裁判官大谷剛彦の意見
1 私は,結論として多数意見と同じく第1審被告らは民法714条1項の法定の監督義務者としての損害賠償責任を負わないと考える。しかし,多数意見と異なり,同項の責任主体として法定の監督義務者に準ずべき者には第1審被告Y2が該当するが,第1審被告Y2はその義務を怠らなかったとして同項ただし書により免責されるものと考える。なお,この点では,岡部裁判官の意見と同じであるが,責任主体としての捉え方について考えを異にするので,意見を述べたい。
2 民法714条の趣旨は,責任を弁識する能力がない者(同法712条の未成年者,同法713条の精神障害者等)が他人に損害を加えた場合に,その責任無能力者の行為については過失に相当するものの有無を考慮することができず,そのため不法行為の責任を負う者がなければ被害者の救済に欠けるところから,その監督義務者に損害の賠償を義務付けるとともに,監督義務者に過失がなかったときはその責任を免れさせることとしたものである(最高裁平成3年(オ)第1989号同7年1月24日第三小法廷判決・民集49巻1号25頁参照)。
また,民法714条の監督義務者について,判例は,直接に法定の監督義務者に当たらない場合においても,法定の監督義務者に準ずべき者という概念の下に,この立場にある者に責任主体性を認めてきている(前掲最高裁昭和58年2月24日第一小法廷判決)。
3 ところで,平成11年の民法等の改正の内容,及びその趣旨は多数意見4(1)アのとおりである。
この改正前の民法714条の「法定の監督義務者」としては,未成年者については,親権者,監護者,ないし未成年後見人が選任されていればその者が,一方,心神喪失者については,禁治産宣告がなされて後見に付されれば後見人(改正前民法8条)や精神衛生法上の保護義務者(同法20条,22条1項)がこれに該当すると解されてきたものといえよう。従前の後見人については,改正前の民法858条1項の後見人の職務規定に加え,自傷他害防止の監督義務が定められていた保護義務者の第1順位が後見人とされていたことも支えになって,法定の監督義務者性が根拠付けられていたと考えられる。
平成11年の民法改正においては,禁治産者についての後見人に代え,精神障害者については,成年後見開始の審判がなされて成年後見人が選任されると,成年後見人がその職務を行うことになり,一方,民法858条1項の職務規定は改正され,職務の内容に一定の変更も加えられた。また,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項も改正され,保護義務者の自傷他害防止の監督義務が削除された。
このように民法等の改正がされたところであるが,損害賠償規定の民法714条1項の責任主体に関する規定には何らの変更は加えられなかったところであり,従前の解釈との連続性という観点からすると,基本的に,成年被後見人の身上監護事務を行う成年後見人が選任されていれば,その成年後見人が「法定の監督義務者」に当たる者として想定されていると解される。仮に,身上監護を行う成年後見人が監督義務者に該当せず,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律における保護(義務)者制度も改められて監督義務者たりえないとすれば,平成11年改正(及び16年改正)において民法714条の責任主体規定は従前どおり維持されながら,およそ実定法上の法定の監督義務者が想定されない意味に乏しい規定として存置されたことになり,また,実定法上の監督義務者が存しないにもかかわらず,これに「準ずべきもの」や同条2項のこれに「代わって監督義務を行う者」が存するという,分かりにくい構造の規定となる。従前との連続性を踏まえて解釈しないと,上記2の同条の趣旨が没却されかねないと考えられる。
上記平成11年改正後の民法858条においては,成年後見人は,基本的に,「生活,療養看護に関する事務」(身上監護事務)と「財産管理に関する事務」(財産管理事務)を行うことを前提に,その「事務」(事実行為と対比される。)を行うに当たっての善管注意義務の内容として被後見人の「意思尊重義務」及び心身の状態と生活の状況の配慮義務(「身上配慮義務」)とが定められた。この改正の趣旨から,成年後見人の職務に関し,事実行為としての療養看護(療養看護労働)はその職務内容から除外されたことは明らかであるが,法的行為としての身上監護「事務」と財産管理「事務」は依然その職務内容とされている。この事務を行うに当たって,上記内容の善良な管理者の注意をもって処理する義務も規定されている(同法869条,644条)。改正前の後見人について,職務内容の「療養看護」に監督を含めて法定の監督義務者性が認められてきたが,これと同様の理由で,改正後の「生活,療養看護に関する事務」を職務内容とする成年後見人についても,法的な身上監護事務等を行うに当たって,相当な範囲の監督義務が含まれると解することができ,その限度では同法714条1項の責任主体として想定し得ると考えられる。
