弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

大学病院、確認ミスと連絡が重なりオーダー削除がなされず腹部CT(造影)検査を造影剤アレルギーを有する患者に実施し死亡させた事案を公表

獨協医科大学病院は、令和2年2月7日、造影剤アレルギーを有する患者に腹部CT(造影)検査を実施しアナフィラキシーショックにより死亡させた事案を公表しました.

それによると、事例概要、調査結果(問題点)、再発防止策、病院長からのお詫び、今後の決意は以下のとおりです.

「【事例概要】
肝細胞癌の診断で第二外科に入院して手術を行い、術後胆汁漏の症状を有した76歳男性となります。
2019年9月26日、第二外科医師は術後胆汁漏の治療のため、ENBD(内視鏡的逆行性胆管ドレナージ)の施行を消化器内科へ依頼いたしました。
依頼を受けた消化器内科の外来担当医は、ENBD施行前に腹部CT(造影)を計画いたしました。
その際に8月の血管造影検査時に造影剤(オムニパーク)使用し、軽度の造影剤アレルギーがあったことが電子カルテ上のアレルギー情報欄に記載されておりましたが、確認することを失念しておりました。
一方で、消化器内科医(上級医)はENBDが腹部CT(造影)より優先と判断し、ENBDを先に施行することといたしました。
その際、消化器内科医(上級医)は術前に予定していた腹部CT(造影)はキャンセルするよう口頭で指示を出しましたが、同席していた看護師には指示内容が上手く伝わりませんでした。
また、本来は口頭指示後に主治医が実施するはずの電子カルテ上での腹部CT(造影)検査のオーダー削除がなされなかったことから、本来の計画から逸脱して術後に腹部CT(造影)が施行される運びとなりました。
腹部CT(造影)検査前に、放射線部の放射線科医と担当看護師は造影剤アレルギー(オムニパーク)を把握し、7月の胸部CT時に造影剤(イオメロン)を使用して副作用がなかったことを踏まえ、同剤を使用しての腹部CT(造影)を施行いたしましたが、腹部CT(造影)検査中にアナフィラキシーショック(心肺停止)の症状を呈し、懸命の救急処置により心拍再開後に救命病棟で入院加療を継続しておりましたが、10月28日に多臓器不全で死亡に至りました。

【調査結果(問題点)】
① 造影剤アレルギーの確認:造影剤アレルギーがあることを確認せずに腹部CT(造影)を依頼してしまった。

② ERCP後の腹部CT(造影)をキャンセルする方法:検査の順序は、腹部CT(造影)後にERCPであったが、先にERCPが行われたため、腹部CT(造影)の必要性がなくなったが、電子カルテ上の腹部CT(造影)検査を削除しなかった。また、キャンセルの指示を口頭で出すも、その指示が他者に伝わらなかった。

③ 造影剤アレルギー既往の対応:腹部CT(造影)検査前に、造影剤アレルギー既往を把握できていたが、検査順序が逆で検査の必要性がなくなったことを把握できずに検査を実施した。

【再発防止策】
①造影剤アレルギーの確認事項:全診療科の医師へ通達(周知徹底)造影剤アレルギーがある患者さんに対しては、原則、造影検査を施行しない方針といたしました。但し、医療上の理由から造影検査が不可欠という場合に備え、CT造影剤・MRI造影剤に関する承諾書の一部を変更し、依頼医による確認欄を追加で設けることで、確認プロセスの改善・強化を図ることといたしました(運用方法、検査前の依頼医による確認事項の承諾書を参照)。また、造影剤アレルギーがある場合など、造影剤検査を実施しようとすると電子カルテにアラートが出るシステムを構築することといたしました。

②ERCP後の腹部CT(造影)をキャンセルする方法:検査の必要性がなくなった場合など、主治医が速やかに電子カルテ上の検査オーダーを削除するとともに、必ず放射線部へ電話連絡を入れることを、改めて周知・徹底させていただきました。

③造影剤アレルギー既往の対応:①の対策と同様となります。

運用方法(造影CT・造影MRI検査)
すべての造影CT・造影MRI検査の前に、造影剤使用に関する患者さんの同意が必要で、同意の前に説明が不可欠である。依頼医師が十分に説明した上で、承諾書の上にある確認用のチェックボックスに印を入れる。すべてにチェックを入れるものではないので、内容をよく確認し、該当するものにチェックを入れる。副作用歴なしの場合(1,2,3)、軽度副作用歴ありの場合(1,2,4)、原則投与禁忌状態の場合(1,4,5)の3つのパターンでチェックが入ることになる。上記の3つのパターン以外の場合には、造影CT・造影MRI検査はできない。再確認のため、患者さんには一旦、外来や病棟に戻っていただく。依頼医あるいは代理医師による再確認後、適切にチェックボックスに印がつけられていれば、造影検査の準備を進める。

