医療過誤に基づく損害賠償請求の要件
或る法律効果を発生させるために必要な事実を法律要件と言います.
法律は,一般に,a,b,cという事実があったときにAという法律効果が生じるという定め方をしています.
民法709条は,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています.
そこで,民事の損害賠償請求訴訟では,①義務違反(「故意又は過失」),②因果関係(「よって」),③損害,の3つの要件をすべて原告が主張立証することが必要とされています.
因果関係とは,「あれないければこれなし」の関係のことです.
これら3つの要件をすべて独立に充たすことが必要ですから,過失が明白かつ重大であっても,因果関係が立証ができない場合には損害賠償請求はできません.
なお,民法415条(債務不履行)でも,ほぼ同様の要件が課せられています.
○ 医療過誤に基づく損害賠償請求について
医療過誤に基づく損害賠償請求も,損害賠償請求の1つですから,これら3つの要件を主張立証することが必要です.
医療過誤では,3要件の前提として,とくに機序・原因(結果発生に至る事実の経過,メカニズム)も重要となります.
まず,事後的に判明した事実から,どのような機序で結果が発生したのかを把握する必要があります.弁護士は,その機序を把握したうえで,どうすればその結果を回避できたかを検討し,回避できたポイントについて過失がないかを検討します.
1 機序・原因が全く分からない場合
機序・原因が全く分からない場合,因果関係 ,つまり「注意義務違反」(あれ)がなければ,「傷害や死亡等の悪しき結果」(これ)がないという関係になるであろう「注意義務違反」の見当がつきませんので,医療過誤に基づく損害賠償請求はできないことになります.
2 機序・原因が或る程度分かる場合
細かい機序・原因が不明でも,例えば手術が原因で死亡したという程度の機序しか分からない事案でも,手術適応がなかった(医学的に手術すべき症例はなかった)とすれば,手術を行ったことが過失(注意義務違反)と考えられます.
手術適応がなかった(医学的に手術すべき症例はなかった)とまでは言えない症例では,或る程度手術における死亡にいたる具体的な機序が分からないと,過失の検討,特定が難しくなります.
最判平21・3・27(集民230号285頁)は,プロポフォールと塩酸メピバカインの併用の事案ですが,「本件病院の担当医師らは,手術創の縫合や気管内挿管等を先行させたことによって時間を費やした結果,心停止後早急に開始すべき心臓マッサージを心停止から5分以上経過して開始しており,心停止後直ちに心臓マッサージを開始しなかったことも,過失と評価することができる。」「原審は,塩酸メピバカインの投与量を減らしたとしても,その程度は麻酔担当医の裁量に属するものであり,その減量により本件心停止及び死亡の結果を回避することができたといえる資料もないから,死亡と因果関係を有する過失の具体的内容を確定することはできないとするけれども,上記のように,本件の個別事情に即した薬量の配慮をせずに高度の麻酔効果を発生させ,これにより心停止が生じ,死亡の原因となったことが確定できる以上,これをもって,死亡の原因となった過失であるとするに不足はない。塩酸メピバカインをいかなる程度減量すれば心停止及び死亡の結果を回避することができたといえるかが確定できないとしても,単にそのことをもって,死亡の原因となった過失がないとすることはできない。」と判示しました.
「死亡と因果関係を有する過失の具体的内容」をどの程度特定,確定すればよいのか,について,参考になります.
谷直樹
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