日弁連,「医療等分野における情報の利活用と保護のための環境整備のあり方に関する報告書」に対する意見書
本来,患者のプライバシー権(自己情報コントロール権)の保護を第一義とすべきですが,この報告書は,患者情報を利用・活用する側にたって,情報の利用・活用を容易にしようとするあまり,患者のプライバシー権(自己情報コントロール権)をないがしろにする姿勢がうかがわれ,いささか問題があります.
まず,すべての医療機関に適用される医療分野に特化した個人情報保護法を制定すべきであり,その上で,患者の権利保護を第一義に情報の連携及び利用・活用の必要性との慎重な調整を行うべきでしょう.
日本弁護士連合会(日弁連)は,2012年10月16日付けで,パブリックコメントをを提出しました。
「医療等分野における情報の利活用と保護のための環境整備のあり方に関する報告書」に対する意見書全文は,以下のとおりです.
「1 はじめに
医療に関する個人情報は,極めて高度のプライバシー情報であり,患者のプライバシー権(自己情報コントロール権)等を保護するため,医療情報についての個人情報保護の個別法の制定が求められる。しかし,その策定に当たっては,以下述べる点に十分配慮し,慎重な検討を行うべきである。
2 個別法の必要性
まず,医療に関する個人情報は,極めて高度のプライバシー情報であり,情報主体(患者)による自己情報のコントロールや情報の第三者利用についても一般的な個人情報とは格別の考慮を必要とするものであるから,医療情報についての個人情報保護の個別法の制定が求められる。
現在,民間の医療機関には個人情報保護に関する通則法である個人情報保護法が適用される一方,国立の医療機関には行政機関個人情報保護法,独立行政法人の設置する医療機関には独立行政法人等個人情報保護法が適用され,さらに,自治体立の医療機関には各自治体の個人情報保護条例が適用されている。
また,民間の医療機関でも,取り扱う個人情報の数が5,000件以下の小規模医療機関には個人情報保護法の適用がない。
その結果,患者の自己決定権を保障するために極めて重要な役割を果たす診療記録開示請求権を行使するに当たっても,法的な開示義務の存否,委任を受けた代理人による開示請求の可否,開示が拒否された場合の救済手段等が,医療機関の種類によって区々になるという,患者にとって大変分かりにくい事態が生じている。
また,民間の医療機関の中には,未だに日本医師会「診療情報の提供に関する指針」に従い,委任を受けた代理人からの診療記録開示請求を拒むといった個人情報保護法に反する取扱いを続けている例がある。
このような状況を解消するためにも,患者のプライバシー権(自己情報コントロール権)等の保護のため,全ての医療機関に適用される医療分野に特化した個人情報保護法を制定すべきである。
3 全体的な問題点
まず,報告書は,全体として,情報の利活用に重点が置かれており,患者のプライバシー権(自己情報コントロール権)の侵害の危険性が払拭できない。
そもそも,医療の現場では患者は自分の病気の治療や健康管理のために特定の医療機関を信頼して情報を提供しているという側面を中心に置いて考えるべきであり,患者が,自己の医療情報について「他の専門家と共有されることを歓迎するであろう」(報告書 はじめに)とは一般にはいえない。
また,報告書では,情報の利活用を「患者自身も期待しているものであると考えられる」(報告書Ⅰ.1.(3))との記載もあるが,その主張の根拠は不明である。
報告書は,法に盛り込むべき基本理念(報告書Ⅱ.1)として6項目を挙げており,①医療機関による情報の連携,②医療の向上に資するための利活用に次いで,③として「医療等情報にまつわる患者等の期待の保護」が挙げられているが,医療情報に関する個人情報保護個別法の基本理念としては,患者のプライバシー権(自己情報コントロール権)の保護を第一義とし,その上で,患者の権利保護と,情報の連携及び利活用の必要性との慎重な調整を行うとの考え方をもって臨むべきである。
また,「社会保障分野サブワーキンググループ」及び「医療機関等における個人情報保護の在り方に関する検討会」の構成員は,医療情報を収集・利用する側に偏しており,患者の人権の観点を十分反映できるものになっていない。
4 情報の取得・本人同意のあり方
報告書では,医療情報の取得・本人同意のあり方について,医療サービスを受ける時点で医療情報の活用について本人の同意が得られていると推定できるとして,本人に対して掲示等によりその旨及び情報の管理責任者等を明らかにした上で同意を得た扱いとすることや,一定のルールに従って取り扱えるようにすること,掲示(黙示の同意)や将来活用することの包括同意などが検討されている(報告書Ⅱ.2.(2))。
