弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

吸引分娩→帽状腱膜下血腫→出血性ショック→死亡となった医療過誤事件の第1回期日(大阪地裁)

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毎日放送「「吸引分娩」めぐり両親が提訴 出産直後に長男死亡、病院側は争う姿勢」(2018年9月11日)は,次のとおり報じました.

「大阪市都島区のクリニックで「無理やり吸引分娩をされ、産まれたばかりの子どもが死亡した」として両親が病院を相手に損害賠償を求める裁判を起こしました。クリニック側は争う姿勢です。

大阪市に住む高瀬さん夫婦。長男の柊ちゃんは、産まれてわすが12時間後に亡くなりました。

 「ディズニーランドで買って、楽しみにしていた。この夏着せようと思って。結局着せずじまいで」(高瀬実菜美さん・30歳)
2年間の不妊治療の末にできた初めての子ども。お腹の中で成長する我が子を記録し続けてきました。
「ずっと楽しかったですね。夫にも『さわってさわって』って言って」(実菜美さん)
「毎晩さわってましたね」(夫・大地さん 30歳)

去年11月、陣痛が始まり都島区の「○○」に入院。無痛分娩によって出産しました。ところが、出産から約4時間後に柊ちゃんがぐったりしているのをクリニックが確認し、別の病院に搬送されましたが、その後死亡しました。死因は出血性ショック。頭蓋骨の外側にある血管が切れ、出血したことが原因でした。なぜ、血管が切れてしまったのでしょうか。

高瀬さんの分娩経過表を見てみると、「吸引分娩」を5回実施したことが記録されています。吸引分娩とは、吸引器に接続された丸いカップを赤ちゃんの頭に密着させ、吸い出す方法です。無痛分娩の場合に吸引分娩の実施率が高くなるといわれています。ガイドラインでは、赤ちゃんの健康に問題がありすぐに吸い出す必要がある場合や、母親の子宮口が全開してから分娩に時間がかかりすぎている場合などに吸引分娩をすることになっています。ところが高瀬さんの場合、柊ちゃんの状態が悪かったなどの記録はないうえ、分娩に特段、時間がかかったわけではなかったといいます。

「無痛で初産やから7、8割は吸引になりますのでみたいな説明で。(Q.お子さんに異変があるとか?)ないです、一切なし。元気やからね、それだけです」(高瀬実菜美さん)

高瀬さん夫婦は「必要がないのに無理やり吸引分娩を実施され、頭の血管が切れてしまった」などとクリニック側に訴えましたが、回答は次のようなものでした。

「死亡原因は不明で、当クリニックの処置・対応によるものではない」

このため高瀬さん夫婦は今年7月、大阪地裁に提訴。11日に初弁論が開かれ、クリニック側は請求棄却を求めました。

「私たちみたいな思いをする人がひとりでもいなくなれば、この訴訟をやる意味があるのではと思う」(高瀬実菜美さん)

吸引分娩は適切だったのか。真相解明の場は法廷に移されます。」


読売放送「赤ちゃん死亡は吸引分娩」病院側争う姿勢」(2018年9月11日)は,次のとおり報じました.

 「出産翌日に赤ちゃんが死亡したのは、病院が実施した吸引分娩が原因だとして、両親が損害賠償を求めている裁判が始まり、病院側は争う姿勢を示した。

 訴えを起こしたのは、大阪市に住む高瀬大地さんと妻の実菜美さん。訴状などによると、去年11月、大阪市都島区の○○で男の子を出産した際、医師が専用の器具で母体から赤ちゃんを引っ張り出す「吸引分娩」を実施した。男の子は産まれた約4時間後に容体が悪化し、翌朝、死亡した。

 両親は、本来必要のない無理な吸引分娩が原因で男の子が死亡したとして、病院側に約5300万円の損害賠償を求めている。

 11日、大阪地裁で開かれた第一回口頭弁論で、病院側は「適切な処置だった」と争う姿勢を示している。「


NHK「出産翌日赤ちゃん死亡 両親提訴」(2018年9月11日)は次のとおり報じました.
「大阪・都島区のクリニックで産まれた赤ちゃんが、翌日に死亡したことをめぐり、両親がクリニックの分べんの方法に問題があったとして、5300万円余りの賠償を求める訴えを起こしました。

