弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

無痛分娩の安全対策について

読売新聞「無痛分娩 安全策は(上)厚労省研究班が提言案」(2018年3月20日)は,次のとおり報じました.

麻酔と出産、兼務容認 診療所に配慮

 出産の痛みを麻酔で和らげる「無痛分娩(べん)」の安全対策を検討していた厚生労働省研究班が、人員・設備面で望ましい体制や、情報公開について示した提言案をまとめた。3月末に最終的な「提言」を発表する予定だ。重大事故が相次ぎ発覚したことでつくられたものだが、安全性の向上につながるのか。その実効性が問われている。

 無痛分娩など産科麻酔を巡る重大事故は、昨年春以降、大阪、兵庫、京都などで次々に発覚した。厚労省は無痛分娩に関する研究班を設置。メンバーは、日本産婦人科医会や日本麻酔科学会などの関連団体から派遣された産婦人科医、麻酔科医、助産師、医療安全の専門家、市民団体代表で、昨年8月から議論を重ねてきた。
安全に実施するための対策を提言も、強制力なし

 提言案は、無痛分娩を安全に実施するための体制として、麻酔を担当する医師は定期的に研修を受けることや、麻酔をした後30分は患者の近くにとどまり、産後3時間までは何かあれば5分程度で駆けつけられるところにいることを提案。酸素バッグなど緊急時の蘇生に必要な医療機器をすぐに使える状態で備えておくことも挙げた。加えて、医療機関のウェブサイトなどで実施件数を公開するよう促している。

厚労省研究班の提言案のポイント

(実施施設に求める体制)
・蘇生に使う酸素ボンベなどの医療機器を使える状態で管理する
・麻酔を担当する医師は定期的(2年に1回程度)に研修を受講する
・麻酔を担当する医師は、麻酔後30分は近くに待機。産後3時間までは緊急時に5分程度で駆けつける
・チームの責任者の医師、麻酔を担当する医師、出産を担当する医師は場合によって兼務できる
・ウェブサイトなどで実施件数や説明文書、麻酔の方法などを公開する

(関係学会・団体に求める役割)
・無痛分娩を行う医療機関を登録する仕組みを作り、そのリストを公開する
・産科麻酔の研修体制を作る
・技術に習熟した医師の認定制度の是非を検討する
・具体化を進めるため新しいグループを設置する

(国に求める役割)
・無痛分娩の事故情報を収集・分析する方法を検討する
・患者・家族からの事故情報を活用する仕組みを検討する

(社会に求める役割)
・無痛分娩への理解を深める
・妊産婦は適切に情報収集し、主治医と相談し方針を決める

 ただ、この対策に強制力はなく、この通りにするかどうかは各医療機関の考え方次第だ。提言案では、無痛分娩の麻酔と出産を同一の医師が兼務することも容認された。一連の重大事故の多くが医師1人のもとで行われていたため、安全性を懸念する声があったが、提言案は医師1人でも無痛分娩ができる内容になっている。無痛分娩の麻酔に習熟した医師を認定する制度の創設も検討のそ上に載ったが、本格的な議論は先送りされた。

 議論の過程では、麻酔科医のメンバーから、「安全な体制が整えられない医療機関は無痛分娩の実施を控えてもらうことが必要」「ある程度の安全基準を守れないところは無痛分娩をできないのではないか」といった意見が出ていた。これに対し、産婦人科医のメンバーは難色を示した。人員や設備の条件を厳しくすると、無痛分娩ができる医療機関が減り、リスクの高い妊婦を受け入れなければならない大病院に、無痛分娩を希望する一般の妊婦までが集中して、本来の役割に支障が出てしまう、というのだ。

実情は「無痛分娩は集客の手段」 アンケートでは十分な情報集まらず

 日本では、出産の半数が診療所で行われている。無痛分娩が普及している海外の先進国では、出産は大病院で、産婦人科医、小児科医、麻酔科医などが常駐する環境で行うのが一般的であることを考えると、日本の出産事情は特殊といえる。日本産婦人科医会が昨夏に行った初の実態調査では、昨年度に国内で行われた無痛分娩の半数以上が診療所での例だった。

 ただ、複数の産科開業医や助産師は取材に対し、「無痛分娩は診療所にとって重要な集客手段になる」と実情を打ち明けている。提言案の内容は、そんな診療所の事情に配慮した結果でもある。