しかし,医療情報の保護の必要性の高さに鑑みれば,上記方法での情報取得・本人同意には,患者のプライバシー権(自己情報コントロール権)等を侵害するおそれが払拭できない。
5 医療分野の情報化の意義について
(1) データに基づく医療費分析の問題点
報告書は,医療分野の情報化の意義として,高齢化による医療費の増加への対策を挙げている(報告書Ⅰ.1(2))。
しかし,データに基づく医療費分析を持ち出すことは,個々の患者について医療費を削減することを意図し,又はそのような結果を招くものと思われる。
このような制度は,患者が真に必要とする医療が受けられなくなる(患者の医療を受ける権利を侵害する)危険性を孕むものであるから,その導入には慎重な検討が必要である。高齢者医療として適切かどうかは,まず,当該医療機関の高齢者医療全般,更には日本の高齢者医療全体の観点から検討すべき問題である。
(2) データ収集による医療の質の向上
また,報告書は,医療分野の情報化の意義として,医学・医術の進歩,医療イノベーションの促進によるデータの活用を挙げている(報告書Ⅰ.1(2))。
しかし,これまでも医学・医術の進歩,医療イノベーションの促進を目的として,厚生労働省の主導の下に,医療機関,研究機関を対象とする難病,先進治療の研究が行われ,患者情報が収集されている。データ収集による医療の質の向上を目的とするのであれば,これまで行われてきた患者情報収集により、どの範囲でどのような情報を収集し,どのような成果があったのかを明らかにすべきであり,その上で,真に必要な情報が何であるかを限定する必要がある。
6 情報連携基盤の必要性について
報告書は,医療情報の医学の向上のための活用は患者も期待しており,公益目的のために必要な範囲で医用分野における情報連携基盤は必要であるとする(報告書Ⅰ.1.(3))。
しかし,報告書がどのような場面での共有を想定しているのかは明確ではなく,抽象的な「患者の期待」や「公益目的」が過度に強調されると,行きすぎた共有化によってかえって患者の権利・利益を害する事態を招くことが懸念される。
7 医療情報の利活用の目的について
報告書では,医療情報等の法制措置及び情報連携基盤において事務の効率化,医療の質の向上等期待される効果の例を列挙し,これらの効果の実現に資するような情報の取得,保管,利活用に関するルールが必要であると述べる(報告書Ⅱ.2(1))。
しかし,期待される効果として列挙されている事項は,地域医療,先進治療,診療・介護報酬等,極めて多方面に渡っており,何を目的として情報連携基盤を制度設計しようとしているのか全く明確ではない。
そのため,報告書では,健診情報,診療記録,レセプトデータ等,膨大な医療情報の中で,どの範囲でどの内容の情報を取得し,保管し,利活用するかに関する基本的な方針すら明らかにできていない。これでは情報の取扱いについて厳格に規律することは望むべくもない。
8 「医療等ID」の前提と連携の切断
報告書は,医療分野の情報化の環境整備のために本人情報識別のための番号として「医療等ID」の導入を検討している(報告書Ⅰ.1(4))。
しかし,報告書自身が指摘しているとおり(報告書Ⅰ.1(5)①),医療分野の個人情報保護法の必要性は「医療等ID」とは無関係に指摘されてきたものであり,医療分野の個人情報保護法は,「医療等ID」とは切り離して立法化がなされなければならない。
また,万が一,「医療等ID」情報が漏えいした場合には,連携を切ることで被害を抑えることが可能であるとしているが,これは当該情報に限ったことではなく,患者の医療情報の漏えいについても同様の対応が必要である。
しかし,そうした場合,一部の患者の情報の流出が発生したときに他の患者の情報の連携も切断するのか,そのことによる支障をどう考えるのか,どのような条件の下で接続を復旧させるのか,再接続を拒否する患者についてどうするのかなど,多くの困難な問題があり,慎重に検討する必要がある。
なお,「医療等ID」の導入と合わせて,第三者機関の設立を検討しているが,それとは別個の課題として,実効的で独立性の高い第三者機関の設立を検討すべきである。
9 結語
以上のように医療分野の個人情報保護に関する報告書には多くの問題点があり,制度設計には十分,慎重な検討が必要である。
なお,本意見書はパブリック・コメントの期限との関係で必要最小限度の意見に留めているが,当連合会としては,医療情報の保護法制に関する今後の制度設計について検討を進め,必要に応じて意見を述べていく所存である。」
谷直樹
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