平成27年度高裁長官,地裁所長及び家裁所長会同における最高裁判所長官挨拶
今年の会同における最高裁判所長官挨拶は,以下のとおりでした.
「司法制度改革に向けた構想のための議論がスタートしてから15年, 関連法制の整備が完了してから10 年が経過しました。
裁判所の扱う様々な事件の分野に新たな制度が導入され,この間,運用上の工夫が積み重ねられてきています。民事手続においては,新たに設けられた労働審判がその利用度と成果において高い評価を得ており,目に見える形での効率的紛争解決のモデルとしての位置を築きつつあります。
専門的な事件への対応強化という面においては,専門委員制度の導入などにより適正な解決が迅速に図られるようになっていますし,設立10 年を迎え,国際的な評価を高めつつある知的財産高等裁判所の活動により,知的財産に関する紛争を解決する機能は,格段にレベルアップしたと評されています。
また,刑事手続においては, 戦後における最大の変革といわれた裁判員裁判が導入され,国民の高い意識と誠実な姿勢に支えられて, 刑事手続の標準として定着しつつあります。
このように, より身近で, 頼りがいのある司法を築くことを目指して進められてきた裁判所における諸施策は,着実な成果を挙げつつあり,この間,共に理念の実現を目指してきた裁判現場の皆さんの努力は全体として評価されて然るべきでしょう。
ただ,訴訟のスピードアップにおいては,ここ数年,国民の期待どおりの動きに至らない停滞が見られることも否定できません。加えて,社会経済のさらなる変化を受けて,裁判所の判断が社会経済や国民生活に大きく影響を及ぼす事件など判断が難しい事件が増加傾向にある中で,裁判所が,その使命を十分に果たし,社会の期待に的確に応えていくためには,各裁判体において,事案の実相を捉らえ,事実上及び法律上の争点について多角的な分析を深めた質の高い判断を行って,幅広く納得が得られる解決を示すことができるよう,一層強い問題意識を持った取組が求められています。
そして,これを支える司法行政部門においては,裁判所内の情報伝達や情報共有を有効に機能させ,組織全体として,必要な情報を共有した上で,裁判部門の実情や裁判部門が日々直面している課題を的確に把握し, その環境整備を行っていくことが必要不可欠です。各所長は,裁判部門のいわば中核を構成する「部」の裁判官と日常的にコミュニケーションをとり,実情の把握や課題の発見に努める必要がありますし,各「部」においては, 部総括が,「部」全体の実情や直面している課題を把握し,司法行政部門に伝えていくよう図っていく必要があります。
本庁と支部の関係についても同様であり,支部の実情や直面する課題が,本庁を始めとする裁判所組織全体に共有され, 適切な対応をとれる態勢になっているかどうか目配りを欠かしてはなりません。
各裁判部門の実情をみると,民事の分野では,近時,利害関係が錯綜する事件や対立が根深く解決が困難な事件が増え,裁判所の事実認定や法律解釈において,より説得力のある判断が求められているといえるでしょう。
他方,現行民事訴訟法が施行されてから20 年近くが経過する中で,より良い手続運用を目指そうとする気運が薄れてはいないか省みることも忘れてはなりません。
各庁において,合議体による事件処理の充実や口頭による議論の活性化を始めとする争点中心型審理の再構築に向けた取組が進められていますが,その際には,利用者である国民の視点に立って,民事裁判の在るべき姿について高い問題意識を持つことがまず重要です。
その上で,民事裁判の実情や課題を多角的に分析・検討し,その結果を活かして,適正迅速な紛争解決の実現という裁判本来の役割を改めて見つめ直すとともに,時代の趨勢を見据えた運用改善に努めていく必要があります。
家事の分野では, 家族の在りようの多様化と少子高齢化の進展とが相まって, 成年後見関係事件が急激に増加し,子の奪い合いを背景とする親権者変更事件や面会交流事件が増加するなど, 解決困難な事件の増加をもたらしています。権利意識の高まりにより,家族間の問題であっても,手続の透明性と権利義務の明確化を求める事件が増えているとみることもできるでしょう。裁判官を始めとする家事事件を担当する職員は,このような家事事件をめぐる状況の変化を踏まえ, 常に実情に即した問題意識を持ち,新しい発想と創意工夫を持って, 実務の運営の改善に取り組んでいかなければなりません。