造影剤投与後の副作用
軽度:軽度の蕁麻疹、軽度の掻痒感、悪心/軽度の嘔吐
中等度:著明な蕁麻疹、重度の嘔吐、気管支痙攣、顔面/喉頭浮腫自然緩解しない血管迷走神経反応
重度:低血圧性ショック、呼吸停止、心停止、痙攣、不整脈

【病院長からのお詫び、今後の決意】
今回、患者さん並びにご家族にとって、取り返しのつかない重大な医療事故が発生したことについて、心より深くお詫び申し上げます。今後、再発防止に向けた病院全体での改善の取り組みを徹底・強化して参ります。」


この件は、私が担当したものではありません.
医療事故はミスが重なって起きることが多く,確認ミス、連絡ミスという単純な1つのミスを回避できたなら死亡という結果が発生しなかった場合も少なくありません.単純ミスを回避するようにすることと同時に、ミスが起きてしまうことを前提に、単純ミスが結果につながらないようにシステムを整備することが大事と思います.
多くの病院で造影剤を使った検査が日常的に頻繁に行われていますし,東京地裁平成19年7月20日判決は「予想される危険性や代替検査を考慮してもなお造影検査の必要性が認められるなどの特段の事情がある場合においては,副作用発生への対策を十分に講じた上で,同剤を使用した検査を実施することも許される」と判示していますので、安全に実施できるよう再発防止に期待します.

【追記】
日刊ゲンダイ「不要な造影剤検査で死亡事故 医師の見落とし対策で患者ができること」(2020年2月15日) に中川医師のコメントが掲載されていました.
「悔やんでも、悔やみきれないでしょう。独協医大病院(栃木県壬生町)で、CT検査に用いられた造影剤による重篤なアレルギー反応(アナフィラキシーショック)を起こした男性(当時76)が死亡していたことが明らかになりました。
 報道によると、男性は昨年9月13日、肝細胞がんの手術で入院。入院前の検査で、男性に造影剤のアレルギーがあることは、病院側も把握していたといいます。当初予定されていたCT検査は不要になったものの、電子カルテにはCT検査の記載が残り、担当医が確認を怠ったことで、CT検査が行われて容体が急変したそうです。単純な確認ミス。不要の検査が行われた上、命を奪われては、家族にとってはつらい。悔やみきれないでしょう。
 CT検査で造影剤を投与すると、軽い副作用として吐き気や動悸、頭痛、かゆみ、発疹などが見られることがあります。そういう副作用が表れる確率は5%ほど。重い副作用は呼吸困難、意識障害、血圧低下、腎不全などで、10万~20万人に1人程度に見られます。
 アレルギー体質や喘息の既往歴があると、重篤な副作用のリスクが増すため、事前の確認が欠かせません。また造影剤は腎臓から排出されるため、腎機能が悪いと副作用が表れやすく、腎機能のチェックもとても大切です。CT検査は、いろいろな臓器のがんや血管、気管支などの異常をチェックするのに役立ち、とても普及しています。しかし、その危険性が高いことは、患者さんも知っておくべきでしょう。
 CTと並んでよく使われるのが、MRIです。CTが放射線を利用するのに対し、MRIは磁気と電波で体の内部を調べます。MRIは、被曝のリスクがありませんが、MRIにもデメリットがあります。
 心臓ペースメーカーや人工内耳など金属を装着している人は、検査ができません。くも膜下出血で使われる脳動脈クリップや膝や股関節を治療する人工関節なども、古いタイプはNGですから、確認が必要です。
 どんな検査であれ、100%安全というものはありません。細心の注意が必要であることは言うまでもありませんが、それでも最も怖いのは医療者の見落としです。独協医大のケースも、見落としがなければ、そんな悪夢は起こり得ませんでした。
 胸部レントゲン検査など基本的な画像検査は、各科の主治医が画像を読影しますが、CTやMRIなど高度な検査は、放射線診断医が読影し、報告書を作成します。見落としとは、ほとんどがこの報告書を主治医が見落とすことです。
 日本医療機能評価機構によると、2015年1月1日~18年3月31日の期間で、画像診断報告書の確認不足が37件報告されています。そのうち36件がCT検査によるものでした。
 見落としを防ぐには、患者が画像診断報告書を受け取り、分からない点を主治医に確認するのがよいでしょう。医療データはすべて患者のものですから、遠慮は無用です。
(中川恵一/東大医学部附属病院放射線科准教授)」



医療事故の再発防止に向けた提言 第3号「注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事例の分析」(2018年1月)参照

谷直樹

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by medical-law | 2020-02-10 01:54 | 医療事故・医療裁判