弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

マイトラクリップ手術で患者死亡(報道)

慶應義塾大学医学部出身の医師が東京大学医学部附属病院で行ったマイトラクリップ手術で患者が死亡していたことが報じられました.

NEWSポストセブン「東大病院「心臓手術死亡事故」現役医師たちが覚悟の内部告発」(2019年1月21日)は次のとおり報じました.

 
「国内の心臓疾患患者はおよそ172万人。病状の悪化が死に直結する部位だけに、新たな治療法の確立がいまこの瞬間も待ち望まれている。しかし、患者にとって希望になるべき最新術式を巡って、医療の信頼を揺るがす問題が起きていた。舞台は東大病院。内部告発で暴かれた、手術死亡事故の全容とは──。

◆差出人は〈東大病院有志一同〉

 ここにA4用紙13枚にわたる文書がある。

〈告発状 東京都福祉健康局 医療政策部 医療安全課 〇〇課長 ご机下〉

 そう宛先が書かれた文書は冒頭でこう述べる。

〈東京大学医学部付属病院循環器内科における医療死亡事故隠ぺい事件をここに告発するものである〉

 末尾に〈東大病院有志一同〉と記されたこの告発状は何を訴えるのか──。

 発端は、昨年9月21日に遡る。この日、40代男性のA氏は東大病院のベッドに横たわっていた。

 A氏は心臓が通常より肥大化し、血液を適切に全身に送れなくなる拡張型心筋症と僧帽弁閉鎖不全症を患っていた。原因不明であるケースが多く、悪化すると心臓移植が必要となる難病である。

 そのA氏に施されたのが「マイトラクリップ手術」だ。脚の付け根から心臓までカテーテルを挿入し、左心房と左心室の間にある僧帽弁の先端をクリップで繋ぎ合わせ、血液の逆流を減らす手術で、従来の開胸手術より患者の負担が大幅に軽減される。日本では2018年4月に保険適用が始まったばかりの治療法である。

 手術を担当したのは、同術式の豊富な経験があると医療ニュースサイトなどで紹介される、東大病院循環器内科のK医師だった。だが、手術から16日後の10月7日午後2時5分、A氏は息を引き取った。

 件の告発状では、この処置について以下のように指摘していた。

〈不適切な医療行為により死亡した〉〈その死に至る過程では、単純な過失による医療事故のみでは片づけられない数多くの不適切行為が行われ、無念の悲痛な最後を迎えたのであります〉

 1月初旬、宛先である東京都福祉健康局を訪ねると、担当者はこう述べた。

「告発状の存在は我々も把握しています。すでに東大病院には都として立ち入り調査に入っており、検証が終わるまでマイトラクリップ手術を中止するよう指導してあります。

 この術式は高難度新規医療技術に当たり、保険適用下の治療に際しては慎重な運用が求められる。過去の実施症例において、なんらかの疑義がある状況のままでは、施術が行なわれるべきではないと判断しました」

◆カルテに〈特に問題なし〉と記載

 日本の医療を牽引する名門病院で一体何があったのか──。取材を進めると、内情を知る東大病院循環器内科の現役医師B氏と接触できた。B医師が語る。

「A氏の一件は、手術中に医療ミスが発生し、かつその点を見落として患者を死に至らしめた可能性が高い。カルテにもその形跡が示してあります」

 本誌・週刊ポストはA氏のカルテや死亡診断書、X線写真などを入手し、様々な角度から検証すると、A氏の手術について様々な不可解な点が浮かびあがってきた。

 手術中の出来事について、カルテにはこうある。

〈中隔穿刺を行なったが、中隔の肥厚、(中略)何度通電しても穿刺できず〉

〈可変式カテなどを使用するも穿刺できず、これ以上の手技継続は合併症のriskを考慮し、本日は手技中止とした〉

 昭和大学横浜市北部病院教授で心臓外科手術の権威として知られる南淵明宏医師は、次のように見解を示した。

「心臓にカテーテルを通すには、心房中隔に小さな穴を空ける必要があります。カルテからは、担当医がカテーテルを何度変えても心房中隔に穴を空けられず、結局マイトラクリップ手術を中断した様子がうかがえます」

