さいたま地裁平成27年10月23日判決,呼吸器症状が現れた時点で抗リウマチ薬投与を中止すべき(報道)
「春日部市立病院でリウマチ治療中の夫=当時(75)=が死亡したのは、病院側の投薬判断が原因として、遺族が病院に約6253万円の損害賠償を求めた訴訟で、さいたま地裁(高野輝久裁判長)は22日、病院側の過失を一部認め約660万円の支払いを命じた。
訴状などによると、夫はリウマチのため、2011年3月に同病院の整形外科に通院。5月10日から呼吸器内科で治療していたが、呼吸器症状が現れ肺炎を発症、9月6日に死亡した。裁判で原告側は、5月上旬から投与された抗リウマチ薬により、薬剤性の間質性肺炎を発症しており、病院は薬の投与を中断すべきだったと主張していた。
判決で高野裁判長は、抗リウマチ薬の投与中に呼吸器症状が現れた際は、肺炎の確定診断の前に、投与を中止すべきとする診療ガイドラインなどを重視。病院側の「さまざまな症状や検査結果を踏まえて、投与中止の要否を判断すべき」という主張を退け、「病院側の義務違反がなければ、9月6日の時点でなお生存していた相当程度の可能性があると認められる」と判断した。
判決に、妻(78)は「病院側の問題点を適切に判断してくれてありがたく思う。今後、このようなことが起こらぬよう、再発防止を図ってほしい」とコメントした。同病院の小谷昭夫病院事業管理者は「現時点では判決の内容を承知していないため、判決文が届き次第、対応を検討する」としている。」
本件は,私が担当したものではありませんので報道で知る範囲での判断ですが,判決が過失を認めた点は正しく,因果関係の認定を相当程度にとどめた点は疑問です.
◆ 過失について
メトトレキサート (MTX)については,「骨髄障害、間質性肺炎、感染症などの重篤な副作用については、危険因子の評価と予防対策を実施し、発生時には適切な対処をすみやかに行う。」(診療ガイドライン)とされています.男性関節リウマチ患者の新規のMTX肺炎の年間発症率は,0.67%と報告されています.
MTXによる間質性肺炎(MTX肺炎)は危険因子がない症例での発生も少なくないので,予防対策として,「患者にMTX 肺炎の初期症状を説明し、症状が急性あるいは亜急性に出現した場合のMTX の中止、医療機関への連絡、および可及的速やかな受診を指示しておく」(診療ガイドライン)とされています.
「① MTX を直ちに中止した後、専門医療機関に紹介し、MTX 肺炎、呼吸器感染症、RA に伴う肺病変を鑑別する。必要に応じ呼吸器専門医にコンサルトする。② MTX 肺炎が疑われた場合はMTX を中止後、直ちに副腎皮質ステロイド大量療法をおこなう。重症度に応じて副腎皮質ステロイドパルス療法を併用する。③ 必要に応じて、スルファメトキサゾール・トリメトプリム、抗菌薬などを併用する。状況に応じて、真菌性・ウイルス性肺炎に対する治療も開始する。④ 副腎皮質ステロイドにて加療中には、新規の肺感染症に留意する。
⑤ MTX の再投与は行わない。その後のRA 治療薬による薬剤性肺炎の発現にも十分留意する。」(診療ガイドライン)とされています.
診療ガイドラインにそった診療が行われるべきであり,当該事例について上記診療ガイドラインにそった診療を行わないことについての臨床医学的合理性が認められない場合には,中止義務違反となるでしょう.
したがって,判決が過失を認めた点は正しいと考えます.
◆ 因果関係について
仮に診療ガイドラインにそった適切な診療を行ってもMTX 肺炎による死亡が回避できる高度の蓋然性がないとすれば,MTXは安全な使用法が存在しない薬剤ということになり,承認が違法ということになるでしょうが,MTX が承認されているということは,診療ガイドラインにそった適切な診療を行っていれば,MTX 肺炎による死亡が回避できる確率が高いことを意味します.
つまり,本件について,MTX 肺炎の初期症状が現れた時点でMTXの投薬を中止し診療ガイドラインにそった適切な診療を行っていれば,MTX 肺炎による死亡は回避できたと考えるべきでしょう.したがって,判決が相当程度の可能性にとどめた点は疑問です.
谷直樹
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