弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

一般社団法人日本公衆衛生看護学会「感染症法改正に関する声明」

一般社団法人日本公衆衛生看護学会は,令和3年1月26日,「感染症法改正に関する声明」を発出しました.
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「1.あらゆる感染症において、国民と保健所等保健行政機関との信頼関係を基盤とした国民の参加と協力のもとに、感染拡大を適切に予防する観点から、患者・感染者の入院や検査・情報提供の要請に刑事罰・罰則を伴わせる条項を設けないこと
2.自宅療養・宿泊施設での療養について、法的な位置づけを明確にし、感染症診査協議会での診査をとおして、医療と人権の観点からその適切性が確認されること
3.感染者の入院勧告・宿泊療養、自宅療養の要請を行う場合は、所得保障、同居家族等の高齢者や子どもなどケアを要する濃厚接触者が取り残される場合の緊急保護等の受け入れ体制を講じること
4.診断確定後の感染者、症状がなく主治医のないまま自宅療養となった感染者への適切な病状把握や不安への相談等の療養支援体制が図れるように、地域の医師会や訪問看護ステーションなどの保健医療資源の活用、人材の確保がなされること
5.感染者・接触者・医療従事者等に対する偏見・差別行為をなくすための行政による普及啓発と、誹謗・中傷行為に対する毅然とした規制を行うこと」


その理由について次のとおり述べています.

「感染症法の背景の一つには、平成8(1996)年のらい予防法廃止の経緯が示すように、過去の感染症対策への反省があります。すなわち、結核やハンセン病の患者・感染者の強制的な隔離収容による著しい人権侵害、「無らい県運動」など国民の差別を助長する政策、さらに1980年代にはエイズ患者の個人情報報道や差別が引き起こされたことを深く反省し、「患者等の人権尊重に配慮した入院手続きの整備」として見直されました。

保健所では新型コロナウイルス感染症の届出を受け、感染者への対応を丁寧に行い、信頼関係を築きながら、不安の軽減や適切な医療の導入、病状経過の把握、食事等の生活の支援、そして行動調査に基づく濃厚接触者の把握・検査の実施などを行ってきました。しかしながら、急激な届け出数の増加は、保健所の対応能力を大きく超えています。そのため届け出を受け、感染者への初期対応に至るまでの時間が、従来以上に要する状況に陥っています。そのような中での宿泊施設利用の要請や入院勧告への拒否は、自宅を離れることでの育児・介護の問題、仕事の休業による経済的困窮、さらに周囲からの差別・偏見などが背景にあることが考えられます。また、十分な情報や支援がない中での拒否である場合もあり得ます。かつて、ハンセン病の入所説得により一家自殺に追い込まれた事件等もありました。これらの歴史的教訓を深く受け止めるならば、感染者への相談支援、療養支援体制の強化がなされるべきであり、罰則規定によって強制的な措置を行うことは、倫理的に重大な問題をはらんでいます。

また、宿泊施設利用や入院勧告の拒否に刑事罰が科されることを恐れ、検査を拒否する、自主検査での結果を隠す、症状を隠すなどの行動が引き起こされることが十分に考えられます。その結果、感染状況が把握できず、水面下で感染が拡大する事態を招きうることが容易に想定されます。

さらに積極的疫学調査による行動や接触者の聞き取りは、感染者や関係者自身の記憶をひもとく行為であり、当事者の協力なくしては実効性がなく、罰金刑で強制することに、何ら意義を見出せるものではありません。

強制的対策の失敗は、かつて性感染症対策や後天性免疫不全症候群(AIDS)対策において強制的な措置を実施した多くの国が経験したことであり、むしろ公衆衛生施策上のデメリットが大きいものです。罰則を伴う強制は、国民に当該感染症への恐怖や不安をあおり、感染者への差別を惹起することにつながります。これらの事態は、感染症対策を始めとするすべての公衆衛生施策において不可欠な、国民の主体的で積極的な参加と協力を得ることを著しく妨げる恐れがあり、感染症対策上も公衆衛生施策上も大きな後退になります。今般の新型コロナウイルス感染症の対策においても、本法律成立の歴史経緯を深く認識することが必要と考えます。」


谷直樹

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by medical-law | 2021-01-27 01:29 | 人権