弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

裁判官木内道祥の補足意見

「裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。

私は民法714条の法定監督義務者,準監督義務者についての多数意見に賛同するものであるが,保護者,成年後見人とこれらの義務者との関係などについて補足して意見を述べる。

1 平成11年改正前の保護者,後見人
平成11年改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)の定める保護者,民法の定める後見人に関する定めは次のようなものであった。
精神障害者が禁治産宣告を受けている場合,配偶者がいれば,配偶者が当然に後見人となる(民法840条)。後見人には,禁治産者の療養看護の義務があり(同法858条1項),裁判所の許可を得て,精神病院又はこれに準ずる施設に入れることができる(同条2項)。後見人は第1順位で当然に保護者となるから,保護者として自傷他害がないように監督する義務がある(精神保健福祉法20条2項,22条1項)。
民法714条が「法定」監督義務者とする趣旨は,監督義務者が法によって一般的,類型的に定められることを想定していると解され,実際の法制上も,保護者,後見人に他害防止の監督義務が課せられていることは,それに照応するものである。
民法714条は,責任無能力である精神障害者の監督義務者に責任を負わせる制度であるが,配偶者がいる限り,配偶者が当然に保護者・後見人となり,また,監督義務者に該当すると解されてきた。
このような制度は,昭和25年の精神衛生法の制定以来,平成11年改正まで変わっていない。
それ以前の昭和22年改正前の民法(以下「改正前民法」という。)及び精神病者監護法(明治33年法律第38号)の下でも,禁治産宣告がなされると,禁治産者に配偶者がいれば,配偶者が当然に後見人となり,精神病者の監護義務者は,後見人,配偶者,戸主の順番で当然に定まるとされており(精神病者監護法1条),戸主が優先して後見人,監護義務者となるものではなく,禁治産者に配偶者がいる限り,配偶者が後見人,監護義務者として監督義務者に該当すると解されてきたことは,平成11年改正前と同じであった。民法714条の監督義務者の損害賠償責任が家族共同体における家長の責任に由来するといわれることがあるが,改正前民法においても,戸主が後見人となるのは,禁治産者に配偶者がおらず親権を行う父又は母もいない場合に限られていた(改正前民法902条,903条)のであり,必ずしも「家長の責任」がわが国の法制における監督義務者の損害賠償責任の淵源ということはできない。

2 平成11年改正後の監督義務者
平成11年民法改正によって後見人は「療養看護に努めなければならない」との規定(民法858条1項)が「成年後見人は,…事務を行うに当たっては,…心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」と改正され,成年後見人が成年被後見人の行動の監督を求められるものでないことは多数意見の述べるとおりである。
成年後見人の負うとされる身上配慮義務は,審判による付与を含めても特定の法律行為の同意権,代理権を有するに留まる保佐人(民法13条の保佐人の固有の同意事項には厳密には法律行為に該当しないものも含まれているが,実質的には全てが法律行為といってよい。),補助人も,契約によって受託業務の代理権を付与される任意後見人も同種の義務として負担している(民法876条の5第1項,876条の10第1項,任意後見契約に関する法律6条)。このことにも,身上配慮義務が法律行為を行うについての善管注意義務の明確化であるという性質があらわれている。
したがって,精神障害者の日常行動を監視し,他害防止のために監督するという事実行為は成年後見人の事務ではなく,成年後見人であることをもって,民法714条の監督義務者として法定されたということはできない。
家庭裁判所実務における成年後見人等の選任についてみると,親族ではない第三者を成年後見人等に選任する比率は,本件事故のあった平成19年で27.7%(平成26年で65.0%)に達しており,成年被後見人の保有財産が一定額以上の案件では,親族を後見人としても専門職の後見監督人を選任する,又はこれに代えて専門職の後見人を選任することが原則的に行われている。成年後見人を法定監督義務者と解することは,このような実情にそぐわないものである。
成年後見人の要件として成年被後見人との一定の身分関係が求められているものではなく,また,このような選任の実情を前提とすると,成年後見が開始されていれば成年後見人に選任されてしかるべき者が誰であるかを成年後見人選任前に想定することは困難・不相当である。
平成11年民法改正によって,配偶者等の親族がその法律上の地位の故に成年後見人に選任されることはなくなった。これは,改正前民法が配偶者等の本人と一定の身分関係にある者を法定の後見人とし,それがない場合にも親族会が後見人を選任するとしていた後見制度を,昭和22年改正民法を経て,成年後見制度を親族に基盤を置く制度とは異なるものとしたのであり,配偶者とか親とか子が成年後見人として選任される場合にも,その人は,法律上の地位の故にではなく,民法843条4項の基準に従って適任であるが故に選任されるのである。成年後見人に選任されてしかるべき者として親族が優先的に取り扱われる理由はない。保護者については,平成11年改正により「保護者は,精神障害者…に治療を受けさせ,及び精神障害者の財産上の利益を保護しなければならない。」と改められ,改正前の「精神障害者が自身を傷つけ又は他人に害を及ぼさないように監督」する義務があるとの規定は削除された。治療を受けさせる義務は,実質上,入院・通院していない精神障害者に通院をさせることに留まり,財産上の利益の保護も,身の回りの財産が散逸しないように看守するとか,荷物をまとめて保管するなどの事実上のものに留まる(第1審被告Y1はAの保護者に該当するが,AはD医師の診療を受けていたのであるから,治療を受けさせる義務を負うこともない。)。したがって,保護者をもって,民法714条の監督義務者に該当すると解することはできない。
このように,平成11年改正により,後見人が法定監督義務者であることを根拠付けていた民法858条の療養看護義務,精神保健福祉法の自傷他害防止の監督義務は存在しなくなったのであるから,改正後の法定監督義務者の解釈を改正前と連続性をもって行うことはその前提を欠くものである。
他方,精神科病院に入院している精神障害による責任無能力者については,精神科病院の管理者が,自傷他害のおそれによる入院を引き受け,入院患者の行動制限を行う権限を有しており(精神保健福祉法36条1項),行動制限の手続を含む処遇基準は大臣が定めるものとされている(同法37条1項)。介護施設についても,法令によって身体的拘束等の原則禁止とそれを行うについての適正手続が定められている。このように精神障害者が施設による監護を受けている場合,施設との間では,法令による定めによって,監護に関する権限とその行使基準が定められているのであり,これらの定めによる施設の負うべき義務は民法714条1項の法定監督義務に該当すると解する余地がある。施設による監護を受けている精神障害者の不法行為による施設ないし施設管理者の責任については,従来,学説上,同条2項の代理監督義務者の問題とされてきたが,このような観点からは,同条1項の法定監督義務者に該当するか否かの問題として検討されるべきであり,保護者,成年後見人が同項の法定監督義務者に該当しないと解しても,同項の法定監督義務者が想定されないことになるものではない。