 研究班では当初、無痛分娩の安全性評価もする予定だった。日本産婦人科医会による実態調査の結果を使い、どういう場合にトラブルが起きているのかなどを詳細に分析して、事故の再発防止に生かそうと考えていた。しかし、任意のアンケートでは十分な情報が集まらず、細かい分析まではできなかった。現時点では無痛分娩が普通の出産と比べてリスクが高いかどうかの確かな判断は難しく、さらなる調査が必要とされている。このため、提言案は国に対し、事故の情報収集・分析制度の創設を求めた。妊産婦や家族からの情報を直接、受け付ける窓口の設置も提案している。

 研究班の提言を受け、4月以降に新しい専門家のグループが、研修制度をどうするかなど、対策の具体化を検討する。妊産婦が安心できる体制が整うまでには、さらに時間がかかりそうだ。」



読売新聞「無痛分娩 安全策は(中)「守るべきは母子の命」」(2018年3月23日)は,次のとおり報じました.

「神戸の遺族が訴え…厚労省研究班「提言案」に寄せて

 無痛分 娩 を巡る事故の続発をきっかけに設置された厚生労働省研究班は、安全のための提言案を一般市民に説明するため、3月4日に東京都内で公開講座を開いた。そこには、2015年に神戸市の診療所で起きた事故の後、妻子を失ったAさん(33)も参加していた。 (医療部 中島久美子)

 Aさんの妻(当時33歳)は、実家に近い「おかざきマタニティクリニック」で無痛分娩の処置を受けた直後に急変し、搬送先の大学病院で緊急帝王切開により長男を出産した。母子ともに意識不明で寝たきりの状態が続き、妻は昨年5月、長男も同8月に亡くなった。Aさんは再発防止を求めて厚労省や関連学会、研究班にそれぞれ要望書を提出している。

 Aさんと妻の姉(37)が読売新聞のインタビューに応じ、思いを語った。 
「安全対策」は骨抜きになってしまうでのは…夫

――提言案をどのように受け止めましたか?

A  研究班は当初、「世界標準と同等レベルの安全対策」を目標にしていると聞いたので、実効性ある対策が講じられるものと期待していました。でも今は、結果として対策は骨抜きになってしまうのではないか、という強い懸念を持っています。

――なぜ骨抜きになってしまうと思うのですか?

A  無痛分娩を受ける母子の視点がないからです。「今、無痛分娩をしている医療機関ができなくなる基準は作らない」という前提で議論が進んだのだと思います。たとえば、無痛分娩の麻酔ができる医師の認定制度に関する検討の仕方には違和感を覚えました。

研究班は認定制度のデメリットとして、

(1)現に無痛分娩を実施している医療機関や医師が資格を新たに取得するのが難しい

(2)資格取得が無痛分娩の条件になると無痛分娩を実施できる医療機関が激減する

(3)資格取得者のいる施設に希望者が集中して医療提供体制に悪影響を与える

……ということを挙げていました。これらは医療機関にとってはデメリットでしょうが、母子からみてもデメリットなのでしょうか?

 しかも、認定制度の対象は「原則として若手医師に限定する」となっていました。「これから運転免許制度を導入するけれど、高齢ドライバーは免許がなくても運転できます」と堂々と宣言しているようなものですよね。現状維持へのこだわりを強く感じます。

――「若手医師に限定する」ということに対しては、研究班のメンバーからも異論が出ていますので、今後、再検討されるようです。

姉  今回、認定制度導入の是非について、医師を対象としたアンケートはあったようですが、妊産婦や一般の人に対する意識調査もしてほしいです。妊婦が「先生は蘇生ができますか」と聞いて、「大丈夫」といわれたとしても、本当かどうかわからないですよね。資格があれば目安になります。」



読売新聞「無痛分娩 安全策は(下) 娘の悲劇 繰り返さないで」(2018年3月26日)は,次のとおり報じました.

