弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

憲法(患者の人権)と感染症法改正案

東京新聞「<新型コロナ>「ほとんどの罰則が刑事罰」入院拒否の感染者などに… 感染症法改正案を了承」(2021年1月15日)は次のとおり報じました.

「厚生労働省は15日、同省感染症部会に新型コロナウイルス対策強化に向けた感染症法改正案の概要を示し、了承された。入院勧告に従わない感染者などへの罰則導入や知事らによる医療機関への協力要請の権限を強めることが柱。出席者からは罰則導入の根拠や効果を問う声が相次いだが、同省は罰則の具体的な内容やデータなどは示さなかった。政府は18日召集の通常国会に改正案を提出し、早期成立を目指す。

◆国や自治体の権限も強化
 部会で示された概要では、入院勧告を拒否した感染者に加え、濃厚接触者が誰かを追跡する保健所の「積極的疫学調査」に応じなかった感染者に新たな罰則を新設。入院勧告の対象にならない軽症の感染者は宿泊・自宅療養を行うことを法的に位置付けた。
 また、感染者情報の収集や民間病院によるコロナ患者の受け入れが円滑に進んでいないことを背景に、国や地方自治体の権限を強化する対策を盛り込んだ。具体的には、医療関係者らへの協力要請を「勧告」に見直し、正当な理由なく従わない場合は病院名なども公表できるとした。
 新型コロナウイルス感染症が「指定感染症」としての分類期限が来年1月末に切れることから、その後も濃厚接触者の外出自粛要請などの措置が継続できるよう、同法上の「新型インフルエンザ等感染症」に位置付ける改正も行う。

◆「罰則の根拠は?」疑問の声も
 入院勧告に従わない感染者への罰則について、政府は「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」の刑事罰を検討しているが、15日の部会には示さなかった。出席者からは「罰則を導入しないと感染拡大が止まらないことを示す根拠を示してほしい」「保健所の仕事がさらに増える」などの疑問が相次いだ。さらなる議論を求める声もあったが、部会は改正案の概要を了承した。
 同省の正林督章健康局長は、罰則導入の根拠を示すように求められていることに対し「(根拠を)網羅的に把握するのは難しい」と説明。「感染症法は健康被害という重たいものを扱っている観点で、ほとんどの罰則規定が刑事罰だ」と理解を求めた。」


感染症法は,感染症の患者等の人権を尊重する法律です.
前文に「人類は、これまで、疾病、とりわけ感染症により、多大の苦難を経験してきた。ペスト、痘そう、コレラ等の感染症の流行は、時には文明を存亡の危機に追いやり、感染症を根絶することは、正に人類の悲願と言えるものである。
医学医療の進歩や衛生水準の著しい向上により、多くの感染症が克服されてきたが、新たな感染症の出現や既知の感染症の再興により、また、国際交流の進展等に伴い、感染症は、新たな形で、今なお人類に脅威を与えている。
一方、我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。
このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。
ここに、このような視点に立って、これまでの感染症の予防に関する施策を抜本的に見直し、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する総合的な施策の推進を図るため、この法律を制定する。」と書かれています.

「第二条 感染症の発生の予防及びそのまん延の防止を目的として国及び地方公共団体が講ずる施策は、これらを目的とする施策に関する国際的動向を踏まえつつ、保健医療を取り巻く環境の変化、国際交流の進展等に即応し、新感染症その他の感染症に迅速かつ適確に対応することができるよう、感染症の患者等が置かれている状況を深く認識し、これらの者の人権を尊重しつつ、総合的かつ計画的に推進されることを基本理念とする。

患者の人権を尊重するという当然のことを敢えて明記しているのは,感染症をめぐっては患者の人権が侵害されやすいからです.

刑事罰をもって入院を強制するというこの感染症法改正案は,患者の人権を尊重していません.患者の人権を尊重せず必要最小限の規制になっていませんので,改正は憲法違反になると考えてよいでしょう.

感染者が入院せず自宅にいることを選択した場合,その選択により感染が拡大する危険は高くはありません.感染者全員が入院できない状況で,例えば一人暮らしの高齢者が入院の機会を他者に譲り自宅にとどまったとしても,感染は拡大しませんし,それを罰する必要もありません.
感染が分かってやけになって飲む歩く人は決して多くはありませんし,そのような人が感染を広げ今の状況になっているわけではありません.ですから,立法事実(法律を制定する場合の基礎を形成しかつその合理性を支える一般的事実)がありません.
無症状で検査を受けず感染に気づいていない人を無くすることに成功すれば感染拡大を抑えることができるでしょうが,このような感染を認識できない状況にある人に刑事罰を科すことはできないでしょう.
また,感染を認識していた場合でも,病院または隔離施設にいないというだけで処罰する必要はありません.病院または隔離施設にいない感染症患者を監視することは困難ですから実効性も疑問です.
これは,患者の人権を侵害し,差別を助長する改正案です.

さらに,厚生労働大臣と都道府県知事は,医療機関に新型コロナウイルス感染者の入院受入を勧告でき,勧告に従わない場合は名前を公表できる,よう協力義務を明記するそうです.しかし,新型コロナウイルス感染者の入院受入体制が整っていない医療機関に入院を強いれば,院内感染が起き,感染者が増える結果になるでしょう.一番行ってはいけないことです.

一方で新規感染症に対応するための医療体制の整備を怠り,他方で入国規制緩和とGo Toキャンペーンを進めてきた政治家が感染を広げ今の感染状況と医療逼迫状況をつくりだしてきたと思います.国と地方自治体の責任です.
この改正は,新規感染症に対応するための医療体制の整備を怠り,入国規制緩和とGo Toキャンペーンで感染者を増やした政治家の責任を棚上げにし,スケープゴートを作り出し,国民の目をそらそうという企みにしかみえません.国と地方自治体の権限が弱かったから今日の状況が作り出されたのではありません.今必要なことは,国と地方自治体の権限強化ではなく,国と地方自治体がその責任を果たすことです.
行わねばならないことを行わず,行ってはいけないことを行う首相には即刻退陣してもらいたいです.

谷直樹

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by medical-law | 2021-01-17 17:01 | 人権