肺がん検診,区の検診仕様(二方向撮影)と異なる都の指針(原則一方向撮影)に基づく方法で842件中16件見逃し(報道)
読売新聞「区が委託の肺がん検診「異常なし」16人、実は「要精密検査」」(2020年1月9日)は次のとおり報じました.
「東京都品川区は8日、○○クリニックで2013年10月~昨年8月に実施された肺がん検診で「異常なし」と診断された16人が、実際は肺がんなどの疑いがある「要精密検査」だったと発表した。ミスは同クリニックが区の委託仕様書と異なる方法で検診したために起きたといい、区は調査委員会を設置し、原因解明と再発防止に乗り出す。
発表によると、肺がん検診は同区医師会に業務委託し、同クリニックではこの16人を含めた842人が「異常なし」とされていた。16人のうち肺がんの疑いがあるのは7人。ほかの7人には肺がん以外の疾患の疑いがあり、うち1人はすでに死亡しているが、区では「死因は不明で因果関係はわからない」としている。残りの2人は別の医療機関で診断を受け、肺がんではないことが判明したという。
区などの調べでは、同クリニックでは、区の委託仕様書で「正面と側面の各1枚を撮影する」と規定されていた胸部エックス線撮影を、正面の1枚しか行っていなかった。また、医師2人以上で行う画像診断で、1人は経験豊富な呼吸器か放射線の専門医を含めるはずだったが、専門医は診断していなかったという。
昨年9月、同クリニックが仕様書に基づかない検診を行っている可能性があるとの報告があり、区や区医師会が842人の画像を改めて診断し、発覚した。同クリニックは区などに対し、「都の検診指針では正面1枚の撮影を規定しているので十分だと考えた」と説明しているという。区は「信頼を損ねる結果となり、受診者と家族に深くおわびしたい」とコメントした。」
報道の件は私が担当したものではありません.
肺がん検診の胸部レントゲン撮影は,CT撮影等の精密検査の必要な例を拾い上げるためのものです.
1枚だけでは病変が臓器に重って見えないことがありますので,肺がん検診の場合,少なくとも最近は通常撮影方向を変えて2枚撮影されています.
公益財団法人東京都予防医学協会 のサイトには「肺は立体的な臓器のため、1枚の写真では臓器と病変が重なって見えなくなることがあります。肺がん検診の場合には撮影方向を変えて2枚撮影することがよく行われます。」と記載されています.
東京都の指針より区の仕様のほうが優先しますので,クリニックの言い分はとおらないのですが,東京都の指針にも問題がありそうです.
たしかに,「東京都肺がん検診の精度管理のための技術的指針」(平成30年2月)には次のとおり「背腹一方向撮影を原則とし」と記載されています.二方向撮影がなされている施設と一方向撮影がんさされている施設があることを考慮し,「原則とし」という表現になったと思います.
「胸部エックス線検査
65歳未満を対象とする胸部エックス線検査は、肺がん検診に適格な胸部エックス写真を撮影し、読影する。
65歳以上を対象とする胸部エックス線検査は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)」第53条の2第3項に規定する定期の健康診断等において撮影された肺がん検診に適格な胸部エックス線写真を用い読影する。
なお、肺がん検診に適格な胸部エックス線写真とは、背腹一方向撮影を原則とし、肺尖、肺野外側縁、横隔膜及び肋骨横隔膜角等を十分に含むようなエックス線写真であって、適度な濃度とコントラスト及び良好な鮮鋭度を持ち、縦隔陰影に重なった気管、主気管支の透亮像並びに心陰影及び横隔膜に重なった肺血管が観察できるものであり、かつ、次のいずれかにより撮影されたものとする注)。撮影機器、画像処理、読影用モニタの条件については、下記のサイト(日本肺癌学会ホームページ、肺がん検診委員会からのお知らせ)に掲載された最新情報を参照すること。https://www.haigan.gr.jp/modules/kaiin/index.php?content_id=47」
これについて,東京都医師会の「肺がん検診Q&A」は次のとおり書いています.
「東京都の技術的指針では2方向で撮影しなければならないとは書かれていません。
実際に行われている撮影方向について東京都医師会公衆衛生委員会が対策型肺がん検診を自治体から受託している33医師会に対して行ったアンケート調査があります(平成27年度に実施された検診について平成28年に調査、平成28年10月に公表)2)。この調査の撮影方法の項目をみると、正面のみ撮影しているのが15施設(46.8%)、正・側2方向が13施設(40.6%)、その他(正・側・背)が12.6%となっています。
検診の受診者総数は都内で426,928人、肺がん発見数は247人で発見率は0.05%(2,000人に1人)です。
肺がん発見率を撮影方法の異なる施設別で見ると、正面のみ、正・側2方向、その他の方法で撮影しても発見率には有意の差はありません。この結果から考えると検診は正面のみの撮影で良いと結論づけたいところですが、果たしてそう言いきってよいでしょうか。
正面像だけでは発見しにくい、あるいは発見できない部位があります。心臓の後ろと横隔膜の背部の下に病変がある場合です。この部位の病変は正面像では心臓、横隔膜に隠れてしまいます。直径3~4cmの大きさの肺がんを見落とすことすらあります。これらの部位に病変があっても側面像があれば発見しやすくなります。」
「上述したように正面像だけでは発見しにくい部位の病変を側面像で発見することができる場合があります。
もう一つメリットがあります。それは正面像で読み取れる葉間胸膜は右肺の上・中葉間胸膜(minor fissure)とまれに右の上・下葉間胸膜だけですが、側面像では左右肺のすべての葉間胸膜が読み取れるということです。
右肺の上・中葉間胸膜(minor fissure)、上・下葉間―中・下葉間胸膜(major fissure)と左肺の上・下葉間胸膜とすべての葉間胸膜の位置を読みとることができます。
その結果左右肺のすべての肺葉の大きさが側面像で分かるのです。
各肺葉の太い気管支(上・中・下葉支)内に肺がんができるとその先の肺葉に空気が入りにくくなるため、肺葉が小さくなります(無気肺)。正面像だけでは各肺葉が小さくなっていることを読みとることは難しいのですが、側面像があれば肺葉の縮小から気管支内の肺がんの存在を疑うことができるのです。
つまり正面像では発見しにくい肺門部肺がん(気管支の東京都医師会公衆衛生委員会作成(2019.3)太い部分にできるがん)の存在を側面像で推定することができるのです。
側面写真をとるメリットは①正面写真だけでは分かりにくい部位にある異常影の発見と、②肺葉の容積減少から太い気管支(葉支)にできた肺がんの存在を推定できるという2点にあります。」
また東京都の指針は二重読影については次のとおり「望ましい」にとどまっています.
「2名以上の医師(うち1名は、肺癌診療に携わる医師もしくは放射線の専門医が望ましい。)が同時に又はそれぞれ独立して読影すること。読影結果の判定は、「肺がん検診の手引き」(日本肺癌学会編)の「肺がん検診における胸部X線検査の判定基準と指導区分(別紙2)」によって行い、仮判定区分「d」及び「e」のものについては、比較読影を行う。」
「東京都肺がん検診の精度管理のための技術的指針」では,842人中16人の肺がん疑いが見逃されることが分かったのですから,指針改訂の必要があるのではないでしょうか.
谷直樹
ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
↓