弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

診断の過誤

「診断の過誤」は多く、相談件数も多いです.
類型は4つあります.或る疾患を別の疾患と誤診する、疾患を見逃す、疾患の診断が遅れる、重篤性の評価を誤る、の4つです.

立証の要点は次の3つです.
1 客観的にその当時その疾患に罹患していたこと或いは重篤な状態であったことを立証することが必要です.
2 その当時その疾患に罹患していることを認識すべきことを立証することが必要です.
3 その当時別の疾患と誤診したこと、その疾患を見逃したこと、その疾患を後の時点まで診断しなかったこと、或いは重篤性の評価を誤ったことを立証することが必要です.

1が立証できないと、そのそも「診断の過誤」になりません.

2は、症状、検査所見、既往等の患者背景が重要です.症状、検査所見だけから疾患を絞り込みのが難しい場合でも、既往等の患者背景を考慮すると真の疾患が浮かび上がってくることも少なくないように思います.「診断の過誤」の原因の1つは、既往等の患者背景を軽視ないし無視することによるものです.医療裁判では、「診断の過誤」は症状を中心に争われることが多いのですが、それだけでは十分ではないと思います.同じ症状を訴えても患者背景が違うと診断に至る思考は大きくことなるからです.裁判では争いのある事実がクローズアップされますが、争いのない事実から認定される事実も大きいと思います.
重篤な疾患、緊急性を要する疾患は基本的に鑑別の対象になります.
最高裁平成18年4月18日判決(集民220号111頁)は、汎発性腹膜炎の事案ですが、筋性防御など腹部症状に乏しかったこと、開心術後にしばしばアシドーシスを認めることは腸管壊死を否定する理由とならないとし、腸管壊死が発生している可能性が高いと診断すべき注意義務の違反を認めました.この最高裁判決は、その後の裁判例に影響を与えており、その判断手法は参考になります.
同判決は,「レントゲン写真によれば,腸閉そく像が認められ,ガスが多い状態であった。」「①Aは23日夕刻ころから強い腹痛を訴えるようになり,24日午前0時ころからは頻繁に強い腹痛を訴えるようになった,②同日午前2時30分ころ鎮痛剤が投与されたものの,腹痛が改善せず,午前3時50分にはより強力な鎮痛剤が投与されたにもかかわらず,腹痛は強くなっ-7-た,③BE値は,同日午前0時には許容値を超え,午前2時46分には高度のアシドーシスを示すようになり,午前5時30分からは補正のために断続的にメイロンが投与されたにもかかわらず,改善されなかった,④同日午前8時ころ撮影のレントゲン写真によれば,腸閉そく像が認められ,ガスが多い状態であった,⑤同日午前8時までの間に腸管のぜん動こう進薬が投与されたにもかかわらず,腸管ぜん動音はなかったなどというのである。そうすると,Aの術後を管理する医師としては,腸管え死が発生している可能性を否定できるような特段の事情が認められる場合でない限り,同日午前8時ころまでには,腸管え死が発生している可能性が高いと診断すべきで」「D医師は,24日午前8時ころまでに,Aについて,腸管え死が発生している可能性が高いと診断した上で,直ちに開腹手術を実施し,腸管にえ死部分があればこれを切除すべき注意義務があったのにこれを怠り,対症療法を行っただけで,経過観察を続けたのであるから,同医師の術後管理には過失があるというべきである。」と判示しました.

「診断の過誤」は医師の能力に左右されると考えがちですが、多くの事案を見ていると、そうではないように思います.「知らなかった」ではなく、「気づかなかった」によるものが多いからです.認知のゆがみがあることがほとんどです.その理由はさまざまですが、医師個人の問題というより病院の体制の問題であることも少なくないように思います.患者家族の訴えを良く聞くこと,コミュニケーションを密にすることが「診断の過誤」を減らします.

いずれの診断の過誤も、治療の遅れにつながり、結果に影響した場合は、因果関係が肯定され、賠償責任が生じます.

谷直樹

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by medical-law | 2019-07-10 04:54 | 医療事故・医療裁判