平成23年2月23日~25日の医療事件の判決

最近の医療事故,医療過誤等の医療事件の判決を,報道に基づき要約しご紹介します.
なお,限られた字数の報道のため,注意義務違反の内容,根拠は詳細に記載されていないことが多いので,(全てではありませんが)下級審判決についてはしばらくして最高裁ホームページ,判例雑誌に判決文全文が掲載されますので,そちらで詳細を確認してください.
◆ 最高裁平成23年2月25日判決(期待権訴訟逆転敗訴)
昭和63年左足を骨折し山口県内の病院で手術を受けた患者が,左足の腫れを訴えて平成9年,平成12年,平成13年に再受診したが執刀医師は深部静脈血栓症を疑わず治療を行わず,後遺症が残った事案です.
平成9年の時点では既に適切な治療法はなく,また下肢の手術に伴い深部静脈血栓症を発症する頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されるようになったのは平成13年以降です.
広島高裁は,平成9年の時点で専門医に紹介するなどの義務を怠り,患者は,これにより,約3年間,その症状の原因が分からないまま,その時点においてなし得る治療や指導を受けられない状況に置かれ,精神的損害を被ったということができるから,その当時の医療水準にかなった適切かつ真摯な医療行為を受ける期待権が侵害されたとし,300万円の賠償責任を認めていました.
最高裁第2小法廷判決は,「期待権の侵害を理由とした患者への賠償責任は、医療行為が著しく不適切だった場合に限って検討されるべき」,「医師はレントゲン検査を行っており、著しく不適切だったとは言えない」とし,広島高裁判決を破棄し請求を棄却しました.
判決文は以下のとおりです.
「被上告人は,本件手術後の入院時及び同手術時に装着されたボルトの抜釘のための再入院までの間の通院時に,上告人Y2に左足の腫れを訴えることがあったとはいうものの,上記ボルトの抜釘後は,本件手術後約9年を経過した平成9年10月22日に上告人病院に赴き,上告人Y2の診察を受けるまで,左足の腫れを訴えることはなく,その後も,平成12年2月以後及び平成13年1月4日に上告人病院で診察を受けた際,上告人Y2に,左足の腫れや皮膚のあざ様の変色を訴えたにとどまっている。これに対し,上告人Y2は,上記の各診察時において,レントゲン検査等を行い,皮膚科での受診を勧めるなどしており,上記各診察の当時,下肢の手術に伴う深部静脈血栓症の発症の頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されていたわけでもない。そうすると,上告人Y2が,被上告人の左足の腫れ等の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らず,専門医に紹介するなどしなかったとしても,上告人Y2の上記医療行為が著しく不適切なものであったということができないことは明らかである。患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは,当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ,本件は,そのような事案とはいえない。したがって,上告人らについて上記不法行為責任の有無を検討する余地はなく,上告人らは,被上告人に対し,不法行為責任を負わないというべきである。」
この判決は,過失ないし因果関係で請求を棄却できる事案にもかかわらず,敢えて期待権に踏み込んだ判示を行ったところに意義があります.
「期待権」を治療の機会喪失と読み替える必要がありますが,真摯かつ誠実な医療を尽くすべき義務を認めたものと考えられます.
相当程度の可能性が立証されない場合でも,一定の要件で損害賠償責任が発生する余地を認めた判例と積極的に評価すべきでしょう.
「適切な治療受ける「期待権」訴訟、原告逆転敗訴」(読売新聞)ご参照
◆ 大津地裁平成23年2月25日判決(手術の残遺物)
守山市の病院で平成10年3月腹部の化膿部分を取り除く手術を受けた女性が「ペンローズドレーン」(シリコン製の長さ約10センチの管)を体内に残され,2006年に別の病院のレントゲン検査で発見,摘出手術を受けた事案です.
大津地裁判決は,「基本的な注意義務を怠った病院の過失は重大だが、女性が主張するほどの痛みが続いたとは認められない」とし,約85万円の損害賠償義務を認めるにとどまりました.
