東京地裁平成29年3月16日判決,ノバルティスファーマの降圧剤ディオバンを巡る研究論文データ改ざん事件で無罪判決(報道)

「16日の判決で、東京地方裁判所の辻川靖夫裁判長は「元社員が臨床研究の数値を水増しし、意図的に改ざんしたデータを研究チームに提供したことは認められる」と指摘しました。そのうえで、「研究チームが発表し、雑誌に掲載された論文は一般の学術論文と異なるところがなく、薬事法で規制された治療薬の購入意欲を高めるための広告にはあたらない」として、ノバルティスファーマと元社員にいずれも無罪を言い渡しました。」
報道の件は,私が担当したものではありません.
降圧剤ディオバンを巡る研究論文データ改ざん事件で薬事法違反の刑事責任を問うことについての疑問は,以前,ブログにも書きました.
旧薬事法時代の「薬事法における医薬品等の広告の該当性について(平成10年9月29日医薬監第148号都道府県衛生主管部(局)長あて厚生省医薬安全局監視指導課長通知)」で,顧客を誘引する(顧客の購入意欲を昂進させる)意図が明確であること,特定医薬品等の商品名が明らかにされていること,一般人が認知できる状態であることが「広告」の要件とされています.
そこで,東京地裁判決は,科学的論文の体裁をとっている本件について,顧客を誘引する(顧客の購入意欲を昂進させる)意図が明確である広告ではない,と判断したのでしょう.
東京地裁判決は,科学的論文は「広告」ではないというだけで無罪とすることもできた筈なのですが,(上級審での審理も考えたのかもしれませんが)データを改竄した事実を認定しています.刑事弁護人は,このような傍論を苦々しく思うかもしれません.
起訴については疑問も大きいのですが,たしかにもし検察が捜査,起訴しなければ,データ改竄に関する事実の解明は十分できなかった可能性もあります.厚労省の告発を受けて検察がある程度の無理を承知で勝負に出たのは,そのへんのことがあったのかもしれません.その意味では,ノバルティスファーマは, 「試合(裁判)に勝って勝負に負けた」と言えるかもしれません.
「坂の上の雲」で知られる秋山真之大日本帝国海軍中将は,「敗くるも目的を達することあり。 勝つも目的を達せざることあり。 真正の勝利は目的の達不達に存す。」(『天剣漫録』)と言っています.
データ偽造を現行薬事法で処罰できないとなれば,薬事法改正が課題になるでしょう.
【追記】
産経新聞「ノバルティス社無罪判決 検察幹部「不可思議としか言いようがない」」(2017年3月16日)は,次のとおり報じました.
「ノバルティスファーマの降圧剤ディオバンの臨床研究データ改竄事件で、薬事法違反の罪に問われた会社と元社員に無罪を言い渡した東京地裁判決。元社員がデータを意図的に改竄したと認定しながら、同法で規制された治療薬の購入意欲を高めるための広告には当たらないとした司法判断に、検察内では「不可思議としか言いようがない」「地検、高検、最高検の誰もが驚いている」と戸惑う声が相次いだ。東京地検は控訴も視野に、慎重に検討するもようだ。
「データが意図的に改竄されていても、学術論文の形態を取っていれば、それで良いというのか」。検察幹部の一人はこう憤る。
判決は、同法が規制した「誇大広告」ではないと判断したが、ある検察幹部は「元社員が改竄データを研究者に提供した目的は一つ。論文に掲載させ、薬の販売を促進するためだった。起訴自体に問題はない」と強調。別の幹部も「主務官庁の厚生労働省も薬事法で告発している。あまりに意外な判決。これから同様のケースを野放しにしてよいというのか」と語った。
一方、厚労省は「個々の判決については差し控えたいが、臨床研究に対する国民の信頼を回復することが大切と考える。厚労省としては、臨床研究と製薬企業の活動の透明性確保のため臨床研究法案を国会に提出しており、臨床研究と製薬企業の活動の適正性確保に努めたい」としている。」
谷直樹
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