弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

大学病院,院内製剤投与後急変死亡事例に係る調査結果について

京都大学医学部附属病院は,平成30年3月26日,「京都大学医学部附属病院における院内製剤事故に係る調査結果について(概要)-高濃度のセレン注射薬(院内製剤)が患者に投与された事例-」を公表しました.

「5 調査結果

(1)事故の概要
セレン注射薬 を交付している患者2名のうち1名の患者から、セレン注射薬 を高カロリー輸液に混合したところ、色調が変化したので投与を中止した、との情報提供があった。薬剤部は、色調変化の原因の調査を行うこととしたが、セレン 注射薬を処方されていたもう1名の患者に連絡せず、セレン注射薬を回収しなかった。翌日、その患者がセレン注射薬の投与を開始したところ背部痛が出現し、投与開始の約12時間後に京大病院救急外来に搬送され、急性循環不全にて死亡された。

(2)死因
患者の血液中のセレン濃度が基準値の20倍を超えていたこと、急性セレン中毒の症状として過去に報告されているような心電図変化や呼吸不全、心筋梗塞様症状を経過中に認めたこと、病理解剖において急性心不全に伴う肺うっ血以外に死亡を説明できる器質的変化を認めなかったことの3点を踏まえ、死因は急性セレン中毒であると結論づけた。

(3)セレン注射薬(事故品)の濃度
事故品には指示の1000倍のセレンが含まれていたと認定した。

(4)セレン注射薬の院内製造における品質管理体制
毒物・劇物の保管・廃棄方法について現場に正しい知識がないまま、運用が継続され、「医薬用外毒物」管理簿は、試薬瓶の残量を正しく記録する形になっていなかった。また、院内製剤記録簿とされている書面は、実態は、院内製剤手順書であり、品質工程の管理として適切な形式ではなく、秤量工程が正しく実施されたか検証することができなかった。品質管理の体制が確保されておらず、不具合品情報への対応手順が策定されていなかった。品質管理体制に不備があったために、高濃度のセレン注射薬が患者へ交付されるに至った経緯の詳細を解明することができなかった。
また、対象患者数が2名であり、実際の使用量を考慮した場合、使用期限を考慮すると残量が多くなってしまうことから、1回あたりの製造量は適切であるとは思えない。院内製剤に関するレシピは状況に応じて適宜見直すことが必要であり、最小限の量とすべきである。
(5)その他の指摘事項
院内製剤と治験との製造・管理のレベルに格差がある中で、患者の利便性を有効性・安全性よりも優先することの合理性は認められない。
(注:セレン注射薬は、現在、治験が進行中である)

6.再発防止策
(1)正確な製剤記録及び実効性のあるダブルチェックの実行
試薬の秤量段階において、製剤記録表(兼手順書)の数値と天秤の数値をダブルチェックにて確認し、実測した秤量値を製剤記録表に記録する。ダブルチェックは形骸化する恐れがあるため、ダブルチェックのみに頼らず、秤量値を直ちに記録することにて、誤りがあっても気づくことができる。また、秤量記録システムを導入し、ヒューマンエラーに気付く仕組みを確立する。

(2)調製実施者の署名記録の実施
製剤記録表が完成した時点で、調製者一人ひとりが製剤工程に不備がなかったか確認し、署名することで、製剤工程のセルフチェックができる。なお、印鑑では形骸化する可能性が高いため、署名を行う。

(3)院内製剤マニュアルの再点検
平成24年7月に発行された日本病院薬剤師会の「院内製剤の調製及び使用に関する指針(Version 1.0)」に準拠し、調製手順について品目ごとに点検して、ヒューマンエラーを管理できる方策を取り入れる。また、調製量についても使用頻度・使用量等を考慮して再点検を行う。現在の院内製剤マニュアルには、有害事象への対応が記載されていないため、新たに追加する。
なお、上記指針には、院内製剤の製造及び品質保証に関する手順等について、「医薬品の安全使用のための業務手順書」に項目立てを行い、記述する、となっていることから、同手順書の見直しも必要である。

(4)医薬品の安全使用のための業務手順書の再点検
「医薬品の安全使用のための業務手順書」作成マニュアル(平成19年3月 平成18年度厚生労働科学研究「医薬品等の安全管理体制の確立に関する研究」主任研究者北澤式文)は、患者の安全を確保するために必要な医薬品の管理体制を取ることを目標とするものである。薬剤部内の業務だけでなく、手術部門等の薬剤部門以外での医薬品の安全管理、ならびに、在宅での医薬品の安全管理についても手順を作成することが求められている。
現在、京大病院で作成されている業務手順書には、不足する項目が見受けられる。本事故とは直接関連しないが、医薬品安全管理の意識を高め、実効性のある安全管理のシステムを構築するためにも、業務手順書の再点検が望まれる。

(5)院内製剤の使用適否の判断について
院内製剤の使用適否を検討する際には、治験が実施されているかどうかを考慮の対象とし、院内製剤の必要性を判断する。


谷直樹

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by medical-law | 2018-03-26 20:02 | 医療事故・医療裁判