「賠償命令:市民病院医療ミスで守山市に--地裁判決 /滋賀」(毎日新聞)ご参照
◆ 神戸地裁姫路支部平成23年2月25日判決(患者虐待)
兵庫県の病院の元看護師が,平成20年12月~平成21年1月,入院中の男女6人(70~90代)の胸を手で強く押して肋骨を折る重傷を負わせたほか,男性の入院患者(当時80)の右目をボールペンの先で突くなどして1週間のけがを負わせたとして起訴された事案です.
神戸地裁姫路支部は,「仕事のいら立ちを患者にぶつけ解消しようとした」「痛みを申告できない人を狙うなど残忍で衝撃的な犯行。社会に与えた影響も大きい」として,懲役10年を言い渡しました.
「兵庫の元看護師に懲役10年 高齢患者への傷害で判決」(共同通信)ご参照
◆ 大阪地裁平成23年2月25日判決(イレッサ薬害大阪訴訟)
イレッサ投与後に間質性肺炎で死亡した3名の遺族と,死の危険に曝された1名が,国と製薬会社に損害賠償を求めた裁判です.
大阪地裁判決は,平成14年7月の輸入承認当時,製造物責任法上のいわゆる指示・警告上の欠陥があったと認められるとし2名の遺族と生存原告に対する製薬会社の責任を認め,他方,国賠法上の違法を認めることはできないとして国の賠償責任を認めませんでした.
◆ 東京高裁平成23年2月24日判決(腸管を傷付けた医師を特定できず)
茨城県の病院で腹腔鏡手術を受けた患者の腸管に穴が開き,腹膜炎を発症し重度の排便障害が残った事案です.患者は平成12年6月に提訴しましたが,平成18年に病院前で焼身自殺しました.
東京高裁判決は,手術ミスを認め,逸失利益を見直すなどして1520万円の賠償義務を認めました.医師3人のうち誰が傷つけたかは特定できず,医師個人の責任は認められませんでした.
判決後,遺族は「事故の真相を知りたくて裁判を起こしたが、どこからも出てこなかった。上告はせずに、中立の立場で医療事故の原因究明をし、再発の防止に役立てる組織作りに向け活動したい」と話したそうです.
「ガン医療事故手術ミス認定 賠償増額 控訴審判決 医師個人の責任認めず」(読売新聞)ご参照
◆ 熊本地裁平成23年2月23日判決(血清ナトリウム濃度の低下)
氷川町の病院で,平成17年11月,肺に異常があったことから検査入院した85歳の男性患者の血清ナトリウムの濃度が低下しましたが,医師が食塩水を輸液するなどの適切な治療を実施せず,同年12月に意識を失うなど急変し,平成18年2月に転院先の病院で死亡した事案です.
熊本地裁判決は,約1500万円の賠償義務を認めました.
「氷川の医療過誤訴訟:1500万円支払い命じる--地裁判決 /熊本」(毎日新聞)ご参照
◆ 広島地裁平成23年2月23日判決(扁桃摘出手術直後の大量出血)
広島県の病院で,平成19年2月,扁桃肥大と睡眠時無呼吸症候群の治療のため扁桃摘出手術を受けた女性患者が,直後に大量出血を起こし,担当医は女性に全身麻酔薬と筋弛緩薬を投入し再挿管による呼吸の確保を図りましたが,出血で視野が得られず,窒息による低酸素脳症のため障害が残った事案です.
広島地裁判決は,「全身麻酔を導入すれば患者の嚥下機能が消失し、気道閉塞の危険を高めることが容易に想像できる」「自発呼吸を温存し意識がある状態で、麻酔導入を試みるべきだった」と約8660万円の賠償義務を認めました.
「損賠訴訟:労災病院過失に賠償命令 術後脳障害、呉の女性側に8660万円 /広島」(毎日新聞)ご参照
更新の励みになりますので下記バナーのクリックをお願いします.
↓

にほんブログ村
谷直樹