4 一方,民法714条1項ただし書の免責要件たる「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」の「その義務」については,従前はこれを一般的監督義務として,監督義務者にほぼ無過失の責任を負わせる方向にあったが,責任主体として想定される成年後見人については,ここにいう監督義務者の義務も,改正後の同法858条が成年被後見人の意思尊重義務と身上配慮義務をその善管注意義務の内容として規定した以上,この規定に沿った従前よりは緩和された善管注意義務の懈怠(過失責任)の有無により免責が判断されることになる。その意味で,成年後見人が責任主体になり得ると解しても,成年後見人に損害賠償の面で,多大な負担を負わせることにはならないと考えられる。
5 本件においては,精神障害者のうち,高齢者の認知症による責任無能力が問題とされるが,このような認知症による責任無能力者についての「生活,療養看護に関する事務」(身上監護事務)は,いわゆる介護(介護保険法等参照)として行われる。介護は,介護労務という事実的行為と介護体制を構築する事務的行為とからなる。現在の高齢者介護は,個人や家族の介護労務をもっては限界があって,公的又は私的な保健医療サービス及び福祉サービスと緊密に連携して適切な介護を行う必要があり,また複数の関係者が分担,協力して行う必要もあり,要介護者の意思や,心身の状態及び生活の状況に配慮しつつ,これらサービスも利用し,関係者の協力を得て,人的,物的に効果的な介護体制を構築し,この体制が効果的に機能しているかを見守ることこそ重要であって,この介護体制の構築等は,医療保険機関や介護福祉機関との契約関係,また関係者への委任関係など,つとめて法的な事務との性格を有するといえる。この介護体制の構築等は,責任無能力者の第三者に対する加害行為の防止のための監督体制に通ずるものといえる。
そうすると,高齢者の認知症による責任無能力者の場合において,民法714条1項における責任主体としては,身上監護の事務を行う成年後見人が選任されていれば,基本的にはこの成年後見人が,法的な事務との性格を有する介護体制の構築等をして適切な身上監護事務等を行う者として,法定の監督義務者に当たると考えられる。
6 ところで,本件においては,責任無能力のAについて成年後見開始の審判はなされておらず,成年後見人に選任された者はいない。ここにおいて,前記昭和58年判例にいう「法定の監督義務者に準ずべき者」が存在するか,第1審被告らがこれに当たるかが検討されなければならない。この場合も,高齢者の認知症による責任無能力の場合に,身上監護事務を行う成年後見人が法定の監督義務者として想定される以上,成年後見が開始されていればその成年後見人に選任されてしかるべき立場にある者,その職務内容である適切な介護体制を構築等すべき立場にある者という観点から検討されるべきであろう。
成年後見人の選任に当たっての家庭裁判所の考慮事項は,民法843条4項に定められているが,被後見人についての生活,療養看護に関する事務を行う者は,実定法上,同法730条(直系血族及び同居の親族の相互の扶け合い),同法752条(夫婦の相互の協力,扶助)の定めと親和性を持つところから,第一次的にはこれらの者の中で,同法843条4項の事情を考慮して,能力,信用,利害関係等の点で成年後見人として選任されてしかるべき者が法定の監督義務者に「準ずべき者」として,責任主体として挙げられることになる。
なお,民法714条1項の「法定の監督義務者」に準ずべき者の責任範囲,同項ただし書の免責規定における注意義務の程度については,上記4と同様と考えられる。
7 以上の観点から,本件における民法714条1項の責任主体について検討するに,まず,配偶者としての第1審被告Y1及び直系血族(長男)としての第1審被告Y2が身上監護を行う成年後見人として選任されてしかるべき者かどうかが検討されよう。
この点の検討は,法定監督義務者に準ずべき者についての多数意見の判断枠組みにおいて第1審被告Y2の責任主体性を認める岡部裁判官の詳細な検討と共通するところであるので,改めて論ずることは避けるが,介護体制の構築等による監督体制という観点からしても,第1審被告Y2こそがその構築等について中心的な立場にあったと認めることができる。この観点からは,原審と多数意見の指摘する,第1審被告Y2がAと同居しておらず,現に監督を行っていなかったことは,「準ずべき者」の該当性判断の妨げとなるものではなく,他に第1審被告Y2の責任主体性を否定する事情はうかがわれない。
そうすると,本件では第1審被告Y2が,成年後見人に選任されてしかるべき者として,法定の監督義務者に準ずべき者に当たると認められる。
8 次に,第1審被告Y2において,監督義務者としての義務を怠っていなかったかどうかの免責要件について検討するが,この主張,立証責任は,条文の構成からみて被告側が負うこととなる。
