或る強姦致傷被疑事件の弁護人コメントについて
この弁護人は,日本最大の法律事務所に就職し,今は刑事弁護で高名な先生の事務所に所属している弁護士ですから,とても優秀であることが分かります.
しかも,迅速に示談をとりまとめ,不起訴を勝ち取ったのですから,刑事弁護としては満点です
しかし,あのコメントは何だったのでしょうか.
強姦罪は,被害者の告訴がないと起訴できない犯罪ですが,強姦致傷罪は,そうではありません.強姦致傷罪では,示談が成立しても起訴することも一般論としてはあり得ることです.ここまでは,そのとおりです.
しかし,不起訴になったのだから,悪質性が低いとか,犯罪の成立が疑わしいなどの事情がある,というのは論理の飛躍と思います.
示談とひきかえに,被害者の宥恕の上申書が提出されていたかもしれません.社会的に非難を浴びたこと,反省の念を述べていること,監督する母親がいること,再犯の可能性が低いことなど諸般の事情を総合的に考慮した結果なのではないしょうか.
弁護人は,被疑者のほうでは「合意があるものと思っていた可能性が高く(中略)違法性の顕著な悪質な事件ではなかったし、仮に、起訴されて裁判になっていれば、無罪主張をしたと思われた事件であります。」とコメントしています.
合意がなかったのは,事件後の被害者の行動からも明らかでしょう.
弁護人のコメントは,被疑者が合意がないのに合意があるものと誤信していたので,仮に起訴されていたら,故意がなく,無罪であるという主張を行っていた,という趣旨に読めます.
故意は,刑法の各条文の構成要件事実を認識(認容)することです.
強姦致傷罪において「合意がないこと」は明示されていませんが,構成要件事実です.
行為者が「合意がないこと」を認識(認容)していない場合,違法性の錯誤ではなく,事実の錯誤で,故意がない,という理屈です.
法学部の学生ならそれでよいのでしょうが,弁護士は,被疑者が合意があるものと誤信していたことを客観的事実を積み重ねて立証することが本当に難しいことを知っているはずです.傷害を生じるほどの強烈な暴行を加えたという客観的事実と,合意があるものと誤信していたことは,通常,整合し難いものとみられると思います.
弁護人は,「他の関係者の話を聞くことはできませんでしたので、事実関係を解明することはできておりません。」と書いています.事実関係を解明することができなかった以上,被疑者の話だけではコメントしない,のが普通でしょう.
弁護人は,「男性の方に女性の拒否の意思が伝わったかどうかという問題があります。」と書いています.被害者の側にも問題がなくはないようにも読め,そうであれば,被害者を貶しめるものではないでしょうか.
被害者は,不起訴となったとたんにこのようなコメントをされるとは思いもしなかったでしょう.
私は,医療過誤だけを取り扱う弁護士で,いつも医療事件で被害者側(患者側)の代理人をしていますが,これまで,示談したあとに,加害者側(病院側)から,これは医療過誤ではない,提訴されたら争うつもりだった,などと発表されたことはありません.
私はこの或る強姦致傷被疑事件について報道以上のことを知りませんし,弁護士にもいろいろな考え方があるでしょうし,この弁護人は被疑者の話を信じ被疑者の言い分を代わりに伝えようとしただけなのかもしれませんが,弁護人には示談の意味を重く受けとめ被害者のことをもっとよく考えたコメントをしてほしかった,と思います.
【追記】
被害者が相談した知人男性=弁護士の対応について
私は,この知人男性=弁護士が誰かは知りませんが,被害者が弁護士を知っていたら,被害に遭った直後に弁護士に電話するのは自然な流れだと思います.
この弁護士が医師を受診して診断書を書いてもらうよう指示し,警察に電話したことについて,手際よすぎるなどの疑問が一部ででていますが,弁護士としては当然の対応です.
また,午前2時という時間ですが,弁護士は午前2時まで仕事をしていても当然な職業です.日中は裁判期日などがあり,夜は打ち合わせがあり,集中して書面を作成するのは深夜になるからです.ちなみに,私は,起案の妨げになるので深夜の電話はとりませんが,いつも午前2時まで仕事をしています.
その弁護士が仮に午前2時に寝ていたとしても,発信元が知人と分かる電話のコールが執拗であったとしたら,電話をとったことは不思議ではありません.
弁護士がハニートラップを仕掛けることはあり得ないことです.
谷直樹
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