今後とも,各庁において,後見監督についての運営改善や,家事事件手続法の趣旨に則った家事調停の運営改善の努力を,組織的な取組として継続発展させていくとともに,家事審判事件一般や人事訴訟事件についても,実情を適切に把握し,新たな発想による運営改善の努力をしていくことが必要です。
刑事の分野では,施行から7年目を迎えた裁判員制度の運営に係る取組について,自白事件を中心として,争点整理のあり方について議論が進み,分かりやすい公判審理を目指した動きが広がるなど,一定の成果が認められます。
しかし,争点に絞った証拠調べが十分実践できていない事例も未だ多く見られますし,公判前整理手続の長期化や否認事件における争点整理のあり方など,なお検討すべき課題も多く残されています。これらの課題に取り組んでいくためには,今一度,事案に応じた争点及び証拠の整理を経て, 公判で心証が得られる証拠調べを過不足なく行うという刑事裁判本来の姿を再確認する必要があります。その上で,具体的な事案に基づく実証的な検討を重ね,その結果を実務へ還元することを繰り返していくという地道な取組を,裁判所全体で,さらには法曹三者間で,続けていかなければなりません。
裁判所が,直面する諸課題に対応し,適切にその使命を果たしていくためには,裁判官各々の力量を向上させることが極めて重要です。
裁判官には,事件処理に必要な知識や能力を蓄えることはもちろんのこと,広い視野と柔軟な思考力を身に付け,様々な事象に対する洞察力を磨くよう,主体的かつ自律的に,たゆむことなく努力を続けていってほしいのですが,とりわけ組織を支える部総括等を中心に,個々の事件処理にとどまることなく裁判所全体が抱える事件処理を巡る諸課題や組織運営に関する事項への広がりも意識しながら, 職務に当たることを期待します。
そのような力量を備えることを支援するため, 実情をよく把握した上で,研修の充実を含む総合的な取組を続けていく必要があります。
冒頭に述べた司法制度改革は,また,社会に「法の支配」を浸透させる狙いを持った取組とも位置づけられてきました。戦後70年,変化への迅速な対応が求められる今日の社会において「法の支配」の持つ意味は小さくありません。その「法の支配」は,裁判所にとっては,日々の営為を積み重ね,国民の信頼を得ていくことにより現実となっていく理念でもあります。一人一人の職員が国民から期待されている役割を深く自覚し,直面している課題に真摯に向き合いながら, 組織全体として,国民の信頼を得続けていくための努力を重ねていくことこそ,いま求められていることなのです。
各人の着実な,そして積極的な取組を期待して,私の挨拶とします。」
民事裁判の現状と方向性を考えるうえで,つぎの目標は重要と思います.
・「事案の実相を捉らえ,事実上及び法律上の争点について多角的な分析を深めた質の高い判断を行って,幅広く納得が得られる解決を示す」
・「裁判所の事実認定や法律解釈において,より説得力のある判断が求められている」
・「適正迅速な紛争解決の実現という裁判本来の役割を改めて見つめ直すとともに,時代の趨勢を見据えた運用改善に努めていく」
寺田逸郎最高裁長官は,これらが未だ十分には達成されていないと認識しているのでしょう.
その目標実現のために,寺田逸郎最高裁長官は,「裁判官各々の力量を向上させる」必要があることを指摘しています.
最近の枕営業判決などをみると,裁判官各々の力量を向上させる必要を痛感します.
判決は,必ずどちらかの当事者には不利な内容ですから,適切な証拠評価のうえに,事実認定,法律解釈,あてはめについて精緻な論理を展開し,社会常識にそった適正な判決を下す必要があり,そのためにはそれができる裁判官の個々の力量が不可欠です.
多くの裁判官は優秀で力量に不足はありませんが,東京地裁医療集中部の礎を築いた前田順司氏(現甲南大学法科大学院教授・弁護士),福田剛久氏(現高松高裁長官),貝阿彌誠氏(現東京家裁所長),藤山雅行氏(現名古屋家裁所長),千葉地裁医療集中部の礎を築いた一宮なほみ氏(現人事院総裁)らに比べると,最近の裁判官の中には広い視野と柔軟な思考力にやや不安を感じる方もいないではありません.医療事件の多くの判決の結論は適正ですが,患者側敗訴判決の中には疑問を感じるものもないではありません.裁判官各々のいっそうの力量向上に期待します.
谷直樹
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