平成24年4月2日最高裁判決,老齢加算廃止違憲訴訟で,唯一の原告側勝訴だった福岡高裁判決を破棄差し戻し
平成24年4月2日最高裁(第二小法廷)判決は,死亡被上告人については,訴訟終了を宣言し,残りの生存被上告人の請求については,原判決を破棄し,福岡高等裁判所に差し戻しました.
谷直樹
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本件は,北九州市内に居住して生活保護法に基づく生活扶助の支給を受けていた被上告人らが,同法の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた「生活保護法による保護の基準」(昭和38年厚生省告示第158号。以下「保護基準」という。)の数次の改定により,原則として70歳以上の者を対象とする生活扶助の加算(以下「老齢加算」という。)が段階的に減額されて廃止されたことに基づいて所轄の福祉事務所長らからそれぞれ生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定を受けたため,保護基準の上記改定は憲法25条1項,生活保護法56条等に反する違憲,違法なものであるとして,上告人を相手に,上記各保護変更決定の取消しを求めた事案です.
最高裁の判決理由は,次のとおりです.
「(1) 生活保護法56条は,保護の実施機関が被保護者に対する保護を一旦決定した場合には,当該被保護者について,同法の定める変更の事由が生じ,保護の実施機関が同法の定める変更の手続を正規に執るまでは,その決定された内容の保護の実施を受ける法的地位を保障する趣旨の規定であると解される。
また,同条の規定は,同法において,既に保護の決定を受けた個々の被保護者の権利及び義務について定める第8章の中に置かれている。上記のような同条の規定の趣旨や同法の構成上の位置付けに照らすと,同条にいう正当な理由がある場合とは,既に決定された保護の内容に係る不利益な変更が,同法及びこれに基づく保護基準が定めている変更,停止又は廃止の要件に適合する場合を指すものと解するのが相当である。
したがって,保護基準自体が減額改定されることに基づいて保護の内容が減額決定される本件のような場合については,同条が規律するところではないというべきである。
(2) 生活保護法8条2項によれば,保護基準は,要保護者(生活保護法による保護を必要とする者をいう。)の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであるのみならず,これを超えないものでなければならない。
そうすると,仮に,老齢加算の一部又は全部についてその支給の根拠となっていた高齢者の特別な需要が認められないというのであれば,老齢加算の減額又は廃止をすべきことは,同項の規定に基づく要請であるということができる。
もっとも,同項にいう最低限度の生活は,抽象的かつ相対的な概念であって,その時々における経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであり,これを保護基準において具体化するに当たっては,国の財政事情を含めた多方面にわたる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである(最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。
したがって,保護基準中の老齢加算に係る部分を改定するに際し,最低限度の生活を維持する上で老齢であることに起因する特別な需要が存在するといえるか否かを判断するに当たっては,厚生労働大臣に上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められるものというべきである。
(3) また,老齢加算の全部についてその支給の根拠となる上記の特別な需要が認められない場合であっても,老齢加算は,一定の年齢に達すれば自動的に受給資格が生じ,老齢のため他に生計の資が得られない高齢者への生活扶助の一部として相当期間にわたり支給される性格のものであることに鑑みると,その加算の廃止は,これを含めた生活扶助が支給されることを前提として現に生活設計を立てていた被保護者に関しては,保護基準によって具体化されていたその期待的利益の喪失を来すものであることも否定し得ないところである。
そうすると,上記のような場合においても,厚生労働大臣は,老齢加算の支給を受けていない者との公平や国の財政事情といった見地に基づく加算の廃止の必要性を踏まえつつ,被保護者のこのような期待的利益についても可及的に配慮する必要があるところ,その廃止の具体的な方法等について,激変緩和措置を講ずることなどを含め,上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権を有しているものというべきである。
