弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

日本医師会のCOVID-19有識者会議「新型コロナウィルス感染パンデミック時における治療薬開発についての緊急提言」,アビガンの拙速な特例的承認に反対

日本医師会のCOVID-19有識者会議は,5月17日,「新型コロナウィルス感染パンデミック時における治療薬開発についての緊急提言」を発表し,アビガン等のCOVID-19治療の候補薬につおいて,エビデンスが十分でない候補薬、特に既存薬については拙速な特例的承認を行うべきではないと提言しました.そのとおりと思います.
他の疾患を適応として承認を得ているもの(既存薬)は,適応外処方であるものの,日本の医療保険制度のもとでは,医師の裁量及び患者のインフォームドコンセントにより,現時点においてもCOVID-19 に対する処方は可能であることから,「科学」を軽視した判断は最終的に国民の健康にとって害悪となり、汚点として医学史に刻まれることなると強い懸念を表明しています.


「新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は人類にとって経験のない疾患であり、この新規病原体に対する有効な薬剤が模索されている。すでに複数の既存薬や候補化合物が、COVID-19に対する有効性を期待して用いられてきた。そのなかで4月末、予備的解析が実施されたプラセボ対照ランダム化二重盲検比較臨床試験(ACTT1試験)の結果に基づき、レムデシビルが、高いエビデンス・レベルでCOVID-19に対する有効性が確認された初めての薬剤となった。これを受けて米国は5月1日にレムデシビルの緊急使用を承認した。わが国でも特別承認制度による承認を取得し、5月8日以後臨床使用が可能となった。今後レムデシビルは、他の有効性および安全性に優れた薬剤の登場までの間、COVID-19に対する標準治療薬と位置づけられ、これを基準に薬剤開発が進められると予想される。

ACTT1試験は、米国立衛生研究所アレルギー感染症研究所(NIH/NIAID)が主導し、日本からも登録参加した国際共同臨床試験である。主要評価項目は回復までの時間とされ、参加1063例が1:1の割合でレムデシビル群又はプラセボ群に割り付けられた。606例の回復例が得られた時点で実施された予備的解析の結果、回復までの時間の中央値はレムデシビル群で11日、プラセボ群で15日とレムデシビル群と有意に短縮された(ハザード比:1.31、95%信頼区間:1.12〜1.54、p<0.001)1)。周到な研究デザインのもとにレムデシビルの効果を証明したこの結果は画期的ではあるが、COVID-19の特効薬に位置づけられるかどうかは、肝障害などの副作用の問題もあり未知数である。そこで承認後も慎重に適正使用を心がけ、未知・重篤な副作用が生じた場合は、速やかな報告が必須である。しかしCOVID-19を標的として創薬された真の特効薬登場までの時間的猶予を得るためには、本剤は有力な薬剤といえる。レムデシビルは、元来エボラ出血熱を標的として開発された薬剤である。しかし世界のいずれの国においても薬事承認取得には至っておらず、今回のCOVID-19を適応症として初めて承認を得た新薬である。従って治療薬として使用するためには、今回のように早期に承認を得る必要があった。一方で、現在治療薬の候補として検討されている薬剤には、すでに他の疾患を適応として承認を得ているもの(既存薬)もあるが、これらの既存薬は、適応外処方であるものの、日本の医療保険制度のもとでは一律には禁止されておらず、医師の裁量及び患者のインフォームドコンセントにより、現時点においてもCOVID-19 に対する処方は可能である。

今回のCOVID-19パンデミックは医療崩壊も危惧される有事であるため、新薬承認を早めるための事務手続き的な特例処置は誰しも理解するところである。しかし有事だからエビデンスが不十分でも良い、ということには断じてならない。日本が主体的に活動している薬事規制当局国際連携組織(ICMRA)はCOVID-19治療薬開発のためには、「適切に設計され、かつ適切なコントロール群(即ち抗ウイルス薬または免疫調整剤を含まない群)を含むランダム化2比較試験(RCTs)」を実施することを求めており2)、十分な検出力確保のための症例数設計が重要である。特にCOVID-19のように、重症化例の一方で自然軽快もある未知の疾患を対象とする場合には、症例数の規模がある程度大きな臨床試験が必要となる。さらに、観察研究だけでは有意義な結果を得ることは難しいことを指摘しておきたい。「観察研究により有望とされた事項は、質の高いランダム化比較試験により厳格に確認または否定されなければならない」3)と述べられているとおり、適切な臨床試験の実施は必須である。