 中止直後に撮影された胸部X線写真について、B医師が指摘する。

「写真を見れば、右肺部から空気が漏れて肺を圧迫する『気胸』が発生していたのは明らかです。(穿刺が行なわれた)左心房のすぐ隣には肺があります。術中に心房中隔に穴を空けようとして何度もカテーテルを動かした際、誤って肺に穴を空けてしまい、気胸が発生したと考えられます。しかしK医師はカルテに『特に問題なし』と記載していました」(B医師)

 手術翌日のカルテには〈日中にも血痰あり、やや酸素化不良 右呼吸音減弱〉〈CTでも右気胸あり〉との内容が記載されていた。

「血痰は肺が突き破られたことを指す重大なサインです。直後のCTで胸膜腔に血が溜まる血気胸が確認されました。本来なら血気胸を発見した時に補助心臓をつけて外科手術を施すべきでしたが、そうした処置はなされなかった」(B医師)

 その後、A氏の状態は急激に悪化し、10月7日に死亡したのは前述の通りだ。

◆診断書の死因は〈病死及び自然死〉

 A氏の死後、さらに不可解な出来事が起きていた。東大病院が作成したA氏の死亡診断書を確認すると、「死因の種類」という欄は、「病死及び自然死」にチェックが付けられ、「直接死因」は「慢性心不全急性憎悪」と記されている。

 驚くのは、手術の有無を問う欄は「無」にチェックされており、主要所見の欄も空白だったことだ。死亡診断書からは、A氏に手術をした事実が“消えて”いるのだ。

 厚労省の「死亡診断書記入マニュアル」は、「直接死因」や「直接死因の原因」に関係のある手術を実施した場合、術式及び診断名と、関連のある所見(病変の部位、性状、広がり等)の記入を求めている。が、A氏の死亡診断書にはマイトラクリップ手術の実施や、その後気胸が発生した事実が一切記載されていない。

 南淵医師が指摘する。

「もし心臓手術を施した患者が、1か月後に手術が直接の原因とは思えない脳出血で突然亡くなられたとしても、死亡診断書には、手術の詳細を記すことが求められます。A氏の件は手術後に肺に穴が空き、それが死に繋がった可能性が浮上しています。死亡診断書に心臓手術が行なわれたことを記載しないのは、医学界のルールを逸脱しているといえます」

 A氏の死について、東大病院が第三者機関の医療事故調査・支援センターに報告し、実態解明に乗り出したのは、死後2か月経ってからのことだった。

 問題はそれだけでない。そもそもA氏は、マイトラクリップ手術を受けられない患者だったという疑いも浮上したのだ。

 医療機器の承認審査などを行なう医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、マイトラクリップ手術について、心臓の収縮力を示す左室駆出率(EF)が30%以上の患者にしか適用してはならないと定める。それ以下の数値では、手術の負担に心臓が耐えられないリスクがあるからだ。

 事前の検査結果でA氏のEFが17%だったことがカルテに記載されている。だが、カルテには〈転院前の前医で施行したTTE(注・経胸壁心臓超音波検査)ではVisual EF30%であり、保険適応上は問題ない〉と併記されていた。

「Visual EFとは、“超音波画像で見たところこれくらいだろう”と視認した参考値にすぎません。そもそもEF17%という数値は心機能が著しく低下した状態。手術を行なったこと自体が間違いだったのではないか」(B医師)

 A氏が適応外の患者だったことを示す記載は他にもある。PMDAは「強心薬(カテコラミン)依存者」についても、マイトラクリップ手術には不適応とする。

 カルテには、A氏がカテコラミン依存状態であったことが記載されており、手術前にも、持続的に静脈内にカテコラミンを投与する状態だった。

「本来、補助人工心臓の埋め込みか、心臓移植が最適の処置だったはず」(B医師)