「ロシア人母が手記~厚労省研究班「提言案」に寄せて

ロシアから来日した母・リュボビさんとの旅行先で。日本らしい風景が大好きだったエレナさん。この2年後、事故にあった(2010年、家族提供)

 無痛分娩(べん)の安全対策について厚生労働省研究班がまとめた提言案に対し、事故にあった妊産婦の家族が次々に声を上げている。その一人が、ロシア人の医師、ボイコ・リュボビさん(63)だ。

 リュボビさんの娘で、日本の大学でロシア語を教えていたエブセエバ・エレナさん(41)は、2012年、夫の日本人男性との間に授かった第1子の長女を京都府京田辺市にある診療所で無痛分娩で出産する際、事故にあった。この診療所ではエレナさん以外にも2件、産科麻酔を巡る重大事故が起きていたことが17年に明らかになっている。

 リュボビさんは、娘と孫の介護のために医師の仕事をやめて来日し、同年7月には寝たきりの2人も含め家族で記者会見を開き、再発防止を訴えている。今回、リュボビさんが読売新聞に手記を寄せた。(ロシア語翻訳協力・小児科医 橋本加津代さん)

リュボビさんの手記(概要)

 私の娘が、京都の開業医「ふるき産婦人科」で無痛分娩の麻酔を受けた後、昏睡状態に陥ってから6年目になります。その時に生まれた孫も寝たきりで、自発呼吸はなく、人工呼吸器につながれています。私はこの問題にとても関心を持っていますが、だからこそ感情的になっているのではないかという不安もあります。特に、昨年10月に京都地検が院長を不起訴とする判断を下した後はなおさらです。それでも、私の意見に興味を持ってくださるのであれば、コメントを簡潔にまとめてみようと思います。

 私個人としては、安全な無痛分娩には、産婦人科医だけでなく、麻酔科医、新生児科医などからなる医療チームが必要だと思っています。そのうえで、気管挿管などに必要な医療機器、ショック症状が起きたときに必要な薬剤などが一式、必要です。このような条件がそろって初めて、安全な無痛分娩ができると考えます。

 提言案は、医師が1人しかいない診療所でも無痛分娩を行うことができる内容とか。研究班は、それを禁止すれば大きな病院に妊婦さんが集中することをおそれているそうですが、私にもそのことは理解できます。ここでこそ、詳細な統計が必要ではないでしょうか。無痛分娩が多いのは、どこの都道府県でしょうか? 自然分娩と無痛分娩の比率は? どのようなトラブルがどれくらいの頻度で起きているのでしょうか? それらを調べた上で、出産が多く、無痛分娩が多く行われている地域には、必要な人員と機器を完備したセンター病院を整備することも一つの方法だと思います。

 安全な出産は、医師の技術水準に負うところが大きいものです。私が数年前まで医師として働いていたロシアでは、医師の資格は5年ごとの更新制でした。医学部を卒業して1年間のインターンを終了すると、医療機関で5年間仕事ができる資格を得られます。この資格を更新するには、約1か月間、実践的な臨床にかかわる問題や理論に関する講習を受け、試験を受けて合格する必要があります。医師として働くためには全員がこの講習を定期的に受けねばならない仕組みで、通常ありえない問題が起こらないようにしているのです。日本でも、世界各国の医師の養成や研修制度を調べて分析し、日本に最適な制度を考えるとよいと思います。

 研究班は、無痛分娩と通常のお産の妊産婦死亡リスクについて、「さらに詳しい調査が必要」としながらも、「リスクはほぼ同じ」とみていると聞きました。本当にそうなのでしょうか。分析に使ったデータの詳細を知りたいところです。その調査の対象は病院でしょうか、それとも診療所でしょうか。それによっても結果は異なるのではないでしょうか。無痛分娩や自然分娩を経験した女性たちにも調査をしてほしいです。安全性に関して研究班の結論を出すには、その根拠となるもっと確かな統計が必要だと思います。そもそも娘のケースは、研究班が安全性の評価に使った調査に含まれているのでしょうか。同じクリニックで起きた別の2家族の悲劇も、含まれているのでしょうか。

 娘は日本を深く愛していました。昨年7月に開いた記者会見の冒頭でもお伝えしましたが、娘や孫の救命やリハビリに、専門性とともに人としてのあたたかな心をもってあたってくださった医師やスタッフの方々に対して、心から感謝申し上げます。そして、日本の皆さまに、私たち家族が襲われたような不幸から、あなたや家族を守るには何が必要かについて、関心を持っていただきたいと繰り返しお伝えしたいと思います。」


このような被害者の声を受け止め,実効的な安全策策定を行うことが求められていると思います.

谷直樹

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by medical-law | 2018-03-26 15:34