3 (準)監督義務者と責任無能力者の保護
責任無能力の制度は,法的価値判断能力を欠く者(以下「本人」ともいう。)のための保護制度であるが,保護としては,本人が債務を負わされないということに留まらず,本人が行動制限をされないということが重要である。本人に責任を問わないとしても,監督者が責任を問われるとなると,監督者に本人の行動制限をする動機付けが生ずる。本人が行動制限をされる可能性としては,本人に責任を負わせる場合よりも監督者に責任を負わせる場合の方が大きい。本人が責任を免れないとしても本人に財産がなければ監督者に本人の行動制限をする動機付けは生じないが,監督者に責任を負わせると本人の財産の有無にかかわらず,本人の行動制限をする動機付けが監督者に生ずるからである。
保護者の他害防止監督義務,後見人の事実行為としての監護義務の削除の理由は,保護者,後見人の負担が重すぎることであるが,その意味は,保護者,後見人に本人の行動制限の権限はなく,また,行動制限が本人の状態に悪影響を与えるために行動制限を行わないとすると,四六時中本人に付き添っている必要があり,それでは保護者,後見人の負担が重すぎるということなのである。
したがって,法定監督義務者以外に民法714条の損害賠償責任を問うことができる準監督義務者は,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなどの客観的状況にあるものである必要があり,そうでない者にこの責任を負わせることは本人に過重な行動制限をもたらし,本人の保護に反するおそれがある。準監督義務者として責任を問われるのは,衡平の見地から法定監督義務者と同視できるような場合であるが,その判断においては,上記のような本人保護の観点も考慮する必要があると解される。他害防止を含む監督と介護は異なり,介護の引受けと監督の引受けは区別される。この点は岡部裁判官の意見に同感であるが,岡部裁判官とは,同居ないし身近にいないが環境形成,体制作りをすることも監督を現に行っており,監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情に該当し得るとする点で,意見を異にする。Aの介護の環境形成,体制作りは,第1審被告Y2だけが行ったものではない。24時間体制,365日体制,それが何年にも及び,本人の生活の質の維持をこころがける認知症高齢者の在宅での介護は,身近にいる者だけでできるものではないが,身近にいる者抜きにできることでもない。行政的な支援の活用を含め,本人の親族等周辺の者が協力し合って行う必要があることであり,各人が合意して環境形成,体制作りを行い,それぞれの役割を引き受けているのである。各人が引き受けた役割について民法709条による責任を負うことがあり得るのは別として,このような環境形成,体制作りへの関与,それぞれの役割の引受けをもって監督義務者という加重された責任を負う根拠とするべきではない。 」



 谷直樹


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by medical-law | 2016-03-01 19:50 | 司法