 医療問題に詳しい中川素充弁護士が語る。

「死亡診断書に虚偽の記載をしたのであれば虚偽診断書等作成罪にあたる可能性があります。仮に執刀医ではない人間が記載したために、事実を知らずに誤記していたケースであったとしても、同じ院内で報告が行き届いていない状況は問題です。真相解明の機会を奪っていることになる。

 PMDAで定められた基準に反して適応外の患者に治療を施し、死亡させた場合は、業務上過失致死傷罪に問われる可能性があります」

◆症例集めに〈苦戦しております〉

 なぜ、K医師はこれほどまでにマイトラクリップ手術にこだわったのか。K医師は慶應義塾大学医学部出身で、ドイツのブランデンブルグ心臓病センターに留学経験がある。東大病院のスタッフとなったのは、2018年1月だ。

「医局の教授から『これからK先生がマイトラクリップ手術のイニシアチブを取る』とのお達しがありました。新任ながらいきなり難易度の高い手術を任されただけに、周りの医師は驚きました」(B医師)

 就任の翌月、東大病院でマイトラクリップ手術の開始が決まると、K医師は適応症例集めに励んだ。

「新しい手術法を開始する時にはできるだけ症例を重ねて、他の病院を実績でリードすることが求められます」(B医師)

 だが、症例となる患者はなかなか集まらなかった。2018年5月17日にK医師が循環器内科の医局員に送った以下のメールからは、焦りがうかがえる。

〈MitraClip候補症例については現時点で確定症例がわずかに1例のみと苦戦しております。7月から本治療を開始するにあたり、候補症例を最低7例ストックする必要があり、非常に厳しい状況です〉

〈高齢者でも透析症例でも機能性MRでも適応になります。(中略)このようなお願いばかりで誠に恐縮ではございますが、MitraClip候補症例集めにお力添えを賜れば幸甚です〉

 そんな状況のK医師にとってA氏は“求めていた症例”だったのかもしれない。A氏は独身で一人暮らし。カルテにはA氏の家族について、「母認知症、姉とは30年会っていない」との記述があった。だが、母親は70代で物忘れをすることはあるが、病院で「認知症」と診断された経験はない。

 母親は息子の死について、「本当のことが知りたい」とだけ話した。

 手術のリスクについて、本人や家族への説明は尽くされたといえるのだろうか。本誌は一連の出来事についてK医師に取材を申し込んだが、締め切りまでに回答はなかった。

 東大病院の広報部は書面でこう回答した。

〈当該患者に対する治療が極めてハイリスクであることもかんがみて、治療の是非については、循環器内科内での症例検討会や、循環器内科、心臓外科、麻酔科でのハートチームカンファレンスのみならず、新規診療等検討委員会、臨床倫理委員会でも検討を行い、そのいずれからも治療の許可、賛同を得たうえで、当該患者本人とそのご家族にご説明を行い、そのご意向も踏まえて、最終的に当院でMitraClip治療を行うことを決定しております。
(中略)
 当該患者の死因について、治療にあたった循環器内科としては、原病である突発性拡張型心筋症による慢性心不全の増悪が主であると考えており、原病に対する手術は行っておりませんので、その旨を死亡診断書に記載しております〉

 告発状とは真っ向から主張がぶつかるなか、B医師が胸中を明かす。

「今回の事故について、“検証し、責任の処在を明確にしなければ、患者が次々と危険な目に遭い、病院やマイトラクリップ手術に対する信用も損なわれる。それだけは食い止めなければ”との危機感を持つ現役医師は私だけではありません」

 一刻も早い事実解明が求められる。

●文/伊藤隼也(医療ジャーナリスト)と週刊ポスト取材班
※週刊ポスト2019年2月1日号」


報道の件は私が担当したものではありません.
先端技術を適用しようとするあまりに起きた事故の可能性があります.


谷直樹

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by medical-law | 2019-01-24 12:48 | 医療事故・医療裁判