一般にランダム化比較試験に患者を登録するよりも、観察研究の方が患者の同意も取得しやすい。また試験参加医師の負担も少ない。パンデミック下の臨床研究ではその傾向がさらに顕著である。しかしLancetのcommentでJD Norrie氏が警告するように、「エビデンスの判定基準を下げる」という誘惑には抗うべきである。そうしないと当該薬の有効性は承認前には証明されず、有効かつ安全な治療薬の開発にも悪影響を及ぼすであろう3)。有効性を永遠に証明できなかった薬剤は過去にも存在した。科学的に有効性が証明された治療を選ばずに証明されていない薬剤を患者が強く希望したために、治癒するチャンスをみすみす逃した事例が過去にあったことを忘れるべきではない。そして「科学」を軽視した判断は最終的に国民の健康にとって害悪となり、汚点として医学史に刻まれることなる。

最近COVID-19に感染した有名人がある既存薬を服用して改善したという報道や、一般マスコミも「有効』ではないかと報道されている既存薬を何故患者が希望しても使えないのか、と煽動するような風潮がある。またパンデミック下のランダム化比較臨床試験不要論を主張する医師も存在する。しかし我が国が経験したサリドマイドなど数々の薬害事件を忘れてはならない。品質、有効性、および安全性の検証をないがしろにした結果の不幸な歴史をのりこえるべく、今日の薬事規制が存在している。ある既存薬のランダム化比較試験は進行中であり、近く結果の発表が見込まれる。

有効性が科学的に証明されていない既存薬はあくまで候補薬に過ぎないことを改めて強調し、エビデンスが十分でない候補薬、特に既存薬については拙速に特例的な承認を行うことなく、十分な科学的エビデンスが得られるまで、臨床試験や適用外使用の枠組みで安全性に留意した投与を継続すべきと提言する。

References
1)レムデシビル・水性注射液、注射用凍結乾燥製剤(商品名ベクルリー)添付文書
2)COVID-19治 療 薬 開 発 に 関 す る 世 界 規 制 当 局 ワ ー ク シ ョ ッ プ; https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/icmra/0006.html
3)John David Norrie. The Lancet(https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31023-0).」



安倍首相が5月4日の会見で「5月中の承認を目指す」と強く推しているアビガンについて,第三者委員会は,中間解析で有効であると判断できなかったことが,本日報道されました.アビガン拙速承認の危機は遠のいたと思いたいですが,そうでもないようです.

ブルームバーグ「5月中のアビガン承認は時期尚早、根拠欠くー臨床研究の藤田医大教授」(2020年5月20日)は次のとおり報じました.

「新型コロナウイルス感染症治療薬としての承認に注目が集まる「アビガン」を巡り、臨床研究を進めている藤田医科大学の土井洋平教授は19日、ブルームバーグの取材に対し、5月中の承認は根拠に欠けており時期尚早の可能性があるとの認識を示した。

安倍晋三首相が5月中のアビガンの薬事承認を目指すと発言していることについて、土井氏は臨床研究がまだ終わっていないため、何を根拠にしたのかが分からないとコメント。中立性を保つため、第三者が取りまとめた中間段階での研究の解析結果は把握していないとした上で、効果が顕著であるとの明確な結論には至っていない可能性が高いと述べた。

NHKは19日、この中間解析結果として、有効性を判断するには時期尚早で臨床研究を継続する必要があるとの意見が出されたと報じた。厚労省の鎌田光明医薬・生活衛生局長は「さまざまな有効性、あるいは安全性に関する情報を収集している」とし、「有効性が確認されれば承認するという方向」だとコメントした。

菅義偉官房長官は20日午前の記者会見で、「企業からの承認申請があればデータに基づき速やかに審査を行い、審議会での専門家の議論を経て有効性、安全性が確認されれば5月中の承認を目指す考えに変わりはない」と発言した。」



朝日新聞「アビガン「安全性問題なし」 藤田医大、臨床研究を継続」(2020年5月20日)は次のとおり報じました.

「アビガンの新型コロナウイルスへの治療効果を研究している藤田医科大(愛知県)が20日、インターネット上で会見し、学外の専門家による評価委員会による中間解析の結果、安全性に大きな問題はみつからず、研究を続けると発表した。有効性については「中間解析は有効性を評価するものではない」とし、現段階では判断できないと説明した。

 同大は3月から患者計86人を目標に臨床研究を行っている。初日から10日間アビガンを使うグループと、6日目から15日目まで使うグループの二つに分け、体内のウイルス量の減少や安全性を調べる。会見した研究責任医師の土井洋平教授によると、半数の患者の結果に基づく中間解析では、中止の要件となる安全性の問題、極めて高い有効性のいずれにも当たらないと判断された。

 会見は中間解析の結果、有効性を示せなかったとする一部報道に反論するために開かれた。「(中間解析は)薬剤の効果を判定するものではない。違う形で報道されている」と話した。」


谷直樹

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by medical-law | 2020-05-20 23:01 | 医療