訴えを起こしたのは、大阪市の高瀬大地さん(30)と実菜美さん(30)の夫婦です。
訴えによりますと去年11月、大阪・都島区にある産婦人科のクリニックで、妻の実菜美さんは、麻酔を使って陣痛を和らげる「無痛分べん」の処置を受けた後、医師の判断で、赤ちゃんの頭にカップをつけて引き出す「吸引分べん」で出産したということです。
しかし、赤ちゃんは翌日、死亡しました。
両親は「吸引分べんの必要はなかったのに、医師が誤った方法を行った」と主張して、クリニックに5300万円余りの賠償を求める訴えを大阪地方裁判所に起こしました。
11日から大阪地方裁判所で始まった裁判でクリニック側は、全面的に争う姿勢を示しました。
会見した実菜美さんは、「2年間の不妊治療の末にやっと授かった命でした。なぜ亡くならなければいけなかったのか、裁判を通して検証し、私たちのような思いをする人が少しでもなくなれば」と話しました。
一方、クリニックは、「弁護士に任せているのでコメントできない」としています。」


関西テレビ「「吸引分娩」翌日に男児死亡…両親が産科医院に対し約5300万の損害賠償求め提訴」(2018年9月11日)は,次のとおり報じました.

「赤ちゃんが亡くなったのは医師の過った分娩処置が原因だとして30歳の夫婦が産婦人科医院に対し5300万円あまりの損害賠償を求める裁判を起こしました。
訴えを起こしたのは、大阪市に住む高瀬実菜美さん(30)と夫の大地さん(30)です。実菜美さんは2年間の不妊治療の末、大阪市都島区の産婦人科医院で去年11月に男の子を出産しました。
分娩のときに、医師は、吸引カップにより赤ちゃんを引っ張り出す「吸引分娩」を行いましたが、翌日、赤ちゃんは頭に内出血を起こして死亡しました。
「吸引分娩」は母体や赤ちゃんに大きな負担がかかるため、日本産婦人科学会のガイドラインでは赤ちゃんの頭が一定程度の位置に降りてくるのを待つことが望ましいとされています。
夫婦は、赤ちゃんの頭がまだ十分出てきていないのに医師が過って吸引分娩を行い死亡させたとして、5300万円あまりの損害賠償を求めています。

【原告・高瀬実菜美さん】
「まさか自分の子が出産してすぐに亡くなるなんて思わなかった。その原因を知りたい。二度と同じ事故を起こしてほしくない」

一方、病院側は「赤ちゃんの頭は吸引分娩をできる程度に降りてきていた」とこれまで反論していて、「裁判でも争っていく」としています。」


共同通信「不要な吸引分娩で男児死亡と提訴 両親、大阪の医療法人に賠償求め」(2018年9月11日)は,次のとおり報じました.

「麻酔で痛みを和らげる「無痛分娩」で出産後に長男が死亡したのは男性院長が不要な吸引分娩をしたことが原因として、両親が大阪市で産婦人科医院を運営する医療法人○○に慰謝料など計約5300万円の損害賠償を求めて大阪地裁(野田恵司裁判長)に提訴したことが11日、分かった。

 同日、地裁で第1回口頭弁論が開かれ、病院側は請求棄却を求めて争う姿勢を示した。

 原告は大阪市に住む父親高瀬大地さん(30)と母親実菜美さん(30)。訴状などによると、実菜美さんは昨年11月19日から陣痛を訴えて入院。翌20日午前から陣痛促進剤や麻酔を投与され、午後8時ごろ、金属カップで頭部を引き出す吸引分娩で長男柊ちゃんを出産した。しかし柊ちゃんの容体が悪化し、別の病院に搬送され同21日朝、出血性ショックで死亡した。

 日本産科婦人科学会などがつくるガイドラインは、胎児の機能不全や母体の疲労、出産の経過時間など吸引分娩の必要条件を定めているが、両親はいずれも満たしていなかったと主張している。

 弁論後の記者会見で、実菜美さんは「このまま息子に起こったことが検証されないのはおかしい。二度と同じことが繰り返されないよう、裁判の中で過失を明らかにしてほしい」と訴えた。」



テレビ大阪「吸引分娩で赤ちゃん死亡訴訟、初弁論」(2018年9月11日)は,次のとおり報じました.

