寺田逸郎最高裁判所長官の談話
「3日の憲法記念日を前に最高裁判所の寺田逸郎長官が会見し、憲法に関する議論について、「国民的な議論に委ねるべき課題だ」と述べました。
寺田長官は会見で、憲法改正についてや集団的自衛権を巡る憲法解釈が議論となっていることについて、「憲法は国の最高法規であり、国民的な議論に委ねるべき課題だと考えている」と述べました。
そのうえで「裁判所が具体的な裁判を離れて憲法について申し上げることは控えたい」と話し、内容については言及しませんでした。また、今月でスタートから5年となる裁判員制度については、「おおむね順調に運営され、少しずつ定着してきている。参加した人の多くは『よい経験だった』という感想を述べていて、今後も国民への働きかけを積極的に行っていきたい」と話しました。」
憲法81条は、「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と規定しています.
憲法解釈は、裁判所とくに最高裁判所の権限であり責務です.
つまり、集団的自衛権を根拠とする一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所が、最高裁判所なのです.
長官たる者が、違憲審査を投げ出し、国民的議論に委ねると述べ、あからさまに司法消極主義を公言してよいのでしょうか.
寺田長官の「憲法は国の最高法規であり」という発言は、憲法98条1項の「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」という規定をさしています.
国民の多数派の意見を反映した国会が制定した法律より、憲法のほうが上位の規範なのです.
日本国憲法は、国の最高法規であって、その条規(9条)に反する(あるいは反しない)、集団的自衛権を根拠とする法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない(あるいは効力を有する)、と解釈するべきでしょう.最高裁判所が憲法解釈を回避することは、一見中立のようにみえるかもしれませんが、結果的に権利侵害に対する救済を拒むことになりますので、中立とはいえません.
「憲法は国の最高法規であり、国民的な議論に委ねるべき課題」という考えは、日本国憲法の趣旨に反する筋違いのものではないでしょうか.
寺田長官は、1981年から2007年まで法務省に出向していて(1985年から1988年まで駐オランダ大使館一等書記官でしたが)、裁判実務の経験に乏しいことが、このような問題発言になったのかもしれません.
弁護士 谷直樹
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