(4) したがって,本件改定は,① 本件改定の時点において70歳以上の高齢者にはもはや老齢加算に見合う特別な需要が認められないとした厚生労働大臣の判断に上記(2)の見地からの裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある場合,あるいは,② 老齢加算の廃止に際して採るべき激変緩和措置は3年間の段階的な廃止が相当であるとしつつ生活扶助基準の水準の定期的な検証を行うものとした同大臣の判断に上記(3)の見地からの裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある場合に,生活保護法8条2項に違反して違法となり,本件改定に基づく本件各決定も違法となるものというべきである。
そして,老齢加算の減額又は廃止の要否の前提となる最低限度の生活の需要に係る評価が前記(2)のような専門技術的な考察に基づいた政策的判断であることや,老齢加算の支給根拠及びその額等についてはそれまでも各種の統計や専門家の作成した資料等に基づいて高齢者の特別な需要に係る推計や加算対象世帯と一般世帯との消費構造の比較検討等がされてきた経緯等に鑑みると,同大臣の上記①の裁量判断の適否に係る裁判所の審理においては,主として老齢加算の廃止に至る判断の過程及び手続に過誤,欠落があるか否か等の観点から,統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査されるべきものと解される。
また,本件改定が老齢加算を一定期間内に廃止するという内容のものであることに鑑みると,同大臣の上記②の裁量判断の適否に係る裁判所の審理においては,本件改定に基づく生活扶助額の減額が被保護者の上記のような期待的利益の喪失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼすか否か等の観点から,本件改定の被保護者の生活への影響の程度やそれが上記の激変緩和措置等によって緩和される程度等について上記の統計等の客観的な数値等との合理的関連性等を含めて審査されるべきものと解される。
(5) これに対し,原審は,厚生労働大臣が専門委員会の中間取りまとめの意見を踏まえた検討をしていないというが,そもそも専門委員会の意見は,厚生労働大臣の判断を法的に拘束するものではなく,また,社会保障審議会(福祉部会)の正式の見解として集約されたものでもなく,その意見は保護基準の改定に当たっての考慮要素として位置付けられるべきものである。
また,平成15年12月に公表された専門委員会の中間取りまとめは,前記3(5)のとおり,老齢加算に見合う高齢者の特別な需要は認められないとして老齢加算の廃止を是認しつつ(同ア),その社会生活に必要な費用への配慮の在り方について引き続き検討すべきこと(同イ)及び激変緩和措置を講ずべきこと(同ウ)を述べたものであって,前記事実関係等によれば,平成16年度以降に本件改定が3年間にわたる段階的な減額を経て加算を廃止する形で行われたのは上記ウの意見に沿ったものであり,本件改定後も生活扶助基準の水準につき厚生労働省による定期的な検証が引き続き行われているのも上記イの意見を踏まえたものであって,上記アの意見に沿って老齢加算の廃止を行った本件改定は,中間取りまとめの意見を踏まえた検討を経ていないものということはできず,全体としてその意見の趣旨と一致しないものであったとも解し難い。
6 これと異なる見解に立って,本件改定を行った厚生労働大臣の判断の適否に関し,上記5(4)の各観点について何ら審理を尽くすことなく,本件改定が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用によるものとして違法であるとし,これに基づく本件各決定も違法であるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中別紙被上告人目録1記載の被上告人らの請求に関する部分は破棄を免れない。そこで,上記の点について更に審理を尽くさせるため,原判決中同部分を原審に差し戻すのが相当である。」
平成24年2月28日最高裁(第三小法廷)判決が,東京都内在住の70歳以上の生活保護利用者が,その居住する自治体に対し,生活保護の老齢加算廃止を内容とする保護変更決定処分の取消しを求めた訴訟において,上告を棄却し,原審どおり請求を棄却していますので,本件訴訟の帰趨も予測されてはいましたが,大変厳しい内容です.
裁判所に求められているのは,権利(この場合は生存権)の確認と権利侵害の事実ですが,裁判所がこのように行政裁量を逸脱しない限り合憲という判断を下すと,行政にげたを預けたことになり,実質的に行政を追認する結果になると思います.
厳しいとは思いますが,それでも再戻審の判断に一縷の望みを託したいです.
ちなみに,今回の判決は,裁判長裁判官千葉勝美氏,裁判官古田佑紀氏,同竹内行夫氏,同須藤正彦氏によって下されました.
谷直樹
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