したことが契機となって発生した.さらに,抗がん剤の薬剤室からの出庫ならびに患者への投与の際に,薬剤師・看護師・他の外科医師も過量投与の処方となっていることに気付くことが出来なかった.この一連の過程には,①抗がん剤処方段階でのダブルチェックの体制がなかったこと,②入院で用いられるレジメンが各職種間で共有されていなかったためにどのレジメンが意図されていたのかを薬剤師・看護師・他の外科医師が把握できなかったこと,③1 週間単位の処方箋によって出庫・投与時の確認が行われていたために投与期間に関するチェック体制が不十分であったこと,が関与していると判断された.①には,教授・准教授が二人とも空席であったという外科診療の体制が,影響を及ぼした可能性も考えられた.
また,処方された補液量が少なかったために,シスプラチンによる腎機能障害が強く表われたものと判断された.シスプラチン投与時には十分な補液が必要であることを誰も指摘できなかったことは,治療方針決定に関する外科診療体制が不十分であったこと,ならびに抗がん剤投与に関する院内教育が不足していたことに起因すると考えられた.」(事故調査報告書要旨)
◆ 実施済みの再発防止策
入院レジメンの審査と審査済みレジメン以外の使用禁止,治療方針の診療科としての決定と関係者間での共有,抗がん剤投与手順の改善(1.プレプリンテッド処方箋の運用 2.処方箋発行時の医師によるダブルチェック 3.投与スケジュールの月単位での確認)は,既に実施された再発防止策でした.
しかし,事故調査委員会は,それだけでは不充分であるとして,次の提言がなさられました.
◆ 提言
「4-1.医療安全管理体制
医療安全管理マニュアルの更新を定期的に行うとともに,中途採用職員にも配慮した医療安全研修の充実を図るべきである.その中で,「指差し呼称」などによる安全確認の順守も図る.
4-2.抗がん剤治療における安全管理体制
4-2-1.クリニカルパスの導入
抗がん剤投与スケジュール表は既に運用が始められているが,将来的には化学療法をクリニカルパスで運用することも検討すべきである.パスには,スケジュール表として利用できるだけではなく,医療の標準化を進めることが出来るという利点もある.
4-2-2.オーダリングシステムならびに電子カルテの導入
費用ならびに時間を要するが,電子化についても検討する必要がある.電子カルテの導入により,病歴・病状に関する情報,治療計画や患者・家族への説明内容など,全ての患者情報を全部署で共有することが可能となるとともに,処方や指示文書内容を誤判読する危険性が軽減され,安全性が増すことが期待される.
4-2-3.抗がん剤治療に関する教育の徹底
センター全体の抗がん剤治療の安全性向上を図るためには,教育を徹底する必要がある.
4-2-4.研修会の開催と再発防止策の実施状況に関する検証
改善策を周知するための研修会の開催は不可欠である.改善策の実施状況に関する検証も怠ってはならない.センターとして一定の期限を設けて検証を行うことを表明するとともに,検証結果を受けてさらなる改善に取り組むべきである.」(事故調査報告書要旨)
◆ 事故調査の意義
事故調査報告書は,「今回の事故は,ともすれば個人の単純な間違いによって起きた事故であるかのように受け止められやすいが,さまざまな問題が複雑に重なりあって起きた事故と判断された.」としています.
つまり,事故調査が行われなければ,医師個人の問題として片付けられ,通り一遍の再発防止で終わり,このような再発防止のための実効的具体的な提言もなかった可能性が高いのです.
事故の真相を究明し,事故原因を分析し,再発を防止するためには,まず事故調査が不可欠です.適正な事故調査は,被害救済にも役立ち.医事紛争を防止,解決することができます.
(1)重大な医療事故が発生した場合,または(2)患者側から要望があった場合に,事故調査委員会を設置し事故調査を行うべきでしょう.医療法施行規則11条4号,同11条2号の解釈から,事故調査義務を肯定することができると考えられます.
しかし,実情は,本件のような事故調査が,各医療機関で充分行われてきたとは言い難い状況です.公表され,web上で見ることのできる主要な事故調査報告書は,谷直樹法律事務所のホームページの「医療事故調査報告書集」からリンクを張っていますが,その数は多いとは言えません.
事故調査の普及が必要です.(1)重大な医療事故が発生した場合,または(2)患者側から要望があった場合に,事故調査委員会を設置し事故調査が行われるようにしなければなりません.
そのために,医療事故調査が紛争防止,紛争解決のために有用なツールであることを啓発すると同時に,医療法施行規則に医療事故調査委員会設置,医療事故調査を明記し正面から位置づけることも検討すべき時期にきているのではないでしょうか.
谷
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