弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

三重大学医学部附属病院,眼科領域の研究において3件の後ろ向き観察研究が病院における承認手続き完了の確認が行われないまま開始されまた件の調査報告公表

三重大学医学部附属病院は,令和2年7月30日,「『人を対象とする医学系研究に関する倫理指針』に係る不適合事案のご報告と再発防止策について」を発表しました.
「この度、三重大学医学部附属病院(以下、「当院」という。)で実施されていた臨床研究に関し、文部科学省・厚生労働省が定める「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」における重大な不適合事案が発生していたことが判明いたしました。ここに謹んで深くお詫びを申し上げますとともに、調査委員会による調査内容及び再発防止策についてご報告を申し上げます。

【事案の概要】
 多施設共同臨床研究の分担施設の一つとして当院が参加する眼科領域の研究において、令和元年中に当院にて行われた3件の後ろ向き観察研究*が、当研究の代表施設からの正式な承認を受けていたものの、当院における承認手続き完了の確認が行われないまま開始されました。
 「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」では、研究について研究機関の倫理審査委員会の審査及び当該機関の長の承認を受けた上で研究を実施するように示されていますが、本事案ではこの要件を十分に満たしていなかったことになります。
 また、当研究は、患者様の口頭または文書での同意を必要とするものにはあたりませんが、そうした場合にも事前にホームページなどでの情報公開を行い、患者様が拒否する権利を保障する手法(オプトアウト)が求められます。本件については、当院における承認手続きが完了していなかったため、この情報公開も適切に行われませんでした。
*後ろ向き観察研究:対象者の診療データのみを用いて行う研究で、新薬投与などの治験を含まないもの。データは全て匿名化した上で使用される。

【調査委員会による調査および再発防止策】
 当院は、本件の判明を受け、令和元年12月に外部専門家3名を含む調査委員会を設置し、真相究明のための詳細調査、原因分析を行うとともに、再発防止策の立案を進めてまいりました。
 再発防止策としては、倫理審査委員会による審査結果報告の明確化、オプトアウト及び同意取得の徹底を含む研究の申請から完了プロセスに関する啓発強化、院内の教育・研修の強化、倫理審査事務局の増員など数案が策定されました。
この調査委員会による報告書を受けて、当院の調査結果及び再発防止策につきましては、「人を対象とする医学系研究における倫理指針不適合に関する調査報告及び再発防止に向けての取組み」としてまとめ、令和2年7月9日に、厚生労働大臣及び文部科学大臣に提出いたしました。ここに、同資料を調査報告書とともに公表させていただきます。

 当院といたしましては、今回の件を深く反省し、同様の事案の再発防止を徹底するため、可及的速やかに再発防止策を実施できるよう体制整備に着手いたしております。さらに可能な限りの対策を講じながら、当院の医学、医療における社会的な役割に基づき、倫理性・安全性・信頼性・科学性を担保しつつ臨床研究が遂行されるよう細心の注意を払い、当院の研究体制に対する信頼回復に全力を傾注してまいります。
 なお、当研究の対象となった患者様には健康被害及び個人情報漏洩等は全くございませんが、研究を担当した医師がご説明を文書にてまとめ、ご報告申し上げる予定です。

 患者様、ご家族様、ご関係者の皆様に、重ねて心よりお詫び申し上げます。」


上記の件は私が関与したものではありません.
上記3件の後ろ向き研究とは「中心性漿液性脈絡網膜症の多施設後ろ向き観察研究」と「増殖糖尿病網膜症に対して施行された硝子体手術に関する後ろ向き研究」と「ステロイドテノン嚢下注射におけるステロイド緑内障併発の多施設後ろ向き観察研究」です.
調査委員会は「倫理審査委員会の承認過程及びインフォームド・コンセントに問題 があると言わざるを得ない。」と判断しました.

「A医師は、 倫理審査委員会 より「条件付き承認」という連絡を受け て、これを承認と勘違いしたという過失によって研究を開始してしまったのであって、故意に何らの申請も行わずに研究を開始した場合と比べるともとよりその悪質性には大きな差がある。また、当該勘違いについても「条件付き承認」という言葉の不明確さが原因の一因であり、 習慣化されていた事務局からのリマインドメールがたまたまなかったことにより勘違いを是正する機会を得られなかったことも伺える。加えて、倫理審査委員会の付した条件は、代表施設では求められていないものであったため、当該修正については他施設の医師には求められていないものであった。インフォームド・コンセントについては、被験者に対する説明が必要と考えられるが、本研究がいずれも後ろ向き観察研究であって被験者に対する健康被害は考えられないことを踏まえれば、この点について悪質であるとは言い難い。また、当委員会において 、本研究について特定不正行為はなされていないことを確認した。以上のことから、当委員会としては、本件は倫理指針不適合ではあるものの、その悪質性は低いと判断する。」とのことです.

調査委員会が提案した再発防止策は次のとおりです.
「①倫理審査結果について、「条件付き承認」という文言が誤解を招きやすいことから、倫理審査委員会で議論され審査結果の文言を修正することも検討し、規程改訂の諸手続き等を進めていただきたい。
②大学病院として臨床研究を積極的に行い、医学への貢献をする ことが求められるが、他方で研究は公正に行われなければならない。そのためには、研究倫理を理解した臨床研究者の育成が重要であり、 より一層の教育・研修の機会の拡大を図っていただきたい。
③事務局は、リマインドメールについては手順書に定め、学内に周知しルーチン化することによる手続きの不備の防止策を取りつつ、法令等及び倫理審査の手順の周知等臨床研究者への対応を充実させていただきたい。
④病院で行われる臨床研究の計画が倫理指針に沿ったものかどうかを厳格に審査できる体制整備及び倫理審査手続きが完了していない研究の発表を防ぐことが必要で ある。データの収集についてはデータの均質性の観点からも代表施設と同様の対応をとるようにすることが望ましいとも考えられるため、倫理審査委員会は、代表施設と承認要件が異なる独自ルールについては、対応を検討いただきたい。」


研究倫理を理解した臨床研究者の育成は大事なことですので,勘違いを生じないよう,再発が防止されることを期待します.

谷直樹

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by medical-law | 2020-09-06 09:51 | コンプライアンス