因果関係が立証できない場合の損害賠償
死亡事案について,最判平12・ 9 ・22(民集54巻7号2574頁)は,「医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。」と判示しました.
また,最判平16・ 1 ・15(集民213号229頁)は,「甲の病状等に照らして化学療法等が奏功する可能性がなかったというのであればともかく,そのような事情の存在がうかがわれない本件では,上記時点で甲のスキルス胃癌が発見され,適時に適切な治療が開始されていれば,甲が死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったものというべきである。」と判示しました.
判例は,過失と損害が高度の蓋然性で立証でき,因果関係について相当程度の可能性の存在が証明されるときは賠償責任を肯定していると言えます.
重度の障害(日常生活全般にわたり常時介護を要する状にあり,精神発育年齢は2歳前後で,言語能力もない)の事案で,最判平15・11 ・11(民集57巻10号1466頁)は ,「本件診療中,点滴を開始したものの,上告人のおう吐の症状が治まらず,上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり,これに不安を覚えた母親から診察を求められた時点で,直ちに上告人を診断した上で,上告人の上記一連の症状からうかがわれる急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処し得る,高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ上告人を転送し,適切な治療を受けさせるべき義務があったものというべきであり,被上告人には,これを怠った過失があるといわざるを得ない。」「その転送義務に違反した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な医療機関への転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う」と判示しました.
大阪地判平19・11・21は両眼失明の事案で,東京地判平20・1・21は左大腿切断の事案で,それぞれ相当程度の可能性を認定し,損害賠償を認めました.
その相当程度の可能性も立証できない場合があります.いわゆる期待権侵害として賠償責任を肯定できるか,が問題になります.
最判平23・2・25は,「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは,当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ,本件は,そのような事案とはいえない。」と判示しました.
「当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまる」ことから,期待権侵害が認められる場合はきわめて限定されることになります.
福岡地判平25・11・1は,「診療契約上の債務不履行があると認められ,それについて責めに帰すべき事由がなかったと認めるに足る証拠はない」と判示し,大腸癌に罹患していることの確認が約半年遅れたのであるから,著しい精神的苦痛を被ったと認定し,精神的苦痛を慰謝するには180万円が相当であるとし,弁護士費用20万円とあわせ,200万円の損害賠償を認めました.最判平23・2・25については,不法行為についてのものと射程を限定しています.
結局,上記判例から, 過失と損害は立証できるが,因果関係(高度の蓋然性)について立証ができないときは,死亡と重度の障害事案であれば,相当程度の可能性を立証すれば,金額は少ないですが,損害賠償が認められる,さらにその相当程度の可能性も立証できない場合は,診療契約上の債務不履行があると認められ,それについて責めに帰すべき事由がなかったと認めるに足る証拠はない場合で,著しい精神的苦痛を被ったことを立証できるときは,損害賠償が認められることになります.
また,不法行為構成と債務不履行構成で実質的な差違は大きくないとされていますが,因果関係が立証できない場合には大きな違いがあると考えられます.
谷直樹
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