「吸引分娩という措置で、赤ちゃんを死亡させたとして両親が訴えている裁判の初弁論が行われました。

訴えによりますと去年11月、出産の際、医師が必要のない吸引分娩を行ったことで赤ちゃんが出血性ショックとなり翌日に死亡したとして両親が産婦人科のクリニックに対しおよそ5300万円の損害賠償を請求しています。

一方、クリニック側は、赤ちゃんの死亡と吸引分娩に因果関係はないとしています。
【原告両親の会見】」


上記報道の件は,私が担当している事件です.
本件は,吸引分娩により帽状腱膜下血腫が生じ,吸引後の観察も不十分で搬送も遅れ、そのために出血性ショックにより生後1日で死亡となった事案です.

◆吸引分娩
吸引分娩は,娩出吸引器を利用して分娩第2期に胎児を急速に娩出させる方法です. 胎児頭部に吸引カップを陰圧をかけることにより吸着させ,カップの柄(牽引ハンドル)を牽引することにより胎児を娩出させます.娩出吸引器には,金属カップとソフトカップがあり,牽引力の点では金属カップ,装着の容易さ・速さの点ではソフトカップが優れています.本件ではソフトカップで1回吸引し,金属カップで4回吸引しました.

吸引分娩は急速遂娩の一つの方法ですが,本件は母児ともに元気で急速遂娩を必要とする状況にありませんでした.本件は,吸引する必要がないのに吸引分娩を行ったことを過失にしています.

◆産科ガイドライン
「産婦人科診療ガイドライン産科編 2017」は,日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会の共同編集による4訂版です.産科医療補償制度の原因分析委員会での考え方として,脳性麻痺事例の分娩経過で,ガイドラインが遵守されてたかが,その診療のレベルの評価につながっていった結果,次第に「ガイドライン産科編」が産科医療の基本であり標準であるという認識ができあがりました(「ガイドライン産科編2017の刊行にあたって」参照).

◆本件が吸引分娩を行ってよい場合にあたらないこと
「産婦人科診療ガイドライン産科編 2017」は,吸引分娩を行ってよい場合は,①胎児機能不全,②分娩第2期遷延や分娩第2期停止,③母体合併症(心疾患合併など)や母体疲労のため分娩第2期短縮が必要と判断される場合に限っています.

本件は,胎児機能不全(胎児が子宮内において,呼吸ならびに循環機能が障害された状態)でもなく,分娩第2期遷延や分娩第2期停止でもなく,母体合併症(心疾患合併など)や母体疲労のため分娩第2期短縮が必要と判断される場合でもありません.
分娩第2期(娩出期)は,子宮口全開大(直径10cm)から娩出までの時期をいいます.本件は,初産婦で無痛分娩を実施していますので,全開大から3時間以上を目安に「遷延」と判断されます(上記ガイドラインは,硬膜外無痛分娩では初産婦 3 時間以上,経産婦 2 時間を目安に「遷延」とします.米国産婦人科学会のガイドラも「遷延分娩」について「硬膜外無痛分娩では初産婦 3 時間以上,経産婦 2 時間以上」と定義しています.The American Collage of Obstetrici ans and Gynecologists Committ ee on Obstetrics: Maternal and Fetal Medicine. Obstetric Forceps. ACOG Committee Opinion No.71, 1989 ).本件の医師は,全開大になってから,1時間余りで吸引分娩を行っています.「分娩第2期遷延」にあたりません.被告もそれは認めています.
被告は,本件が「分娩進行が遅延して分娩第2期遷延が予想される場合」にあたり,吸引分娩が許されると主張するようです.しかし,本件は全開大になってから1時間余りですから,そのような予想は到底無理でしょう.

