弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

日弁連,滋賀県大津市の公立中学2年生の自殺事件に関する会長声明

日本弁護士連合会(日弁連)は,2012年7月20日,以下の「滋賀県大津市の公立中学2年生の自殺事件に関する会長声明」を発表しました.

「2011年10月、滋賀県大津市の公立中学校2年生の男子生徒が自殺した事件及びそれを巡る社会の反応は、子どもの人権が守られない我が国社会の実情を露呈している。

1986年に発生した東京中野富士見中学校のいじめ自殺事件以来、いじめによる深刻な人権侵害の克服が社会問題として焦眉の課題となってきたにもかかわらず、未だ有効な対策がとられていないことを示していると言わなければならない。

第一は、子どもたちのSOSに対して教師を始めとする学校関係者が耳を傾けなかった問題である。

報道によれば、男子生徒が継続的にいじめを受けていたことを多くの生徒が知り、教師に対応を求めていた生徒や、さらには、いじめに当たるような事実を認識していた教師がいたにもかかわらず、中学校は、いじめとは判断しなかったとされている。
文部科学省は、2009年3月に『教師が知っておきたい子どもの自殺予防』と題する冊子を発表し、子どものSOSを的確に捉えること、校内対策チームによる適切なアセスメントや医師等の専門家との連携をとることなどを求めてきていたが、今回の事態は、文部科学省の指針が徹底されていなかっただけではなく、これらの対策の前提ともなる学校関係者の子どもの声に耳を傾ける姿勢、さらにいじめを発見し止めさせる体制に大きな問題があったことを示している。

第二は、自殺が起きた後の中学校と教育委員会の調査の体制・方法に問題があったことである。

文部科学省は、2011年3月に「平成22年度児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議審議のまとめ」を発表し、正確な自殺の実態把握のための報告書統一フォーマットを提案し、また、自殺が起きた場合に中立的な立場の専門家を交えた調査委員会を設置して調査を行う指針を示し、2011年6月1日、「児童生徒の自殺が起きたときの背景調査のあり方について(通知)」を都道府県教育委員会等に発している。

ところが、報道によれば、中学校は、自殺の後、比較的短期間に2回にわたる全校生徒を対象とするアンケート調査を行い、いじめが存在しそれが男子生徒の自殺につながったことを示唆する複数の事実を把握していた。それを受けた大津市は、2011年11月、アンケート結果をもとに「複数の生徒のいじめがあった」と発表したものの、部内での検討のみで、自殺との因果関係については確認できないとしていた。
専門家を交えた調査委員会は、本年7月になるまで設置されておらず、文部科学省の提案・指針が学校や教育委員会に徹底されていないことを示している。

第三は、学校や教育委員会の対応のまずさが加害者とされている生徒に対する社会の過剰なバッシングを引き起こし、加害者とされている生徒の人権が侵害される事態が起きていることである。

生徒とその家族の実名や顔写真の公表をはじめとして生徒とその家族に対するバッシングは日を追うごとに激しさを増し、少年の健全な成長はおろかその生活の基盤そのものをも奪いつつある。

このような事態は少年の健全育成を目的とする少年法1条、そしてこの目的に基づき少年の更生・社会復帰を阻害することになる実名報道を禁止している少年法61条の精神に反するものである。
また、罪を犯したとされる子どもに対する手続の全ての段階における子どものプライバシーの尊重を保障した子どもの権利条約40条2項や、少年のプライバシーの権利はあらゆる段階で尊重されなければならず、原則として少年の特定に結びつき得るいかなる情報も公表してはならないとしている少年司法運営に関する国連最低基準規則(いわゆる北京ルールズ)8条にも抵触する事態が発生している。

第四に、教育現場におけるいじめに対する社会全体の理解の問題がある。

そもそも、文部科学省が指摘しているように、教育の現場におけるいじめは、子ども同志の葛藤、軋轢などを背景にして、いつでもどの子どもにも起き得る現象である。
これに加えて、国連子どもの権利委員会が指摘する我が国の競争主義的教育環境によるストレスの増大等の要因が加わり、いじめが深刻化していくのである。
いじめている子どもたちを加害者として責任追及するだけではなく、周囲の大人が子どもたちのSOSを見逃さず、早期発見と早期対策をとり、それを克服する道筋を見出す努力をすることこそが求められている。

そのためには、我が国が批准している国連子どもの権利条約の精神に立ち返る必要がある。

以上のような問題点があることを踏まえ、当連合会は関係者及び関係機関に対し、早急に適切な対策を講ずるよう求める。

当連合会は、従前より子どもの権利委員会を設けて、子どもの人権の救済と援助活動を行ってきた者として、いじめ自殺が未だ発生してしまう現状を心から憂うとともに、子どもの相談窓口の全国設置、強化などのこれまでの取組に加えて、子どもの権利に関する包括的な法律(子どもの権利基本法)の制定、子どもの権利の救済機関の設置などの活動に全力を尽くすことを誓うものである。」


谷直樹

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by medical-law | 2012-07-23 00:25 | 弁護士会