最判平成28年4月21日、未決拘留の拘禁関係に信義則上の安全配慮義務はないとして大阪高裁判決破棄請求棄却
「主 文
1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
3 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人都築政則ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,平成18年10月23日に器物損壊罪で逮捕された後勾留され,平成19年3月15日,神戸地方裁判所において,建造物損壊罪で懲役1年の判決を受け,これを不服として控訴し,同年5月10日,神戸拘置所から大阪拘置所に移送され,同拘置所に収容されていた。
(2) 大阪拘置所医務部の医師は,平成19年5月14日,被上告人が11食連続して食事をしておらず,同拘置所入所時と比較して体重が5㎏減少しており,食事をするよう指導をしてもこれを拒絶していることから,このままでは被上告人の生命に危険が及ぶおそれがあると判断し,被上告人の同意を得ることなく,鼻腔から胃の内部にカテーテルを挿入し栄養剤を注入する鼻腔経管栄養補給の処置を実施した。その後,カテーテルを引き抜いたところ,被上告人の鼻腔から出血が認められたので,医師の指示により止血処置が行われた。
2 本件は,被上告人が,上告人に対し,被上告人の当時の身体状態に照らして不必要であった上記処置を実施したことが,拘置所に収容された被勾留者に対する診療行為における安全配慮義務に違反し債務不履行を構成するなどと主張して,損害賠償を求める事案である。国が,拘置所に収容された被勾留者に対し,未決勾拘留よる拘禁関係の付随義務として信義則上の安全配慮義務を負うか否かが争われている。
なお,被上告人は,上記処置の実施につき国家賠償法1条1項に基づく損害賠償も請求していたが,当該請求に係る請求権は時効により消滅したとしてこれを棄却した原判決に対し不服申立てをしなかった。
3 原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容した。
拘置所に収容された被勾留者は,自己の意思に従って自由に医師の診療行為を受けることはできない。そして,拘置所の職員は,被勾留者が飲食物を摂取しない場合等に強制的な診療行為(栄養補給の処置を含む。)を行う権限が与えられている反面として,拘置所内の診療行為に関し,被勾留者の生命及び身体の安全を確保し,危険から保護する必要がある。そうすると,拘置所に収容された被勾留者に対する診療行為に関し,国と被勾留者との間には特別な社会的接触の関係があり,国は,当該診療行為に関し,安全配慮義務を負担していると解するのが相当である。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
未決勾留は,刑訴法の規定に基づき,逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として,被疑者又は被告人の居住を刑事施設内に限定するものであって,このような未決勾留による拘禁関係は,勾留の裁判に基づき被勾留者の意思にかかわらず形成され,法令等の規定に従って規律されるものである。そうすると,未決勾留による拘禁関係は,当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上の安全配慮義務を負うべき特別な社会的接触の関係とはいえない。したがって,国は,拘置所に収容された被勾留者に対して,その不履行が損害賠償責任を生じさせることとなる信義則上の安全配慮義務を負わないというべきである(なお,事実関係次第では,国が当該被勾留者に対して国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う場合があり得ることは別論である。)。
5 これと異なる原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は是認することができるから,上記部分に関する被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 山浦善樹 裁判官 池上政幸 裁判官大谷直人 裁判官 小池 裕)」
これは、私が担当した訴訟ではありません.
上告代理人の都築政則氏は,現在新潟地裁所長で,本件は法務省大臣官房訟務総括審議官のときの上告です.
私たちは、通常、自分の意思で病院を受診し、診療を受けています.
ところが、未決拘留されている者が診療を受ける場合は、診療契約はありません.
そこで、信義即に基づく安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求したのがこの事案です.
大阪地裁は損害賠償請求を棄却し、大阪高裁(山下郁夫裁判長)は50万円の賠償を命じました。
大阪高裁は、拘置所の職員は,強制的な診療行為を行う権限が与えられていつため、その診療行為の危険から被勾留者の生命及び身体の安全を確保し保護する必要があるから、診療行為に関し国と被勾留者との間には特別な社会的接触の関係があり,国は安全配慮義務を負担している、と解釈しました.
そして、最高裁は、この解釈を否定しました.未決勾留による拘禁関係は、勾留の裁判に基づき、法令等の規定に従って規律されるものであるから、未決勾留による拘禁関係は,当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上の安全配慮義務を負うべき特別な社会的接触の関係とはいえない、というのが、その理由です.
ただし、国家賠償法1条1項の要件を満たすときは、同条に基づく損害賠償責任を負う場合があることを示唆しています.
国家賠償法1条1項は,「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定しています.「公権力の行使」は広く解釈されていますので,強制治療もこれにあたります.
つまり、請求の立て方(法律構成)によっては、損害賠償を認める余地がある、ということです.
谷直樹
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