定家忌
藤原定家と式子内親王の関係は真偽不明ですが、「明月記」は、60歳代の定家が50歳代の式子内親王の御見舞いに足繁く通うさまが書かれ、亡くなったことは書かずに1年後の記述になる、思わせぶりな書き方です.
32歳の藤原定家が19歳の式子内親王をみそめ、式子内親王が享年53歳で亡くなるまで両思いが続いたとすると...
たまのおよ たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする (式子内親王)
こぬひとを まつほのうらの ゆふなぎに やくやもしほの みもこがれつつ (権中納言定家)
の恋の歌に深さを感じます.
定家の執心が定家葛となって式子内親王の墓にからみつくという能(今春禅竹の「定家」)も有名です.
しかし、定家は、現実・写実の歌人ではなく、頭のなかで恋の歌を創作する歌人ですので、すべてはフィクションなのかもしれません.
谷直樹
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