カルテには,(分娩第2期遷延が予想されるなどの記載はなく)「軟産道強靱症にて吸引」と記載されています.しかし,子宮口全開大となっていますので,軟産道強靱(子宮頚の潤軟化が不十分で,子宮口の開大が遅れる様態をいう。)の状態にあったとはいえません.また,軟産道強靱のため分娩が困難なケースは吸引分娩ではなく帝王切開の適応です.

◆児頭の位置
ガイドラインは,Sp0より下であれば吸引してよいとしています.この基準はやや緩いと思いますが,本件はそれすら遵守していません.本件は,児頭がSp-2~-3cmの間にあったことを示す記録があり,その後児頭が下降した記録はありません. 原告は,-2~-3cmという高い位置から吸引したことも過失として主張しています.

被告は,記録はないが児頭はSp±0より下に降りてきていたと主張するようです.しかし,児頭はSp±0より下に降りてきたことを示唆する事情はなく,むしろ児頭が下がってきていないことを示す事実があります.

◆帽状腱膜下血腫
帽状腱膜下血腫は,頭皮下の帽状腱膜と頭蓋骨膜の間の血管の断裂によって生じる出血で,多くは吸引分娩に伴って発生します.出産全体では帽状腱膜下血腫は1万例に4例ですが,吸引分娩に限って統計をとると1万例に59例と報告されています.

帽状腱膜下血腫から出血性ショックとなって死亡したことについても被告は争うようですが,搬送された病院の診療記録から,帽状腱膜下血腫から出血性ショックとなって死亡したことは明らかと思います.
なお,このクリニックでは,生まれた児の異変に気付くまで長い時間がかかっていますし,気付いてから搬送するまでも長い時間がかかっています.

◆最近の裁判例
山口地裁平成27年7月8日判決(判例時報2284号99頁)は,児頭sp±0ないし-3と高い位置にあるのに吸引を実施した事案で,5428万5373円の賠償を認めています.児頭がステーション±0を超え,先進部は排臨の状態に達しているか,あるいは下降部は少なくとも±0以上になっていなくてはならないこと,分娩第2期遷延の場合などに適応があること,吸引分娩は適応や手技を誤ると危険なものであり,帽状腱膜下血腫などの分娩外傷の原因ともなることを認定しています.胎児は帽状腱膜下血腫を発症し,急性出血性ショックを来たし,重症新生児仮死状態となり,多臓器不全で死亡したことを認定しています.

◆再発防止のために
吸引分娩により帽状腱膜下血腫が生じ,そのために出血性ショックにより死亡した事案は少なくないと思います.私も本件以外にも過去に複数件取り扱っていますので,日本全国ではかなりの数にのぼるのではないかと思います.

児が出生6か月内に死亡した例は産科医療補償の対象にならないため,本件にように,吸引分娩→帽状腱膜下血腫→出血性ショック→死亡となった事故は,産科医療補償に収集されていません.そのためもあり吸引分娩事故の再発防止が遅れていると思います.

産科医療補償再発防止委員会は,帽状腱膜下血腫に関するわが国での全国的な実態調査を行い、どのような吸引分娩の手技がハイリスクであるかを解明することが望まれるとしています.また, Sp+2cmまで児頭が下降していても吸引分娩が不成功に終わり障害を残す事例もあることから,日本産婦人科学会・日本産婦人科医会に,吸引分娩の条件(児頭の位置,回旋など)について再検討を要望しています.

この裁判が,吸引分娩事故の再発防止につながることを強く願います.

次回期日は,11月9日(金曜日)午後1児30分,準備手続き(非公開)です.

【追記】
令和5年1月24日に判決がありました。
大阪地裁令和5年1月24日判決(冨上智子裁判長、司法修習48期)は、吸引分娩後の帽状腱膜下血腫により出生後半日で新生児が亡くなった事案で、助産師の報告義務違反(過失)を認め、被告医療法人に約5100万円の賠償を命じました。
→ https://medicallaw.exblog.jp/32811453/

谷直樹

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by medical-law | 2018-09-11 22:09 | 医療事故・医療裁判