この点についても,第1審被告Y2に責任主体性を認めた上,免責を認める岡部裁判官が詳細に検討されており,改めて論ずることは避けるが,第1審被告Y2をはじめ第1審被告ら家族の行ってきた介護,監督の体制は,Aの意思を尊重し,かつ,その心身の状態及び生活の状況に配慮した人的,物的に必要にして十分な介護体制と評価できるところである。そして,このような介護体制の構築等において中心的な立場にあったのが第1審被告Y2であったことは前述のとおりである。
原審は,事務所出入口のセンサー付きチャイムの電源が入れられておらず作動しなかった点を監督体制の不備と指摘するが,元々はこのチャイムは事務所に出入りする客の出入りを把握するためのものであり,この装置の不作動を捉えて介護,監督体制の欠陥とみることは相当でない。
そうすると,Aに対する身上監護事務上の注意義務を怠っていなかったとの第1審被告Y2の立証は尽くされており,第三者との関係においても監督義務を怠っていなかったと認められ,第1審被告Y2は免責されてしかるべきと考えられる。
9 民法714条が,損害賠償の面で,精神上の障害による責任無能力者の保護と,責任無能力者の加害行為による被害者の救済との調整を図る規定であることは,上記2のとおりである。高齢者の認知症による責任無能力者の場合については,対被害者との関係でも,損害賠償義務を負う責任主体はなるべく一義的,客観的に決められてしかるべきであり,一方,その責任の範囲については,責任者が法の要請する責任無能力者の意思を尊重し,かつその心身の状態及び生活の状況に配慮した注意義務をもってその責任を果たしていれば,免責の範囲を拡げて適用されてしかるべきであって,そのことを社会も受け入れることによって,調整が図られるべきものと考える。」
本件は私が担当した裁判ではありません.
家族側の代理人は,あさひ法律事務所の浅岡輝彦先生らです.JR側の代理人は長島・大野・常松法律事務所の三村量一先生(元知的財産高等裁判所判事,元東京高等裁判所判事)らです。
NHK「認知症事故賠償訴訟 JRが敗訴」によると,「訴えられていた認知症の男性の長男は、判決のあと、弁護団を通じてコメントを出しました。長男は、「最高裁判所には、温かい判断をしていただいて大変感謝しています。よい結果となり、父も喜んでいると思います。8年間いろいろありましたが、これで肩の荷がおりました」とコメントしました。
弁護団の浅岡輝彦弁護士は「配偶者や家族だという理由だけで責任を問われることはないというこちらの主張が全面的に取り入れられ、すばらしい判決だと思います。認知症の人が関わる事案がいろいろある中で、介護の関係者や認知症の家族にとっては、救いになるのではないか」と話していました。」とのことです.
「東京大学大学院の米村滋人准教授は、「認知症の人の家族に負担をかけるような判断をすべきではないという1審や2審への批判を重く受け止めた判決だと思う」と話しています。また「最高裁は、家族だけでなく、社会全体で責任を負う方向で問題を解決しようと、『認知症の高齢者と密接に関わりを持ち、監督できる立場にある人が責任を負う』という枠組みを示したのではないか」という見方を示しました。一方で、「きょうの判決によると家族の中で高齢者と密接に関わる人ほど責任を負うリスクが高まり、病院や介護施設なども責任を負うリスクが出てくる」と指摘しています。そのうえで米村准教授は、「今回の判決ですべての問題が解決するとはいえない。少子高齢化の時代に、認知症の人が関わる事件や事故の負担を社会全体でどのように負っていくべきなのかしっかりと議論して、新たな法制度を作ることも含めて考えていく必要がある」と提言しています。」(NHK「認知症事故賠償訴訟 JRが敗訴」)とのことです.
最高栽裁判官によって法律構成が違いますが,この事案で家族に責任を負わせるのはおかしいと考えた点は一致しています.最高裁判決は,精緻な法律論を展開し,実態に即した常識的な結論を導いたもので,支持できます.
ただ,1審,2審では,このような常識的な判決とならなかったことも事実です.
すべての裁判官が実態に即した適切な判決を下すことを願います.
また,米村先生の御指摘は大変重要です.
さらに効果的な認知症治療薬の開発を進める必要があります.
(参考)
民法第七百十二条 未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。
第七百十三条 精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。
(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第七百十四条 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。
谷直樹
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